召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十一章 究極の先へ、賑やかに

ばんのうのてんさい

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 ギリアに戻ってから2ヶ月が経とうとしている。
 密度の濃い日々が続いている。
 カロンロダニアの家で楽しんだ収穫祭。
 皇女ファラハという新しいお隣さん。
 巨人のパン屋を初めとした、いろいろな商人の来訪。
 忙しい日々に、ノアはちょっぴりお疲れモードなくらいだ。
 そのうえ、あっさりと実現できた魔法の究極。
 さらにはアダマンタイト。
 これもまた、あっさりと手に入れることができた。
 アダマンタイト製の魔剣ロウハンマが持ち込まれて約10日が過ぎた日の事だ。
 前回と同じようにイオタイトが馬に乗ってやってきた。

「死ぬかと思った。ここで笑い死ぬのは流石に辛い。面白すぎるので、これもくれてやる……だそうだよ」

 疲れた顔をしたイオタイトが持ってきたのは、分厚いガラスの箱に入った黒い鉱石。アダマンタイトの粉だ。
 少し前まで、どうやって手に入れようかと考えていたアダマンタイト。
 それは、得体は知れないが、気前のいい主様とかいう人に貰う事ができた。
 黒本の写本といい、アダマンタイトといい、どこから手に入れてくるのだろうな。
 気前も良すぎるくらいだし。
 言えば何でもくれそうだ。
 もっとも、タダより高い物は無い。いちおう前回のお詫びとお礼を兼ねてドーナツを渡したけれど、釣り合っていない気がする。
 主様とか言う人に頼るのはこれっきりにしておこう。
 手に入れたアダマンタイトは、早速とばかりに赤い手帳の合い鍵作りに使用する。
 アダマンタイトが手に入れば完成というところまで作っておいたので、すぐに手帳の鍵は作る事ができ、中も読むことができた。
 今はサムソンが、手帳から必要な部分を抜き出す作業をしている。
 そこに書いてあるのは、繊細なスケッチと、多種多様な事柄に対する考察。
 ウルクフラという人の数限りない研究について書いてある手帳だった。
 彼は魔法だけの人ではなかったらしい。
 政治や美術、軍事から神々、他にも多種多様な事について研究していたようだ。
 ヒンヒトルテが万能の天才と呼んでいたが、その言葉は嘘では無いことが手帳を見るとよくわかる。
 ところが、その万能ぶりが困った問題を起こしている。
 手帳に書き込んでいる題材が、バラバラ過ぎて、魔法の事だけをピックアップするのが大変なのだ。一つのページに、複数の考察が混在していることもザラだった。
 それが原因で、サムソンは手帳の中身に延々と時間を取られている。

「では、49回目の実験を始めたいと思います」

 そして、手元にもう一つあるウルクフラがらみの資料。
 魔法の究極について書いてある黒本エニエルは、カガミがずっと持っている。
 彼女は、黒本エニエルを読み、魔法の究極にかかる実験を繰り返しているのだ。
 すでに49回か。
 最近は屋敷の庭で、カガミ主導による実験をする事が多い。
 すっかり慣れたものだ。
 プレインが記録係。
 ミズキやオレが、魔法を使う。
 だけど、その日は、さらに大がかりだった。
 大きな水瓶に、溢れる直前まで水を入れたものが、祭壇の側に置いてある。

「カガミ、水瓶の位置ってここでいいの?」

 ミズキが2つめの水瓶を、1つめの側に置いて問いかける。

「えぇ。そこに……ありがとうございます。ウンディーネ、水を張ってください」

「ゲェコ」と、カエルそっくりな外見をしたウンディーネが鳴いた。
 その声と共に、2つめの水瓶にも、水が張る。

「これって、何なんスか?」
「魔法の究極で、願った言葉は、模様のような形を取るんです。それで、それを記録する魔導具なんです」
「あぁ、この水瓶って魔導具なんだ」
「はい。一つが送る前の言葉が作る模様。もう一つの水瓶が、送った後の模様です」

 やや大がかりな準備が終わり、魔法の究極を使う。
 名前のわりに最近はバンバン魔法の究極を使っている。

「今日は、鉄板を赤く染めてみます」
「了解」

 カガミから手のひらサイズの鉄板を受け取り頷く。
 様々な条件で、魔法の究極を使う事で、この魔法がくせ者だとわかった。
 金貨を願うと、とりあえず近場から持ってくる。
 リンゴの皮を剥いてと願ってみると、食べるところがやたら少ない。
 本の複製を願えば、複製後の本は一回り小さかったり、大きかったり。
 一言でいえば、雑な仕事なのだ。
 そのうえ、魔力消費もでかいし使い勝手が悪い。
 ただし、普通の魔法ではあり得ない結果も起こせる。
 例えば、物体召喚。通常であれば一定時間後には、召喚した物体は元の場所に戻るが、魔法の究極によって呼び寄せた物は、いつまでも戻らない。
 しかも領主権限により、制限されている場所からも召喚可能だ。
 こういう事が起きるから、いまだ魔法の究極には見切りをつけられない。
 可能性を感じるというわけだ。

「……この手にある鉄板を赤く染めて欲しい」
「セイコウ。ネガイハカナッタ」

 そして、カガミの合図に頷き魔法の究極を使う。
 面倒くさい詠唱も、今では何も見ずに言える。

「鉄板が真っ赤になったよ」
「えぇ。こちらも成功しました」

 カガミが、水瓶を見て言った。
 水瓶に張った水の表面に、模様ができていた。
 黒色の複雑な模様だ。一方は静かな水面に模様が浮かんでいるが、もう一方は波紋で模様が歪んでいる。

「水面が、模様を作るんです」

 カガミが言いながら、水瓶の口へ蓋をするように紙を置いて、すぐに引き剥がす。

「似てるけど、一方が波紋で歪んでるスね」
「でも、中央付近ははっきり見えると思います。思いません?」

 確かにカガミの言う通り、波紋で歪んでいない中央付近ははっきりと見える。
 2枚の紙に写し取られた模様。その中央付近は、まったく同じに見えた。

「でも、紙を水につけるとふやけない?」
「この紙、にじまない魔法の紙なんです」

 ミズキのツッコミに、答えながら、カガミは2つの紙を重ねて空に掲げている。
 日の光に透かしてみて、一致するか見ているらしい。

「でも、水ってユラユラ揺れると思うけど……」
「魔導具の力で、模様が出来た段階で固定されますよ。触ってみるとわかると思います」
「へぇ」

 確かに固まっているようだ。
 ミズキが水瓶に両手をついて寄りかかったが、まるで蓋でもついているように、手は沈まない。

「あっ。でも、すぐに……」

 ふとカガミが視線を移し、遊んでいるミズキに声をかけようとしたときのことだ。

『バチャン』

 突如ミズキが前のめりになって転けた。
 手を水瓶に突っ込んでバランスを崩したのだ。
 水が固体になる時間は案外短いらしい。

「うわぁ。びちゃびちゃ。しかも、なんか黒くなってるし」
「紙を置く前に墨を流したので……、着替えたほうが良いと思います」
「そうする。んでさ、何かわかった?」

 服についた水を払いながらするミズキの質問に、カガミが頷く。

「えぇ。波紋で見えない部分も、模様が一致しませんでした。予想どおり、願いを送る段階で、その願いが作るデータが破損しているのだと思います」

 データが破損か。ネットワーク通信でも、送るデータが正常に届かないことは多い。
 それと同じようなものか。
 あれ?

「破損……願いが……歪む? それで結果が?」

 データが壊れている。だから、願いが正確に実現されない……。
 魔法の究極による結果が大雑把な理由は、送信データの破損が原因なのかな。

「そうです。リーダと同じ事を私も考えました」
「へぇ、でも、カガミ姉さん、よくそんなこと思いついたっスね」
「黒本エニエルに書いてあったんです。魔法の究極は、信託の魔法を解析する過程で思いついたらしいんですが、信託の魔法は言葉が神々に届く途中で一部が失われるって」
「それで、今回の実験なんスか?」
「えぇ、そういうことです。この本の著者2人は、魔法の究極で、この問題は解決したと書いていますが、本当にそうなのかなって」

 話しが終わり、実験結果を精査すると自室に戻ったカガミを見送り、道具を片付ける。
 それから、カガミから黒本エニエルをもらって、読み直すことにした。
 カガミの言葉の通り、魔法の究極は、信託の魔法を流用して作ったと本にあった。
 信託の魔法は、未来を知る事が出来る魔法らしい。
 ただし、何でもというわけでもないし、得た予知も不正確だという。
 だから信託の魔法を使い、何か未来の出来事を知りたいときは、何度も使って結果を集計するそうだ。
 20年以上にわたって、何百回も信託の魔法を使うことで、信頼できる精度まで絞り込むことができるのだとか。
 気が遠くなる。
 ただし黒本エニエルには、それ以上に興味深いことは書いていなかった。
 もし書いてあればカガミが言っているだろうし、期待はそれほどしていなかったが、残念だ。
 魔法の究極が、イマイチであるという現状は変わらない。
 そして著者の一人であるウルクフラも、同様に思っていたらしい。

 ――これが究極と呼ばれる魔法であっても、なお先はある。
 ――魔道の探求は、全てに通じる。
 ――いずれ人は、究極のさらに先へと到達するだろう。私はその場に立ち会いたい。

 本は、ウルクフラのそんなコメントで締めくくられていた。
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