上 下
251 / 396
第4章 前兆と空の旅路

226 再び一から積み上げる

しおりを挟む
 ウインテート連邦共和国を大きく騒がせた怪盗ルエット。
 俺達の手によって捕らえられた彼女はその後、一先ずホウゲツの特別収容施設ハスノハに収容される運びとなり、既にかの施設の独房に入れられていた。
 ホウゲツとウインテート連邦共和国は犯罪者の引き渡しをする程度には親密なので、いずれ彼女はあちらに移送されることになるはずだが……。
 彼女の現在の状態では取り調べもできず、裁判にかけることもできないだろうということで、しばらくは特別収容施設ハスノハに留まることになりそうだった。

「恐らく彼女、ドッペルゲンガーの少女化魔物ロリータたるルエットは、少女化魔物となった瞬間から常に複合発露エクスコンプレックスを使い続けていたのだろうね」

 ルエットが宛がわれた独房の前で、特別収容施設ハスノハの施設長たるアコさんが彼女に複雑な感情の滲んだ目線を向けながら告げる。
 罪を犯したことに思うところはあれど、その感情の主なところは同情のようだ。

「……それがこんな状態になってしまった原因、ですか?」

 封印の注連縄の影響下にある小さな部屋の中心で糸の切れた人形のように座っているルエットを一度視界に入れてから、アコさんに視線を戻して問う。
 独房は完全に密閉されている訳ではないので、当然こちらの会話は耳に届いているはずだが、認識できていないのか全く興味がないのかルエットの反応はない。
 そんな彼女の様子を見れば、罪人であることを考慮に入れた上でも、憐れみの一つや二つ抱いても不思議ではないだろう。

「これまで積み重ねてきた行動も、思考も。何かしらの存在をコピーした上で行ってきただけに、封印の注連縄の力で複合発露が完全に停止した結果、そうしたものが全て消え去ったまっさらな、無垢な状態に戻ってしまったんだろうね」
「無垢な状態……」

 アコさんの言葉を繰り返しながら、再びルエットに目を向ける。
 今の彼女は言わば、生まれたばかりの赤ん坊のようなものということか。
 その様子は、どことなく初めて会った時のテアに似ている。
 最凶の人形化魔物ピグマリオン【ガラテア】の肉体であり、空っぽであった彼女と。

「その辺り、ルエットも薄々は気づいていたのかもしれない。だからこそ、どうにかして自分という存在を確立しようとして、怪盗なんて馬鹿な真似をしていたんだろう。土台となるものがなければ、結局は空中楼閣も同然だったのに、ね」

 ルエットがどういった動機の下であのような行為に及んでいたのかは、アコさんが自身の複合発露〈命歌残響アカシックレコード〉を以って全て詳らかにされていた。
 その過程で、今回の件の依頼主が誰であるかについてもまた。
 ルエットの中にその記憶は既にないようだが、アコさんの複合発露は世界に記録されている情報、特に対象の主観を読み取るもの。
 それだけに、少なくとも彼女の行動、思考及び心情に関しては丸裸も同然だ。
 前世には、犯人が何も語ろうとせず、動機に謎が残される結果に終わってしまった事件も多々あっただけに、彼女の複合発露は本当に有用だと改めて感じる。
 まあ、そうは言っても別に依頼人がいて、尚且つ複合発露の使用条件を満たしていないケースでは、そちらの動機まで明らかにすることはできないけれども。
 余談だが、今回はルエットが実は依頼人もコピーしていたものの、体験に基づく記憶でなければ当人に紐づけされないため、この特殊なケースでも芋づる式に事件の裏の裏まで解明することは不可能とのことだった。

「……本当に馬鹿な子だよ。けど、彼女自身にはどうしようもできなかっただろうね。生まれた時から既にコピーした諸々に影響されていた訳だから。こうして誰かにとめて貰う以外には、やり直すチャンスを得ることは不可能だったと言える」

 更にそう続けたアコさんの言う通り。
 どう足掻いても、こうして封印の注連縄によって強制的に複合発露を解かなければ本来の、純粋なルエットが現出してくることはなかっただろう。
 そう考えると、彼女が取ることのできた選択肢はないに等しい。
 情状酌量の余地がないとは言いがたい。
 いずれにしても、これまで彼女が積み重ねてきたもの全てが取り払われてしまったのなら、もう罰を受けたと判断してもいいのではないかと思う。
 少なくとも、この少女祭祀国家ホウゲツにおいては、正式に教育を受けて国民として登録される前の罪は免ぜられる訳だし。

 ……とは言え、被害を受けたのはウインテート連邦共和国とその国民。
 被害者の感情とあちらの法律がそれを許すかはまた別の話だ。
 しかし、今は何よりも――。

「この子は、大丈夫なんでしょうか」

 そもそも取り調べや裁判を受けられる状態に、いや、それ以前にまともに受け答えができるような状態に戻れるのかどうかが心配だ。
 同じような状態にあったテアも今では大分自意識がハッキリしてきているとは言え、それは相応に他者との触れ合いがあったからに他ならない。
 記録上存在しないことになっているテアはともかく、他国の犯罪者であるところの彼女に、その機会を与えるのは中々に難しそうだが……。

「まあ、少女化魔物のことは私達に任せて欲しい」

 そんな俺の問いかけに、アコさんは自信に溢れた表情と共にそう応じた。

「これでも五百年。様々な少女化魔物と接してきたからね」

 更に彼女はそう続けると、独房の中で座り込むルエットに視線を向けた。
 それから一歩前に出て屈み、そんな相手によく伝わるように丁寧に語りかける。

「いいかい、ルエット。これから君は、複合発露に頼ることなく新たに一つ一つ経験を積み上げて、今度こそ本当の自分というものを作り上げていくんだ」

 しかし、やはりルエットに反応らしい反応は見られない。
 それでも――。

「それまでは、私達は決して君を身捨てたりはしない」

 アコさんは全く悲観的な様子を見せることなく、ただただ真摯に向き合う。
 こういった少女化魔物への情け深さが、このホウゲツという国が他国から少女祭祀国家と呼ばれる所以の一つというものだろう。

「……俺にも手伝えることはありますか?」

 そんなアコさんの姿を目の当たりにし、やむを得ぬこととは言え、ルエットをこの手で今の状態に叩き落してしまった事実に改めて負い目と責任を感じて尋ねる。
 人外ロリコン的に、せめて少女が回復するまで見届けたいところだが……。
 そんな俺に対し、アコさんは「いや」と口にしながら首を横に振って続ける。

「イサク。君は君にしかできないことをすべきだ。こうした極々個別的で、かつ力に依らず対処可能な問題まで救世の転生者が抱え込む必要はない。彼女の暴走を鎮めてくれただけで十分だ。こういったことは私達を頼って欲しい」
「ですけど……」
「そのためにこそ、私達はいるんだ。その役割を取らないでくれ給え」
「…………はい。ありがとうございます、アコさん」

 少しだけ冗談っぽく告げた彼女に、十分な理解と共に頷く。
 いつか弟達にも言ったことだが、人間たる者、全てを抱えられる訳ではない。
 だからこそ弟達には将来この手が届かない部分を手伝って欲しいと言っていた俺が、何でもかんでも自分でやろうとするのは一種の裏切りというものだろう。
 と言うか、戦闘に際しても常にサユキ達の手を借りているのだから、そもそも俺は一人で何でもできている訳ではない。そこを履き違えてはいけない。
 救世という大き過ぎる使命は、仲間達の手を借りてこそ、ようやく果たすことができるものなのだから。

「イサクに出張って貰わなければならないとすれば、あちらの方だ」

 その言葉に込められたアコさんの意図を察し、意識を引き締めて首を縦に振る。
 今回の事件の真犯人とも言うべき存在。怪盗ルエットを利用して、ウインテート連邦共和国の国宝たる祈望之器ディザイアードアスクレピオスを奪おうとした真犯人。
 彼女の依頼主、人間至上主義組織スプレマシー代表テネシス・コンヴェルト。
 アコさんの〈命歌残響〉では彼が何の目的でそのようなことをしたのかまでは分からなかったようだが、一つ重大な事実を把握することはできた。
 ルエットがその暴走パラ複合発露エクスコンプレックスによって変じた最初の姿。
 三大特異思念コンプレックス集積体ユニークの一体たるベヒモスの少女化魔物が持つであろう複合発露。
 それはテネシスが依頼料の前払いとして彼女にコピーさせた力だった。
 即ち、今代のベヒモスの少女化魔物は彼の下にいるということ。
 しかも、アコさんがルエットの視点を読み解いた限り、彼がかの少女化魔物と真性少女契約ロリータコントラクトを結んでいるらしいことも判明している。

「……テネシス・コンヴェルト」

 情報を頭の中で並べ立てている内に、自らの望みのために己を持たぬ憐れな少女化魔物を利用した彼に対する強い憤りを湧き上がり、忌々しくその名を口にする。
 ホウシュン祭での苦い記憶が甦る。
 こちらはこちらでフェリト達と真性少女契約を結び、あの時とは隔絶した力を持つに至ったとは言え、三大特異思念集積体の力を有する彼は侮ることはできない。
 いずれは、その強大な力を以って俺達の前に立ち塞がることになるだろう。
 テネシス自身の目的が何なのかは分からないが、彼がそれを諦めない限りは。
 そう確信しながら俺は、次こそは必ずあの男を捕縛してみせると決意を改めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...