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後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再開するまでのお話
その16
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扉をあけると、その先は通路だった。装飾が無い薄暗い通路だった。
むき出しの石畳は足音が響き、かび臭い壁は傷だらけだった。
不気味で細い通路の向こう側からジムニの声が聞こえる。
「呪い子? しらんな。まぁ、逃げた奴隷を捕まえたにすぎん」
「俺は知っているんだぞ! 理由の無い奴隷は駄目なんだ!」
「いやいや。同意してもらわなくては、先ほど言い放っていた……師匠とやらが人の奴隷を盗んだことになるが?」
ジムニは多くの人と相対しているようだった。
彼は自分は捨てられた奴隷であり、その後解放されたと主張しているようだった。
だけれど、周りの者は彼が逃亡しただけだと反論している。
捨てられた奴隷と逃亡奴隷は扱いが違う。
理屈で言えばジムニが正しい。
ところが周囲の大人は、捨てた事自体を無かったことにしようとしている。
必死な訴えに、嘲笑まじりの反応を返して。
「俺は奴隷じゃないんだ!」
「おやぁ。言葉使いが悪くなっていますねぇ。あらためてしつけなくては」
「師匠とやらの影響でしょうか? まぁ、人の奴隷を盗むような輩、まっとうではございますまい」
「はははははは」
「お……私は!」
「もうよい。この者が生来の奴隷であり、本人の主張が間違いだと思う者は手を叩け」
割れんばかりの拍手があった。パチパチパチと何時までも続く拍手。
眉間に皺をよせたミランダの足が速くなる。
「か、看破で見てください。私は奴隷では無いです!」
「おやおや、ヤードゥ様」
「看破で見ればわかる……と」
「子供の朝知恵ですなぁ。もっと深く見れば元奴隷であるとわかるというもの」
「え?」
「おや、履歴の事も知らず、奴隷では無いと主張していたとは。ははっはははは。確かに、確かに、子供の浅知恵、微笑ましいですな」
通路を進む途中も、ジムニの声にそれと伴う会話が聞こえてくる。
忌ま忌ましい会話だった。
必死なジムニの言葉をあざ笑う大人の態度が腹立たしかった。
「何もいえぬか? んん?」
「沈黙は罪を認めたと同意。では、その師匠とやらは鞭打ち相当かなぁ」
「はっはっははは」
「お前のような子をもって母は恥ずかしい。焼きごてが足りなかったようね」
「あぁ、我が主よ。今一度、親愛の鞭をお貸し下さい。ジムニを叩き直しますので」
「では……ジムニよ。お前が過ちを認め奴隷と認めるのなら、その師匠は鞭打ち10回で許してやろう」
「おぉ、なんとヤードゥ様は寛大な」
通路は一本道でミランダは問題無く別の扉へとたどりついた。
穏便に済ませる考えは消え失せていた。
向こうも自分に敵意を示している。鞭打ちなどと。
「丁度良い」
遠慮はいらないとミランダは扉を乱暴にあけた。
扉の開くバタンという音に、皆の視線がミランダへ集まった。
彼女が踏み込んだ部屋は、裁きの場だった。中央の空間にジムニが立っていて、その場所を囲む形でコの字に木製の柵が設けられている。
高さはミランダの背よりわずかに高く、その向こう側は階段上になっていた。
そこには身なりの良い数人の男女と、弓を持った多くの兵士が立っていた。
扉からジムニの立っている空間までは繋がっている。
「ジムニを警戒していたようね」
兵士の多さをみてミランダは判断する。
ジムニの魔力量は同年代の子供と比べて多い。それは呪い子だったからで、なおかつ彼の侍従が後先考えず周囲の魔力をつぎ込んだから。
侍従が健在ならば、ジムニは集められる魔力に身体がもたず死んでいた。もって1年程度だっただろう。
結果として、子供ではあり得ない魔力をジムニは持つことになった。
そんな彼に呪いが残っていて、それをまき散らしたら……この先にいる者達はジムニを恐れている。
天の蓋が壊れて呪い子は存在しなくなったが、まだ半信半疑なのだろう。
念の為の兵士というわけだ。
「恐れと同時に、価値を認めたか……」
どうしてジムニを取り戻したいのかをミランダは理解した。
異常に魔力の多い子供。呪い子でなければ奴隷として十分な価値がある。
「師匠? なんでここに?」
ジムニが目をパチクリとさせた。
「お前がキチンと留守番していないから探しに来たのよ」
見るとジムニの両手は縛られていた。
彼を縛る縄は、ミランダが微笑むとピキピキと凍り付き砕け落ちた。カシャンという澄んだ音がした。
「誰だ?」
柵の向こう、ジムニと相対する場所に立つ男が声をあげる。
頭は薄いがちょび髭が黒々とした初老の男だ。
看破の魔法越しにミランダが目をやると、髭の男は三等官ヤードゥと表示されていた。
「ジムニの言葉を聞いていなかったのかしら? この子の師匠だけれど」
「それは逃亡奴隷だ。引き渡してもらおう」
「知らないわ、そんなこと。出会った時からこの子は私の弟子なの。そもそもお前の言い分を裏付ける証拠はどこに? 奴隷を奪えば履歴が残る……でしょう?」
演説するように、はっきりと大きな声でミランダは答えた。
履歴は残っていない。ミランダはジムニの奴隷契約を完璧に削除していた。
一般的には、奴隷の譲渡や解放をすれば履歴が残る。
履歴が残っている間であれば、契約の取り消しは可能。奴隷売買に関わる者であれば常識のことだ。
目の前の役人もそう思っているのだろう。
だから、当初は取り消す予定だったはずだ。
奴隷の解放契約を取り消して、元の鞘に戻すつもりだった。
だけど履歴が残っていなかった。予想外の事態に、彼らは困ったのだろう。
そこでジムニを屈服させることにした。
魔力の高いジムニ相手では無理矢理の奴隷契約も難しいから。
「ぬぅ」
「おや、私はそうだと思うのだけれど。お前も言ってたじゃない。奴隷契約の履歴が残ると」
例外はあるのだけれど……ミランダは心の中で付け加える。
王の力があれば、履歴を残さず奴隷契約を消せる。つまり女王としてのミランダには可能。
もっとも王の権力の詳細など、普通の役人は知らない。
「おやおや、どうやら、この子は奴隷で無かったようね……お前達のは言いがかり。めでたしめでたし」
顔が赤くなった面々をあざ笑ってミランダは帰る事にした。
ジムニに向かって「帰りましょう」と言って、自分がやってきた扉に向かってミランダは顔をやった。
周りを無視したミランダの態度は周りを刺激したようで、柵の向こう側がざわめく。
「話は終わっていないぞ!」
「私の話は終わり。奴隷の履歴が無いから、同意がなくては奴隷には出来ない。力尽くで契約の魔法陣に押しつけるって方法はあるけれど、それは私が許さない。だから無理……でしょ?」
ミランダはわざと挑発的に言った。
彼女なりの仕返しだった。さきほどジムニを嘲笑した者達をからかうのだと。
そしてミランダはジムニの背中をポンと押した。さっさと帰ろうというニュアンスで。
「ジムニ、待ちなさい!」
そんなとき、柵の向こうからジムニへ語りかける声があった。
ジムニは小さく震え立ち止まる。それは反射的で、彼の顔には怯えがあった。
ミランダは声の主を見つめる。
若い女性だった。身なりの良い彼女はジムニに似ていた。
ジムニの母親……ミランダは判断した。
むき出しの石畳は足音が響き、かび臭い壁は傷だらけだった。
不気味で細い通路の向こう側からジムニの声が聞こえる。
「呪い子? しらんな。まぁ、逃げた奴隷を捕まえたにすぎん」
「俺は知っているんだぞ! 理由の無い奴隷は駄目なんだ!」
「いやいや。同意してもらわなくては、先ほど言い放っていた……師匠とやらが人の奴隷を盗んだことになるが?」
ジムニは多くの人と相対しているようだった。
彼は自分は捨てられた奴隷であり、その後解放されたと主張しているようだった。
だけれど、周りの者は彼が逃亡しただけだと反論している。
捨てられた奴隷と逃亡奴隷は扱いが違う。
理屈で言えばジムニが正しい。
ところが周囲の大人は、捨てた事自体を無かったことにしようとしている。
必死な訴えに、嘲笑まじりの反応を返して。
「俺は奴隷じゃないんだ!」
「おやぁ。言葉使いが悪くなっていますねぇ。あらためてしつけなくては」
「師匠とやらの影響でしょうか? まぁ、人の奴隷を盗むような輩、まっとうではございますまい」
「はははははは」
「お……私は!」
「もうよい。この者が生来の奴隷であり、本人の主張が間違いだと思う者は手を叩け」
割れんばかりの拍手があった。パチパチパチと何時までも続く拍手。
眉間に皺をよせたミランダの足が速くなる。
「か、看破で見てください。私は奴隷では無いです!」
「おやおや、ヤードゥ様」
「看破で見ればわかる……と」
「子供の朝知恵ですなぁ。もっと深く見れば元奴隷であるとわかるというもの」
「え?」
「おや、履歴の事も知らず、奴隷では無いと主張していたとは。ははっはははは。確かに、確かに、子供の浅知恵、微笑ましいですな」
通路を進む途中も、ジムニの声にそれと伴う会話が聞こえてくる。
忌ま忌ましい会話だった。
必死なジムニの言葉をあざ笑う大人の態度が腹立たしかった。
「何もいえぬか? んん?」
「沈黙は罪を認めたと同意。では、その師匠とやらは鞭打ち相当かなぁ」
「はっはっははは」
「お前のような子をもって母は恥ずかしい。焼きごてが足りなかったようね」
「あぁ、我が主よ。今一度、親愛の鞭をお貸し下さい。ジムニを叩き直しますので」
「では……ジムニよ。お前が過ちを認め奴隷と認めるのなら、その師匠は鞭打ち10回で許してやろう」
「おぉ、なんとヤードゥ様は寛大な」
通路は一本道でミランダは問題無く別の扉へとたどりついた。
穏便に済ませる考えは消え失せていた。
向こうも自分に敵意を示している。鞭打ちなどと。
「丁度良い」
遠慮はいらないとミランダは扉を乱暴にあけた。
扉の開くバタンという音に、皆の視線がミランダへ集まった。
彼女が踏み込んだ部屋は、裁きの場だった。中央の空間にジムニが立っていて、その場所を囲む形でコの字に木製の柵が設けられている。
高さはミランダの背よりわずかに高く、その向こう側は階段上になっていた。
そこには身なりの良い数人の男女と、弓を持った多くの兵士が立っていた。
扉からジムニの立っている空間までは繋がっている。
「ジムニを警戒していたようね」
兵士の多さをみてミランダは判断する。
ジムニの魔力量は同年代の子供と比べて多い。それは呪い子だったからで、なおかつ彼の侍従が後先考えず周囲の魔力をつぎ込んだから。
侍従が健在ならば、ジムニは集められる魔力に身体がもたず死んでいた。もって1年程度だっただろう。
結果として、子供ではあり得ない魔力をジムニは持つことになった。
そんな彼に呪いが残っていて、それをまき散らしたら……この先にいる者達はジムニを恐れている。
天の蓋が壊れて呪い子は存在しなくなったが、まだ半信半疑なのだろう。
念の為の兵士というわけだ。
「恐れと同時に、価値を認めたか……」
どうしてジムニを取り戻したいのかをミランダは理解した。
異常に魔力の多い子供。呪い子でなければ奴隷として十分な価値がある。
「師匠? なんでここに?」
ジムニが目をパチクリとさせた。
「お前がキチンと留守番していないから探しに来たのよ」
見るとジムニの両手は縛られていた。
彼を縛る縄は、ミランダが微笑むとピキピキと凍り付き砕け落ちた。カシャンという澄んだ音がした。
「誰だ?」
柵の向こう、ジムニと相対する場所に立つ男が声をあげる。
頭は薄いがちょび髭が黒々とした初老の男だ。
看破の魔法越しにミランダが目をやると、髭の男は三等官ヤードゥと表示されていた。
「ジムニの言葉を聞いていなかったのかしら? この子の師匠だけれど」
「それは逃亡奴隷だ。引き渡してもらおう」
「知らないわ、そんなこと。出会った時からこの子は私の弟子なの。そもそもお前の言い分を裏付ける証拠はどこに? 奴隷を奪えば履歴が残る……でしょう?」
演説するように、はっきりと大きな声でミランダは答えた。
履歴は残っていない。ミランダはジムニの奴隷契約を完璧に削除していた。
一般的には、奴隷の譲渡や解放をすれば履歴が残る。
履歴が残っている間であれば、契約の取り消しは可能。奴隷売買に関わる者であれば常識のことだ。
目の前の役人もそう思っているのだろう。
だから、当初は取り消す予定だったはずだ。
奴隷の解放契約を取り消して、元の鞘に戻すつもりだった。
だけど履歴が残っていなかった。予想外の事態に、彼らは困ったのだろう。
そこでジムニを屈服させることにした。
魔力の高いジムニ相手では無理矢理の奴隷契約も難しいから。
「ぬぅ」
「おや、私はそうだと思うのだけれど。お前も言ってたじゃない。奴隷契約の履歴が残ると」
例外はあるのだけれど……ミランダは心の中で付け加える。
王の力があれば、履歴を残さず奴隷契約を消せる。つまり女王としてのミランダには可能。
もっとも王の権力の詳細など、普通の役人は知らない。
「おやおや、どうやら、この子は奴隷で無かったようね……お前達のは言いがかり。めでたしめでたし」
顔が赤くなった面々をあざ笑ってミランダは帰る事にした。
ジムニに向かって「帰りましょう」と言って、自分がやってきた扉に向かってミランダは顔をやった。
周りを無視したミランダの態度は周りを刺激したようで、柵の向こう側がざわめく。
「話は終わっていないぞ!」
「私の話は終わり。奴隷の履歴が無いから、同意がなくては奴隷には出来ない。力尽くで契約の魔法陣に押しつけるって方法はあるけれど、それは私が許さない。だから無理……でしょ?」
ミランダはわざと挑発的に言った。
彼女なりの仕返しだった。さきほどジムニを嘲笑した者達をからかうのだと。
そしてミランダはジムニの背中をポンと押した。さっさと帰ろうというニュアンスで。
「ジムニ、待ちなさい!」
そんなとき、柵の向こうからジムニへ語りかける声があった。
ジムニは小さく震え立ち止まる。それは反射的で、彼の顔には怯えがあった。
ミランダは声の主を見つめる。
若い女性だった。身なりの良い彼女はジムニに似ていた。
ジムニの母親……ミランダは判断した。
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