星のカケラ。

雪月海桜

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翠の指輪。

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 物心ついた時から、わたしはキラキラとしたものが好きだった。

 ビー玉とかおはじきとか、ビーズとかスーパーボールとか、おもちゃ屋さんに売っていたアクセサリーとか。
 お父さんが出張のお土産にと買ってきた、オーロラのようなのガラス細工なんて最高だ。

 けれどみんなみんな、わたしの大好きな宝物。
 どれも光に透かすとより美しく、角度によって輝き方を変える。わたしはいつまでも飽きることなく眺めていた。
 そんな手のひらに収まる煌めきたちは、いつもわたしの心をときめかせてくれる。
 いつか、絵本に出てくるような本物の宝石も手にしてみたい。きっと、ここにあるどんなものより素敵なはずだ。

 そんな風に夢見ていたある日、わたしは運命が変わる出会いをした。

「久しぶりに指輪を綺麗にする」なんて話すお母さんに無理矢理ついて行き、わたしは生まれて初めて、大人のアクセサリー屋さんに足を踏み入れたのだ。
 そのお店は中道にあって、目立ちにくい。それでも遠目に見てもキラキラしていて、前々から気にはなっていたのに、お母さんに「買えないから行かない」と立ち寄ることすら断られていた場所だった。

「わあ……キラキラがたくさん!」
「スイ、ガラスにあんまり触っちゃダメよ」
「はぁい」

 ショーケースに張り付くようにして商品を眺めるわたしを気にかけながらも、お母さんはスーツ姿の店員さんにいつも薬指につけている指輪を渡して、綺麗にしてとお願いしているようだった。

 お母さんの指輪は、銀色で飾り気のないデザインをしている。わたしはそういうシンプルなものよりも、いろんな色の宝石がついたやつが好きだ。

 今指につけているのも、スーパーのお菓子売り場で手に入れた、あめ玉みたいな緑のキラキラがついた指輪。
 すっかり内側のメッキが剥がれてしまっていたけれど、わたしのお気に入りだった。

「すごい……」

 それでも、当然のことながら、ショーケースの中に並べられた大人のアクセサリー達は、わたしのおもちゃとは比べ物にならなかった。

 小さくてもまばゆい煌めきを放つ、本物の宝石。糸のように細くても、角度によって多方面に光り、存在を主張するチェーン。
 少しお姉さんぶりたい時につける、近所の雑貨屋さんで買ったおしゃれな物よりうんとキラキラとしていて、眺めているだけでうっとりとする。

 ショーケースの中でライトアップされた様子は、ガラスの棺の中で目覚めの時を待つ、美しい白雪姫のよう。
 値札のゼロがたくさんあるのは、手の届かない憧れを増幅させる、魅力的な魔法のようだった。

「ねえお母さん、わたし、ここのアクセサリー欲しい!」
「えっ、うーん……そうね、スイも大きくなったら、お仕事して買えるようになるわよ」
「そんなに待てない! 今欲しいの!」

 わたしは精一杯の駄々をこねる。こうなるのが分かっていたから、お母さんもわたしをこのお店に近付けたくなかったのだろう。
 案の定、わたしはどうしても本物の輝きが欲しくてたまらなくなった。

「安いのでいいの、宝石のついたの、どれでもいいから買って!」
「安いのって言ったって……このお店のは、全部本物だから高いのよ」

 指輪のクリーニング待ちの間に、お店の全部を見て回ったから知っている。どれもゼロがたくさんだ。
 それでも、お母さんの指輪は前よりぴかぴかになって返ってきたのに、あんなに好きだったわたしの指輪やネックレスは、何だか光が鈍くなった気がするのだ。そのことが、どうしても嫌だった。

「……お嬢さんは、宝石がお好きなんですね」
「うん、好き! だってキラキラしてて綺麗だもの」
「すみません、騒いでしまって……」

 不意に店員のお姉さんが近付いてきて、わざわざしゃがみ込んで、お母さんではなくわたしと目線を合わせて話しかけてくる。
 お母さんは頭を下げて謝っていたけれど、そのお姉さんはにこにこと笑っていた。

 お店の照明のせいか、真正面から見るとまるで宝石みたいにキラキラとした、綺麗な瞳をしている。
 思わず見惚れていると、お姉さんはよりその笑顔を優しいものに変えた。

「ふふ、キラキラ素敵ですもんね。わかります。……でもお嬢さん、好きなものだからこそ、『どれでもいい』はいけませんよ」
「……どうして?」
「だって、宝石は言葉がわかるんです。『どれでもいい』って適当に選ばれるよりも、『これがいい』ってお嬢さんに選ばれた方が、宝石もキラキラするんですよ」
「そうなの……!?」
「ええ。それに、宝石の方も持ち主を選ぶんです」
「えっ!?」

 お姉さんの言葉は衝撃だった。言葉がわかるから、他のキラキラを褒めたから、わたしの宝物だった指輪達は光を鈍らせたのかもしれない。
 そして『どれでもいい』は『どれも素敵』っていう良い意味だったけれど、きっとショーケースの子達は怒ってしまって、わたしの物になってくれないのだ。

「でもわたし、全部いいなって思ったの……」
「そうですか……でもお嬢さんはきっと、何色が好きとか、どんな形が好きとか、色々好みがあると思うんです」

 わたしは小さく頷いて、好きなものを思い浮かべながらぽつぽつと話す。

「うん……えっとね、ネックレスより指輪が好き。よく目に入るから、キラキラで嬉しくなるの。色はね、赤より青が好き。でも、一番は緑が好き。スイの名前は、漢字は違うけどみどりなの」
「あら、素敵なお名前ですね。では、翠さん。あなたがいつか、本当に一番好きな……他と比べても決して揺るがないような『特別』を見付けられたら、その時また、お迎えに来てください」

 その言葉に、わたしはぎくりとする。お店のキラキラと比べてしまって、好きだったはずの指輪たちが光を失ったのを、気付かれたような気がした。
 後ろめたいような落ち着かない気持ちに、わたしは思わず指輪のはまる手を隠そうとしたけれど、お姉さんはそれより早くわたしの手を取って、何かの紙を握らせる。

「それまでは、これを見てたくさんの『素敵』を想像してくださいね」

 よく見ると、手の中にあるのはこのお店のチラシや冊子だった。たくさんのアクセサリーや宝石の載った、見るだけでうっとりする宝箱みたいな紙の束。

「わ……ありがとう!」
「いつか、特別な宝物に出会えるといいですね」
「うん!」
「その時は、お母様におねだりするのではなく、翠さんがお迎えしてあげてください。その方が、きっと愛着もわきますから」

 お姉さんは、この先何年もこのお店で買い物なんて出来ないわたしを子供扱いせずに、大人と同じように丁寧に接してくれた。
 そのことが嬉しくて、同時に買ってと駄々をこねた自分が、何でもいいなんて言ったことが、ひどく恥ずかしくなった。

「何から何まですみません……ほら、スイ、そろそろ帰るわよ」
「うん……お姉さん、ありがとう」
「ふふ。いつの日か……またのご来店、心よりお待ちしておりますね」

 お姉さんに見送られ、お母さんに手を引かれながら、お店を後にする。
 いつかこのお店で、わたしだけの特別を買うことが目標になった。


*******


 あれ以来、貰ったチラシを眺めては、わたしだけの宝物となるアクセサリーを想像した。
 宝石の形は、四角か丸がいい。ハートとか星も可愛いけれど、ずっと大切にするなら、おばあちゃんになってからも付けられるデザインがいい。
 それから、やっぱりキラキラ輝くのがいい。大きさは、そりゃあ大きい方がいいけれど、それよりも煌めきだ。

 理想の宝石を想像すると、必ずあの日優しく話してくれたお姉さんが頭を過る。
 そうだ。わたしを真っ直ぐ見つめてくれて、大切なことを気付かせてくれたあの人。まるでお店のキラキラを全部詰め込んだような、綺麗な瞳。あんな風に輝く、美しい宝石がいい。

「……名前、聞けばよかったな」

 店員さんはみんな同じようなスーツ姿だったし、顔も朧気だ。名前だって覚えていない。
 けれどチラシを受け取ったあの瞬間、わたしの付けていた指輪の光が反射してか、一瞬鮮やかな緑色にも見えたあの瞳の輝きが、今でも忘れられなかった。


*******


 それからも、頭の中に理想を描き続けながら必死にアルバイトをして、チラシに載ったゼロの羅列を支払えるようになった頃。わたしは、約十年ぶりにあのお店を訪れた。

 あの日背伸びして見たショーケースは、今や屈んで見るサイズだ。それでも、あの頃感じたときめきも煌めきも、何一つ変わらない。
 そして、店内をぐるりと見て回っていると、ふと、ひとつの指輪に目を奪われた。

「えっ、うそ、これ……」

 何度も何度も思い描いた『特別』にふさわしい理想の指輪。それが、そのままの形で目の前にあった。
 あの日見たお姉さんの瞳のような、美しい緑の宝石がついた指輪だ。

「すみません、この指輪……!」

 わたしは思わず、声を上げる。見た瞬間わかった。わたしはずっとずっと、この子に出会えるのを待っていたのだ。

「こちらですね、どうぞお手に取ってご覧ください」

 男の店員さんが近付いてきて、ケースの鍵を開けて、その指輪を外に出してくれる。
 あの頃好きだったおもちゃとは全然違う、細くて今にも折れてしまいそうなのに、揺るぎない煌めきを放つ指輪。恐る恐る手に取り、わたしはそっと、指にはめた。

「あ、お直ししなくてもサイズもぴったりですね……よくお似合いです! 実はこの指輪だけ、中々売れなかったんですが……もしかすると、お客様を待っていたのかもしれませんね」
「……はい。十年以上、待たせちゃいました」
「え?」
「ふふっ、今日からよろしくね、わたしの宝物!」

 指輪を付けた瞬間、きらりと宝石が煌めいて、「やっと迎えに来てくれましたね」と、あの日のお姉さんの声が聞こえた気がした。
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