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54 お見送りのーー

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▫︎◇▫︎

 次の日のお昼前、わたくしはライアンのお見送りのために玄関へと赴いていた。今日から彼は本格的な暗殺者としての能力を得るための訓練を受けるらしい。これが決まる前に、わたくしはもちろん反対した。公爵家の人間なのだから必要ないだろうって。けれども彼は、

『俺は守りたいものを守れるように強くなりたい。だから、俺は修行を受ける』

 そう覚悟の決まった目で言ってきたのだ。彼がこれ以上全てにおいて優秀になってしまったら、わたくしは公爵家の跡取りとしての資格を失ってしまう。けれど、彼はそんな簡単なこともおそらく分かっていない。

「じゃあ、行ってきます」
「ーーーいってらっしゃい」

 だから、本当はこんなこと言いたくない。だって不必要なことを学びに行かせるのはわたくしにとって危険だから。

「ねえ、ディア。いってらっしゃいのキスは?」
「? そんなものを送る必要があるの?」
「うん、あるよ」
「分かったわ」

 わたくしは人を見送ったことがない。だから、どうやってお見送りしたら良いのか分からない。ライアンは賢いから、彼の言うことならば正しいだろうと思い、わたくしは彼の頬にチュッとキスを落とした。
 次の瞬間、ライアンの顔が、というか耳まで真っ赤に染まった。

「!?」
「どうしたの?必要なのでしょう?」

 ライアンは口をぱくぱくさせた後、すっと横を向いて出発していった。

「ふふふっ、あはははは!!」
「? メアリー、わたくし何か間違ったかしら?」
「いいえ、ま、間違って………おりません」

 お義母さまの爆笑を不可思議に思ったわたくしは、メアリーに質問したが、メアリーも苦しげな表情をしている。わたくしはどこかで何かを間違ってしまっているらしい。

「………分からないわね。メアリー、正直に言いなさい」
「ぶふっ、無理です。私がお坊っちゃまに絞められます。お許しを」

 メアリーは爆笑している。真面目に聞いたことが、どうやらツボに入ってしまったらしい。わたくしは不機嫌に微笑んだまま眉を顰め、それからも週に1回のライアンのお出かけの時にはお見送りに頬にキスをするようになった。1回だけお父さまが来た時には、お父さまにぶんぶん身体を揺さぶられて正直に話すと、舌打ちをされた。わたくしはやっぱりどこか間違っているらしい。

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

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