召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十七章 伝説の、真相

閑話 冒険(氷の女王ミランダ視点)

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 暗くて苔の香り漂う石作りのトンネルが続く。
 そんな味気ない道……私の前をリーダが走っている。

「あいつ泳いでないか?」
「そうねぇ」

 なぜかリーダの言葉使いが雑だ。
 よくよく考えたら、もっと前から雑だったかも知れない。
 大学で、他の人と話すときは丁寧なのに、何故だろうかと不思議になる。
 でも、それが心地よい。
 それだけで、嬉しく楽しかった。
 こんなことになるとは夢にも思わなかった。
 私はただ自分の望むままに行動をしていた。
 だから大学でリーダの姿を見たときにひどく驚いた。
 しばらくの間考えたが話しかけることにした。声をかけて良かったと思う。
 彼は不思議な人間だ。
 いや彼だけではない。ノアサリーナに付き従う5人の従者、全員が不思議な人達だった。
 人であるにもかかわらず、呪い子に生来的な嫌悪感を見せない人達。
 それは、獣人をはじめとする亜人よりも顕著だった。
 よほど自らを律する意志が強いのだろう。
 彼らを初めて知った時のことはよく覚えている。

 ――かたや、ノアサリーナは慈悲の心を忘れず。
 ――石を持ち、自らを追い立てたにもかかわらず。慈悲の心を失わず。
 ――自らの使命をもとに5人の従者と共に、凶悪なオーガに立ちふさがる。
 ――かの者が駆り立てたゴーレムは、猛々しく、手を振り上げ吠えた。
 ――唸り振るわれる一撃!
 ――骨、砕ける音が響きわたり、凶悪にて無敵のオーガを粉砕す。
 ――かくして、ギリアの地に平穏をもたらす。

 吟遊詩人が竪琴の音色にのせ歌った物語。
 それは私の知っている未来とは大きく異なるものだった。
 何度も、何度も、繰り返し読んだ予言。
 クロイトス一族が、導き出した仮説……揺らがない詩。
 湖畔の町……ギリアにおけるオーガの話。
 そこで示された血塗られた聖女がオーガを倒す物語。
 ところが、誤らないはずの詩は外れた。
 代わりに、ゴーレムがオーガを打ち倒すという現実を残した。
 変わらぬ予言を残したまま。
 詩は変わっていないのに、予言は外れた。
 私の興味はそこから始まった。
 なぜ黒の滴が落ちなかった?
 ギリアの地にて何が起こったのか?
 私の中にある……南方3賢者がひとつ、クロイトス一族の知恵さえ及ばない事象。
 静かに考えながらギリアへと向かうことにした。
 私の心には二つの思いが渦巻いていた。
 予言の果てに、人の生が終わる光景を見つめる思い。
 そして新たに芽生えた……予言の無い、不思議な未来の果てを見たいという思い。
 上手くいけば予言が示す終末が変わるかもしれない。
 心が躍った。
 それからの旅、ノアサリーナ達の事を考えると、凍てついた私の心に明かりが灯ったようだった。
 いとも予言を覆した呪い子ノアサリーナとその5人の従者達。
 ニルケルンの姫と5人の従者……古い物語のような人達。
 私には不可能だった予言を崩す行動。
 かって私が、ことごとく失敗したその試み。
 変えられないとされる本筋の予言。
 クロイトス一族が、何代にもわたり失敗し、私も諦めた重要な詩を伴う予言の破壊。
 ノアサリーナは、それを、いとも簡単に覆した。
 黒の滴を恐れずに。
 つぎつぎと詠われる彼らの活躍。
 それまで、私にとっての最後の希望は、呪い子を減らすことだけだった。

 ――我らの計算では、呪い子が世界から消えれば、魔神の復活を1000年ほど伸ばす事ができる。

 師匠の言葉……受け継いだクロイトスの意思が裏付けた計算。
 もっとも確実な手段。
 呪い子を間引いていけば、いずれ予言は狂う……。
 私の妹も、その子供も……、幸せだった頃の思い出達が理不尽な終わりを回避できる可能性。
 その前に、黒の滴が落ちるかもしれない。
 それでも、私のよりどころはそれだけだった。
 そしてたどり着いたギリア、予言にある宮殿。
 彼らの姿がない宮殿で夢をみた。
 夢の中で、私はノアサリーナと……そしてリーダ達と旅をしていた。
 いままで見たことのない優しい夢。
 目覚めた時に感じた頬を伝う涙の感触も合わせて、忘れられない優しい夢。
 その後、出会った彼らは、小さな私の夢をはるかに超えた人達だった。
 楽しげに怒るノアサリーナと、静かな彼ら。
 ほんの一時だったが、呪い子を厭わない彼らの視線は、まるで師匠のようで……。
 いや、夢想するのは止めよう。
 私には、その価値は無い。
 多くの命を奪ってきたのだ。
 だけど、なんど心を切り替えようとしても心が躍る。
 フレッシュゴーレムとの戦いも、目の前にある真相へのヒントも押しやって、子供の頃に夢見た冒険が……。
 だが、やはり身の程をわきまえるべきだった。
 ズウタロスと、フレッシュゴーレムを倒した後の事。
 静かになった空間。魔導具が赤く照らす部屋。
 そこで真剣な顔で、本を読むリーダ。

「そうだ。ミランダに言わないといけないことがあったんだ」

 こちらを見たリーダの口にした言葉。
 その言葉に、気を抜いた私の前に広がる光景。
 リーダの側に出現したバンシーが、放たんとしていた死への呼び声。
 今まさにリーダを襲おうとしていた状況に、恐怖した。
 間に合わない。
 次の瞬間訪れるリーダの死。
 私は……ノアサリーナに、他の従者に、何と言えば……。
 目の前が真っ暗になった。
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