召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十七章 伝説の、真相

けいこくまほう

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 今までの言動とはかけ離れた、ヘレンニアの一言。

「え?」

 驚いて振り向いたオレに、彼女はニコリと笑う。

「どうかされましたか?」
「いえ……」

 あれ? 聞き間違いかな。
 先ほど、確かに、馬鹿がどうとか聞こえたのだがな。
 首を傾げるオレに、彼女は笑顔のまま、腰につけた小さいポーチから白い石を取り出した。
 それを、壁を突き破った巨大な手に向かって投げつける。
 白い石は、巨大な手の少し手前に落ちて、弾けるように膨らんだ。
 そして半透明な狼に姿を変えた。

「ギャルルル」

 それから狼はうなり声を上げて、巨大な手に噛みつく。
 噛みつかれた巨大な手は、ひっこみ通路から姿が見えなくなった。
 鳴り響く物音から、あの壊れた壁の向こうで戦闘しているようだ。

「リーダ様、一旦逃げましょう」

 ヘレンニアの言葉に頷き、来た道を戻ることにした。壊れた壁の向こうに注意して進まなくてはならない。
 だが、最初の一歩を踏み出したと同時、巨大な手は再びオレ達の視界に入った。

『ガン! ガラララ……ン』

 噛みつく狼など物ともせず、ブンと振り回された手は、通路の天井を強く殴りつけた。
 通路自体が古くて脆かったのだろう。大きな音を響かせて、通路が崩れる。
 それでも狼は手から離れる事無く、通路から伸びた手は、再び引っ込んでで姿が見えなくなった。

「ここまでかな」

 後にいるヘレンニアが諦めを口にする。
 どうする?
 戦うか……いや、瓦礫をなんとかする方法を考えよう。
 得体の知れない奴と戦うのは最後の手段だ。ヘレンニアもいるしな。
 手を振り魔法の本を取り出し、素早く念力の魔法を唱える。手っ取り早く瓦礫をまとめて動かすのだ。
 だが、魔法がほとんど働かない。
 しまった。
 魔法が制限されている。ここは魔法大学の敷地内……領主権限で制限されているのだ。

「スライフ!」

 だが、手はある。
 オレは黄昏の者スライフを契約に基づき呼び出す。

「久しいな。どうした?」

 良かった。
 スライフは問題なく呼び出せた。
 オレの後からヌッと出てきた、今やゴツイ悪魔にしか見えない深紫の姿をしたスライフに安心する。

「瓦礫を……退路を断たれた。目の前の瓦礫をなんとかして欲しい」
「退路? あぁ、フレッシュゴーレムか。あれから逃げようと?」

 スライフが通路の壁へと顔を向けて言った。巨大な手の主が通路越しに見えるのか。

「フレッシュゴーレム?」
「人や獣の肉をつなぎ合わせ作るゴーレムだ。魔物の肉を使うこともある。使った肉の特性を持つから強さは千差万別。だが……」
「だが?」
「後にいる者が、対処するのではないか? ミランダは、人の世にあって災害とまで言われる呪い子だろう?」

 ミランダ?

「あら。バレちゃった?」

 バッと後を振り返ったオレに、顔面を片手で覆ったヘレンニア……いや、ミランダが笑いながら答える。

「変装?」
「魔導具だ。顔を変える物と、声を変える物、二つを併用していた。だが、我が輩の目はごまかせぬ」
「そいつ、黄昏の者……ね。せっかくリーダと同級生になれたから、探検ごっこなんてして遊びたかったのに。早々と終わっちゃって残念」

 手に木製の仮面を持ったミランダがそこにはいた。
 声は依然ヘレンニアのままだったが、彼女は悪びれもせず、楽しそうに笑っていた。

「ミランダかよ。まったく」

 綺麗なお姉さんにファンとか言われて、少しだけ嬉しかったのに。
 相手の正体がミランダなんてがっかりだ。
 始終ヘラヘラ笑っているミランダに、ファンと言われても裏がありそうで嬉しく無い。

「えー。さっきまでと態度が違うのだけど……ひょっとして、さっきの姿の方が好み?」
「中身の問題だ」

 まったく。この状況で楽しそうにしやがって。

「えっと……中身はおんなじなのだけれど……」
「知り合いかどうかの話だ。どうでもいいけど、オレを巻き込んだ責任をとって、あいつをなんとかしてくれ」
「そうね」

 笑みを絶やさないままミランダは頷く。
 彼女は、腰のポーチから再び白い石を取り出すと、前方に投げた。先ほどと同じように、半透明の狼が出現する。
 よく見ると、あれは、氷で出来た狼だ。

「ギャルル」

 新たに出現した狼も、先ほどの狼と同様に、通路の影に隠れて見えないフレッシュゴーレムに襲いかかっていく。
 狼が襲いかかる様子を一瞥すると、ミランダは左手を掲げる。

「左手に、王が威を示すべき剣を……」

 そして、彼女が呟くと手には真っ白い剣が出現し、それを地面に突き刺した。

「王剣か」

 それを見てスライフが感心する。

「王剣?」
「そうだ。王の権力を象徴する剣だ。おそらく、この周囲一帯を自領として、魔法の制約を解除するつもりだろう」
「意外に、物知りなのね。話すほどの知能は無いと思った」

 ミランダはスライフの言葉に感心するように言いながら、首飾りを引きちぎった。
 彼女の雰囲気が一気に変わる。
 風など吹いていないのに、彼女から強風が吹いているかのように、ピリピリとした刺激を感じる。

「自己封印か。呪い子の気配をそれで封じていたか」

 呪い子の気配を封じる方法。ミランダは知っているのか。
 サムソンが研究しているのとは違う様だが、手段は沢山あった方が良い。後で教えてもらうことにしよう。

「本当に物知りねぇ。そうだ。スライフと呼ばれていたっけ。お前、すこしだけ、あのフレッシュゴーレムを相手してくださらない? 後少し、仕込みをしておきたいの」
「どうする?」

 ミランダの言葉を聞いて、スライフがこちらを見た。

「協力してやってくれ」
「わかった」

 スライフが返事と同時に手を振る。
 すると通路の壁の一方が弾けて、壁の向こうがあらわになる。
 そこは倉庫のようだった。雑多な品物が転がっている。
 そして、2匹の狼と、オーガより一回り小さい巨人の戦っている姿が見えた。
 2匹の狼はそれぞれ、別々の腕に噛みついていた。
 いまにも腕を噛みちぎろう、頭を大きく動かしている。
 小さめの巨人……あれがフレッシュゴーレムか。
 両手、両足が腫れ上がったように膨らんだ人間。ボロボロの半袖シャツに、短パン姿。その全身を縫った傷が覆い、目と口もまた紐で縫ってあった。
 加えて、靴も履いていない両足は……足ではなく、手だった。つまり4つの手を持つ人間だ。
 フレッシュゴーレムは、狼に苦戦していた。
 襲いかかる狼の一方を腕ごと地面に叩きつけ、もう一方の狼に対しては顔を近づけ噛みつこうともがいている。
 もっとも、口が縫われているので、口を開く事ができず、狼に顔を押しつけるような形だ。
 知能はあまり高くないらしい。
 その状況をスライフは腕を組んで見ていた。
 ミランダは……何かの魔法を詠唱している。相当早口だが、なかなか終わらない。
 そして、とうとう狼の一匹が、フレッシュゴーレムによって倒され砕け散った。

「スライフ!」
「問題無い。我が輩が相手をするまでもなかった。間も無く完成する」

 スライフに声をかけると少しだけ振りかえり言った。
 完成?
 ミランダか。
 直後、辺りから音が消えた。

『コォーン』

 静かな空間に、何かが床に落ちる音だけが響き渡った。
 急に辺りが寒くなり、ミランダの気配が消える。
 だが、彼女が居なくなったわけでは無い。気配だけが消えたのだ。

「何の魔法だ?」
「氷原ニテ在ル白キ日輪ノ座……だろう。すごいな人間とは。ただ一人で、この世に存在する最高位魔法……傾国魔法を、これほど早く、確実な形で、完成させるとは」

 そんなスライフの声に、ミランダは無反応だった。
 彼女は「ふぅ」と溜め息をつき、あらぬ方向をみるとトコトコとフレッシュゴーレムへと歩いて行く。
 対するフレッシュゴーレムはキョロキョロと周りを見て、ミランダに気がつくと、ブンと大きな腕を振り上げる。
 さきほどまでいた狼は、やられてしまったのか姿が見えない。
 狼という障害が消え去り、問題なくミランダへと振り抜かれるはずだったフレッシュゴーレムの拳。
 だが、それは彼女に届かない。
 殴りつける動きの途中で、ピキピキと音をたて奴は凍り付いたのだ。
 しかし、まだ安心はできない。

『バリリィッ……』

 空気を裂く電撃のほとばしる音が響いた。
 電撃の魔法が持つ特有の青い光は、ミランダに当たる直前、氷となりガラガラと崩れた。

「騒々しいと来てみれば……何事カネ、これは」

 倉庫のような一室。
 そこに居たのはフレッシュゴーレムだけでは無かった。
 凍り付いたフレッシュゴーレムを挟んで向こう側に、何者かが立っていた。
 がに股の痩せ細った身なりのいい男。黒い喪服を彷彿とさせる服装の、ギラギラと輝く金髪をした男。そいつは、片目だけを大きく見開きオレ達を睨みつけていた。

「お前が、ズウタロスアシューレン?」

 そして、その姿を見て、ミランダが声をかけた。
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