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外された首輪【side環】
⑤
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「あの、副部長、…すみません…」
「ああ」
男が眉尻を下げながら話しかけてきたので必死に犬飼を押し返すがビクともしない。
諦めて犬飼を引っ付けたまま男の方へ向き直る。
面目を保てていないような気もするが、今だけは目を瞑るとする。
「実は俺たち、本川先輩と副部長が揉めてるのをたまたま目撃してしまって…それで怒り狂ったそいつが本川先輩に蹴りを決めてしまって…」
「怒って…?」
「…まあその辺は追々そいつから聞いてください。それで、俺は本川先輩を介抱してから帰ろうと思います。副部長もこれ以上先輩と関わるの嫌でしょうし。
……なので…その…大変申し上げにくいんですが…」
嫌な汗が背中を伝う。
「この犬飼を、私が介抱すると?」
「…すみません…」
「…いや、本川のことは助かった。ありがとう」
男はぺこりと頭を下げ、ゴミ袋に埋もれている本川を救出するべく私たちから離れていった。
この状態の犬飼を介抱するのはかなり骨の折れる作業だろうが、先程の本川との一件を考えるとあの男には感謝しなければならない。
言葉にならない何かを呟きながらぎゅうぎゅうと抱きついてくる犬飼を前にしてため息をつく。
お前は私のことを飽きたと言っただろう。
視線を合わせるたびに物凄い剣幕で睨みつけてきただろう。
いくら酔っ払っているとはいえ、嫌いな女に懐く道理はないはずだ。
お前は何を考えているんだ。
「私は、お前をどう扱えばいいんだ…」
「んー?」
「!…いや、なんでもない…」
慌てて口を覆った。
上司として部下を教育するのは当然の務めだ。
それが自分を無理矢理犯してきた相手だったとしても、だ。
だが、コイツと関わると、その境目が曖昧になる。
「副部長」としてではなく、「小笠原環」として犬飼に干渉してしまう時がある。
「…帰るぞ、犬飼」
頭を降って犬飼へと向き直る。
考えても仕方がないことだ。
どうせ答えなんて出ないのだから。
「おれんちにですか?」
「それ以外にどこがあるんだ」
「たまきさんも来ますか?」
「…」
後ろから抱きしめたまま、私の肩に自分の顔をこてんと置いて上目遣いをしてくるこの男。
小さく頷くと、犬飼はへらりと笑っている。
コイツはあの犬飼だ。
非人道的で、変態で、最低極まりない男だ、と頭の中で何度も言い聞かせる。
「たまきさん」
「…なに」
「たまきさん、あったかいです」
暑いから離れろ、と言いたかったが犬飼の幸せそうな表情を見て口を噤んだ。
ありえない。
私が、この男を可愛いと思ってしまうなんて。
「!」
「一緒にかえりましょう」
「…マンションの入口まで、だからな」
やけに熱い犬飼の手が自分の手を包み込む。
不思議と本川に手を繋がれた時に感じたような嫌悪感は無かった。
まるで子供のように無邪気に笑いながら「しりとりしましょう」とふざけたことを抜かしてくる犬飼を無視していると、どんどんと彼の背中が丸まっていく。
思わず「やるから」と口走ると、犬飼の顔はぱっと明るくなって「しりとりのり」と言い、こちらを見つめて瞳をキラキラとさせていた。
犬飼と目を合わせないようにしながら深くため息をつく。
完全にペースを乱されている。
…もし、犬飼がずっとこのままだったら。
そんな馬鹿げた考えをすぐに払拭するように、私は「りんご」と返事をするのだった。
「ああ」
男が眉尻を下げながら話しかけてきたので必死に犬飼を押し返すがビクともしない。
諦めて犬飼を引っ付けたまま男の方へ向き直る。
面目を保てていないような気もするが、今だけは目を瞑るとする。
「実は俺たち、本川先輩と副部長が揉めてるのをたまたま目撃してしまって…それで怒り狂ったそいつが本川先輩に蹴りを決めてしまって…」
「怒って…?」
「…まあその辺は追々そいつから聞いてください。それで、俺は本川先輩を介抱してから帰ろうと思います。副部長もこれ以上先輩と関わるの嫌でしょうし。
……なので…その…大変申し上げにくいんですが…」
嫌な汗が背中を伝う。
「この犬飼を、私が介抱すると?」
「…すみません…」
「…いや、本川のことは助かった。ありがとう」
男はぺこりと頭を下げ、ゴミ袋に埋もれている本川を救出するべく私たちから離れていった。
この状態の犬飼を介抱するのはかなり骨の折れる作業だろうが、先程の本川との一件を考えるとあの男には感謝しなければならない。
言葉にならない何かを呟きながらぎゅうぎゅうと抱きついてくる犬飼を前にしてため息をつく。
お前は私のことを飽きたと言っただろう。
視線を合わせるたびに物凄い剣幕で睨みつけてきただろう。
いくら酔っ払っているとはいえ、嫌いな女に懐く道理はないはずだ。
お前は何を考えているんだ。
「私は、お前をどう扱えばいいんだ…」
「んー?」
「!…いや、なんでもない…」
慌てて口を覆った。
上司として部下を教育するのは当然の務めだ。
それが自分を無理矢理犯してきた相手だったとしても、だ。
だが、コイツと関わると、その境目が曖昧になる。
「副部長」としてではなく、「小笠原環」として犬飼に干渉してしまう時がある。
「…帰るぞ、犬飼」
頭を降って犬飼へと向き直る。
考えても仕方がないことだ。
どうせ答えなんて出ないのだから。
「おれんちにですか?」
「それ以外にどこがあるんだ」
「たまきさんも来ますか?」
「…」
後ろから抱きしめたまま、私の肩に自分の顔をこてんと置いて上目遣いをしてくるこの男。
小さく頷くと、犬飼はへらりと笑っている。
コイツはあの犬飼だ。
非人道的で、変態で、最低極まりない男だ、と頭の中で何度も言い聞かせる。
「たまきさん」
「…なに」
「たまきさん、あったかいです」
暑いから離れろ、と言いたかったが犬飼の幸せそうな表情を見て口を噤んだ。
ありえない。
私が、この男を可愛いと思ってしまうなんて。
「!」
「一緒にかえりましょう」
「…マンションの入口まで、だからな」
やけに熱い犬飼の手が自分の手を包み込む。
不思議と本川に手を繋がれた時に感じたような嫌悪感は無かった。
まるで子供のように無邪気に笑いながら「しりとりしましょう」とふざけたことを抜かしてくる犬飼を無視していると、どんどんと彼の背中が丸まっていく。
思わず「やるから」と口走ると、犬飼の顔はぱっと明るくなって「しりとりのり」と言い、こちらを見つめて瞳をキラキラとさせていた。
犬飼と目を合わせないようにしながら深くため息をつく。
完全にペースを乱されている。
…もし、犬飼がずっとこのままだったら。
そんな馬鹿げた考えをすぐに払拭するように、私は「りんご」と返事をするのだった。
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