星のカケラ。

雪月海桜

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檻の中。

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 ここは『ユートピア動物園』。爬虫類から猛獣まで、いろいろな生き物達が暮らしている場所だ。

 野生とは違って、栄養のある食べ物も保証されているし、健康管理もされているし、徹底的に保護されていて安全な『動物達の理想郷』。

 けれど、生き物達が同じ種族だけで固められているのは、やはり不自然だと思う。
 海の中にたくさんの種類の魚や海草や貝が生息しているように、本来いろいろな生き物がごちゃっとしていることこそ、自然な在り方なのだ。

 さらには、生き物が狭い檻や水槽に入れられている状態で、客がその生活の全てを檻の外から見学する、なんていうのは、僕に言わせてみればかなり悪趣味な場所だ。
 まったくもって、この施設の何が楽しいのかわからない。

「はあ……早く帰りたい……」

 そりゃあ『その生き物の生態について学ぶ』だとか『単に可愛い生き物を見て癒されたい』だとか、そういう目的があるのもわかる。
 家族連れや友達同士だけでなく、ぼーっとお気に入りの一匹を見詰め続ける一人客やら、学校の課外授業の団体なんかもこうして来ていることから、一般的にかなり需要があるのもわかる。

 それでも「こっち見て」だの「こっちに来い」だのカメラ片手に飛び交う身勝手な客達の声に、僕はやはりついていけない。

「ありのままの生態を観察したいのなら、黙って見ていればいいのに……うるさいなぁ、あいつら」

 騒がしさに一人溜め息を吐きながら、僕はちょうど木陰になっている片隅のベンチで本を読むことにした。
 すると、近くからデート中のカップルらしき二人組の、楽しそうな声が聞こえる。

「あ、なあ。こっちの檻でショーやるってさ。行く?」
「えっ、見たい見たい! ショーってさ、がんばれーってなるよねぇ」
「あはは、そうだな」

 テンション高めの女の方は、はしゃいだように檻に駆け寄る。そんな様子を見て、ショーなんて見ていて本当に楽しいのかと、つい客の満足度と練習に費やす労力や時間と比べてしまう。

 例えばイルカなんかの高い知能を持つ動物は、ショーのためにやれボールだやれ輪くぐりだと毎日嫌になるほどあれこれやらされるのに、客からすればほんの一瞬の娯楽に過ぎないだろう。

「……僕達のやらされる大縄跳びとか合唱とかだって、練習面倒な割には絶対観客もそこまで楽しんでないよな」

 そんな風に度々冷めた調子で周囲の一般客の観察をしながら読書をしていると、やがて日が傾き始め、あと三十分ほどで閉館時刻だと園内アナウンスが告げる。
 そろそろ僕達も家に帰れるだろう。それまでに読み終えてしまおうと集中し始めると、突然本を取り上げられた。

「わ……っ!?」
「もう、いずみくんってば、また一人で本なんて読んで! せっかくの動物園だよ?」
「せっかくのって言ったって……別に何しようと僕の自由だろ」
「それはそうかもしれないけど……!」

 僕の本を取り上げたのは、クラスメイトの『ゆうあ』だった。彼女はクラスでも人気の可愛い子で、取り上げた本を揺らす仕草さえも人目を惹く。
 今だって、こんな隅っこに居るのに幾つもの視線が彼女に向けられているのに気付いて、なんとなく嫌な気持ちになった。

「とりあえずそろそろ集合時間だし、みんなも向こうに居るから、早く行こう?」
「僕、集団行動苦手だし……」
「そう言って合唱練習も大縄跳びの練習もさぼるんだから!」
「さぼってない、自主休憩だ」
「ああ言えばこう言う! とにかく、みんな揃わなきゃ帰れないでしょ。早く行くよ」
「う……」

 反論を諦めた僕はゆうあに手を引かれ、出口近くの集合場所へと移動することにした。
 その間にも、やっぱり彼女に向けられる視線を感じた気がして落ち着かない。さっさと行こうと逆にこちらから手を引けば、彼女は楽しげに笑った。

「えへへ。明日は合唱頑張ろうね!」
「……気が向いたら」

 ゆうあは、明るくてよく笑う。無愛想で協調性のない僕よりも、愛嬌のある彼女が可愛らしいと持て囃される理由がわかる気がした。まあ、競うつもりもまったくないのだけれど。
 すぐに決められた集合場所に着くと、ちょうど聞き慣れた閉園のアナウンスが響く。

「……あ、残ってたお客さん達も帰ってくね」
「そうだな。やっとだ」
「いずみくん、本当に動物園嫌いなんだねぇ……」
「当たり前だろ。好き好んで観察される奴なんて居るか」
「えー? わたしはお客さんから可愛いって声かけられて、結構嬉しいけど」
「……」

 クラスメイト……もとい集合場所に居た僕達と同じ種族である『人間(こども)』は、全員揃ったのを確認されてから、職員によって順番に『展示の檻』から『家と言う名の檻』に戻されていく。
 一人一人に割り当てられているのは寝床があるだけの狭いスペースだったけれど、客の目がないだけマシだ。

「はあ。お家帰りたくないなぁ」
「そうか?」
「だって退屈なんだもん」
「僕はずっと引きこもりしていたいけどな」
「えー?」

 僕が生まれるずっと前に、宇宙から来たという僕達よりも高位の存在によって作られたこの『ユートピア動物園』には、地球に存在する様々な種類の動物が収容されている。
 そして、奇しくもかつての地球の支配者だった『人間』さえも、その対象だったのだ。

「次、ゆうあ。帰るぞ」
「はぁい。じゃあね、いずみくん。また明日!」
「……また」

 家に戻るゆうあに手を振って、あと何回挨拶が出来るだろうと考える。僕達はそろそろ人間社会でいう中学生だ。いつ誰が別の檻に移されるかわからない。

 僕達の展示されている檻に、大人は居ない。両親は向こうにある『人間(おとな)』のスペースに居るらしいけれど、会った記憶もないし、今も居るのかすらわからない。

「次、いずみ。入れ」
「……はい」

 ここにあるのはほとんど野生の人間が通っているという『学校』と変わらない空間と、読み書きや計算が出来る程度の勉強と、栄養管理された食事。
 それから安全に守られた無限の自由時間と、退屈を紛らわせるための本や遊具なんかの娯楽。
 けれど客を楽しませるためにと、ショーという名目で縄跳びや歌なんて芸をやらされるのだから、面倒極まりない。

「……家は何もしなくて済むから楽なのに、ゆうあは退屈なんだな」

 ベッドに寝転がり、ようやく訪れた静寂に一息吐く。ゆうあは他者との交流に楽しみを見出だすタイプだ。同じ種族にくくられているのに、僕とは全然違う。

 本によれば、動物園の外の野生の人間は犬や猫やハムスターなんかと共存しているらしいのに。生き物がたくさん住んでいるこの動物園では、別の動物とは交流すらないのだ。

「……この調子だと、いつかゆうあとも『別の生き物』として離れ離れになるのかな」

 唯一関わる大人である職員との最低限の会話と、群れから孤立した僕に声をかけてくれる物好きのゆうあと、客からの視線や騒がしいとしか感じない声。
 閉ざされた僕の狭い世界は、退屈で、面倒で、でも悪くもないとは思っている。けれど、そんな細やかなものさえ、いつ変わってしまうともしれない不安をいつも孕んでいるのだ。

 野生の人間は、檻の代わりに学校や会社という狭いくくりで分けられて、日々その中で生きているらしい。
 彼らも、自由に見えてもしかすると、僕と同じ気持ちなんだろうか。
 いや、もしかすると安全の保証がされていない分、日々食えなくなる恐怖にも囚われているのかもしれない。

「だったらなおさら……動物園なんて、何が楽しいんだか」

 明日もまた、外の世界の本の続きを読もう。そうして別の世界に憧れて、少し憐れんで、変わることを恐れながらも現状に嘆いて、狭い檻の中から僕は、別の生き方をする客の観察をするのだろう。

「……どっちが見られる側なんだろうな」

 僕は檻の向こうの客からの視線を思い出しながら、静かに目を閉じた。
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