召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十七章 伝説の、真相

5つのふしぎ

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 明日のテスト。合格に向けて、暗記に苦しむオレには選択肢がなかった。
 ヘレンニアの申し出を受けるしかないのだ。

「かしこまりました。申し出をお受けいたします」
「ありがとう存じます。では、お食事が終わったら、ご案内します」

 嬉しそうに微笑んだ彼女に頷き、詰め込むようにサンドイッチを食べる。
 さっさと調べ物とやらの手伝いを終えて、テスト問題をもらうのだ。
 テスト問題をもらっても、暗記する時間は必要になるからな。
 食事をのんびり楽しむ余裕は無い。

「この学校にある5つの不思議、ご存じですか?」

 ヘレンニアは歩きながら、オレに質問を投げかける。
 5つの不思議……、そういえばピサリテリアが言っていたな。

「激辛食堂、呻く回廊、なんとかの既婚者寮、……あとは、何でしたっけ?」

 とはいえ講義の合間にした雑談の話、はっきりとは憶えていない。
 何処の学校にも、そういう噂があるのだなと思っただけだ。

「別れ人の既婚者寮……それに出歩く書籍と、高速バク転教授ね」

 そうそう、高速バク転教授。ただ運動神経がいい先生ではないかと思ったのを思い出した。
 魔法がある世界なのに……話に上がる謎がしょぼい。

「調べ物というのは、その不思議ですか?」
「そういうこと。面白い手がかりを見つけてしまいまして……今日こそはと」

 ヘレンニアは、そう言って悪戯っぽく微笑む。
 夜中に不思議探索か……余裕ある人はいいな。

「ちなみに5つある不思議のうち、どれを調べるのですか?」
「呻く回廊。この近くにある廊下で、夜中に不気味な呻き声を聞くという話よ」

 元いた世界でも、似たような話は聞いたことがある。
 人間が思いつく不思議というのは、思ったよりバリエーションが少ないようだ。

「そういうのって、誰かが魔法を使って悪戯しているだけでは?」

 どうにも怖いとか不気味という気にはならない。なんと言っても、魔法でなんとでも成りそうなのだ。

「いいえ。魔法によるものなら、魔力感知に引っかかるわ。ここはスプリキト魔法大学なのよ。それくらいは誰だって調べると思わない?」

 言われてみると当然の話だった。
 そうだよな。魔法があって、魔法によるものを調べることができるのだった。
 それなら逆に、魔法が関係していない不思議というのは、より不気味に感じるのかもしれない。

「こっちの方で、手がかりを見つけたのよねぇ」

 ヘレンニアが軽やかな足取りで先導する。
 しばらく彼女の後をついて進んでいくと、やがて明かりの無い廊下が先に見えた。
 床と壁の様子もすっかり変わって、こぎれいな道では無く、年期の入った石の通路になっていた。
 彼女は、予想していたのだろう。腰に下げていたランタンをカランという音と共に持ち上げ、火を入れる。

「薄暗くなってきましたね」
「そうね。大学の主だった廊下は、闇無しゴケの魔導具が照らしているのだけれど、この辺りは違うのよね」

 やがて廊下が冷えてきた。
 それもそのはずで、さらに進んでいくと氷室へとたどり着いた。
 沢山の氷が置いてある氷室だ。ランタンの黄色い光のためか、氷が色づいて見えた。吐き出す息が白くなり鳥肌が立つ。寒い。

「ここは?」
「触媒の保管室。最近、お金持ちの貴族が触媒を沢山寄付したみたい。そこの、緑色の氷……あれは、多分カジャカの雑草氷でしょ。それに、トゲ付きタコの氷漬けもある、なかなか充実しているわ」
「へぇ」

 辺りをランタンの光で照らしながら、ヘレンニアはいくつかの触媒を説明してくれる。
 触媒ってやつは、本当に沢山あるな。
 せっかくスプリキト魔法大学に来ているわけだし、触媒と魔法の関係を勉強するのも悪く無い。

「ここ」

 そして、ヘレンニアは氷室の突き当たりまで歩き、足下の壁を軽く蹴った。
 カラカラと音を立てて、小石がオレの足下を転がった。
 ランタンの光が照らした壁は、一部が崩れていて、その先に空間があることをポッカリ空いた暗闇で示していた。

「この先?」
「そう。少しランタンを持っていてくださる?」

 彼女はオレにランタンを預けると、四つん這いにって暗闇へと這い進んだ。
 しばらくすると、向こう側から手だけを伸ばし「ランタン」と言った。

「はい。ランタン」
「ありがとう。それでは、リーダ様もこちらへどうぞ」

 先ほどのヘレンニアと同じように四つん這いで進む。
 分厚い壁を四つん這いでくぐると向こう側には通路があった。

「通路?」
「そう。隠し通路ね。先ほどの氷室もそうだけれど、スプリキト魔法大学は、大昔の遺跡の上に建てられたみたい。だから、大学には似つかわしくない隠し通路があったりする」

 なるほど。遺跡の上に大学か……フェズルードと同じような感じだな。
 あれ? 呻く回廊……?

「ひょっとして、ヘレンニア様はこの先に呻く回廊の正体があると?」
「ご明察! そういうこと」

 いやいや。不味いだろ。
 何があるのか分からないってのに。
 危険な生き物とか居たらどうするつもりなんだ。

「何があるのかご存じなんですか?」
「いーえ。分からないわ。でも、大丈夫よ」

 不安なオレに対し彼女は自信満々だ。

「自信があるんですね」
「えぇ。だって、リーダ様がいらっしゃるんですもの。魔物なんて恐れることなんてありませんわ」

 オレ頼み? それは不味い。

「私はそこまで強くないですよ」
「そんなことないですわ。白魔を倒したお話も知ってますから、信頼しております」

 いやいや。そんな吟遊詩人の話を真に受けられても。
 これは本格的に不味い。

「それは誤解ですよ。安全策でいきましょう。命あっての物種です」

 必死なオレの言葉が通じたようだ。
 ヘレンニアは少しだけ俯き「そうね」と言葉を続ける。

「確かに、危険かもしれませんわね。注意して進んで、危なそうであれば、即撤退。日を改めるなりしましょう。それに、リーダ様は明日はテストですものね、あまり引き留めるわけにはいきませんし」
「ヘレンニア様は違うのですか?」
「わたくしは、まだ自信がありませんもの」

 ヘレンニアは歩みを再開し、オレは後をついていく。
 進む先は、入り組んだ通路だ。
 途中からは彼女が白く輝く砂を落として、帰り道を確保していく。
 迷ったら、戻れそうにないな。
 オレは戦々恐々としていたが、彼女は気楽なものだった。スキップでもしかねないくらい、警戒にズンズンと進んでいった。

「行き止まりですね」

 そしてしばらく進み、行き止まりにぶち当たった。
 正確には通路の先が崩れて進めないのだ。
 しばらく、ヘレンニアは進路を妨害する瓦礫をみたり、壁を握りこぶしでコンコンと叩いたりとしていた。
 やがて、手を止めてオレを見た。

「帰りましょうか」

 そして、彼女はそう言って笑った。
 満足したようだ。
 さて、後は、テスト問題をもらって、暗記だな。
 闇雲に暗記するのとは違い、ターゲットを絞っての暗記だ。
 心機一転、がんばろうかな。
 それは、帰ることにしたオレ達が踵を返した直後だった。

『ボゴォン』

 くぐもった爆発音がした。
 オレの背後……通路の一方の壁が大きな音を立てて崩れたのだ。
 ヘレンニアが持つランタンの光に照らされ、壁を壊した存在が微かに見える。
 巨大な……人の手?
 なんだアレ……魔物か?

「馬鹿が、向こうからやって来てくれた」

 驚くオレの背後から、酷く小さいがはっきりとした声が聞こえた。
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