召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
上 下
541 / 830
第二十六章 王都の演者

しれつなたたかい

しおりを挟む
「あの何か?」

 どうしても気になったので、残念そうな表情をしたボルカウェンに確認してみることにした。
 ノアのサインは間違っていない。むしろ、とても丁寧な文字だ。

「いや、聖女の紋章が……」

 オレの質問にボルカウェンが苦笑し、何かをごまかすように呟く。

「聖女の紋章?」
「ほら、ノアノアが作った豆判の……」

 首をかしげるオレにミズキが体を傾けて、囁き声で教えてくれた。
 前に作った芋判ならぬ豆の判子……あれの絵柄。チューリップのやつか。

「申し訳ありません。そうでした。黒いインクとペンがあったので、それだけで済ましてしまいました」

 微笑み、影から豆判の入った小箱を取り出す。
 こうやってみると、影収納の魔法が持つ物質が大きく劣化しないという効果は便利だ。
 元の世界だったら、冷蔵庫に入れたとしてもこんなに長時間もたないだろう。
 豆判の入れてある小箱に、一緒に入れていた赤色の絵の具を溶かしてから、豆判をポンと押す。

「おぉ! これが聖女の紋章なのですね」

 赤いチューリップの形をした印影を見て、ボルカウェンが笑みを浮かべる。
 前の神官達もニッコリと笑っていて、ノアもまんざらではない様子だった。

「えぇ、そうです。もしかして、初めて見られたのですか?」

 向こうから言い出したくらいだから、見た事があるのかと思っていた。帝国で、神官達はこれを客寄せに使っていたわけだしな……というより、聖女の紋章と言い出したのは奴らだ。

「大体の形は知っていたのですが……帝都の者達が……聖女の紋章を、その……軽々しく見せることはできないと断ったのです」

 は?
 あいつら自分達だけで独占していたのか。
 勝手に使ったうえに、使用を独占するとは……。神官のくせに。少しだけカチンとくる。

「やはり、信徒獲得の競争は熾烈なのですね」
「そうなのです!」

 軽くカマをかけてみたら、思いっきり食いついてきた。

「帝都と、王都の戦い……ですか」
「はい。おっしゃる通り」

 神様ごとの戦いかと思っていたが、国単位でも信徒数を競っているのか。
 思ったより複雑なのだな。
 変なところで感心しているオレをチラリと見て、ボルカウェンは言葉を続ける。

「ところで……我々はこれを使ってもよろしいのでしょうか? いや、もちろん何時までも、というわけではございません。4……いや、3ヶ月ほどでいいのです」

 そしてボルカウェンは、ノアのサインにある聖女の印を見て、それからオレに視線を移して聞いてきた。
 彼らが使う事については問題が無い。これから護衛などもしてもらうわけだし、立派な本も貰った。しかも、これからも地図の本は追加されると言う。
 しかし、帝都の神官が、ボルカウェンに聖女の紋章を見せなかったという話が引っかかる。
 使用権まで譲るつもりはない。

「もちろんです。ただし、あくまで紋章はノアサリーナ様のものですので、その点は忘れないでください」

 今後の事も考えて、聖女の紋章はノアのものであると宣言しておくことにした。
 紋章か……登録とかあるのかな。
 この件は、後で同僚達に相談しよう。
 それから明日以降のことを話し合う。
 明日も、あんな大軍に来てもらっては困るのだ。

「なるほど、リーダ様の考えはよくわかりました」

 恐る恐ると切り出した申し出に、ボルカウェンは快く応じてくれた。
 明日以降は目立たないように、館の警備と身の回りの護衛をしてくれるという。
 ついでに、ピッキー達3人の神官服を借りることにもなった。

「獣人の子達は、神官服を着ておいた方が安全かと愚考します」

 人員について詰めていたとき、チェンバレンからあった提案がきっかけだ。
 王都において、神官を公衆の面前で狙う者はいないらしい。

「確かに、それは名案。ケルワッル本神殿で修行した者達ですので、今回は特例としてケルワッルの神官服を手配しましょう」

 チェンバレンの提案に、ボルカウェンも大きく頷き神官服の手配もしてくれるという。
 狙われる可能性が少なければ少ないほど良い。一も二もなく了承をする。

「満額回答だったと思うぞ」

 概ね良い話し合いができたこともあって、上機嫌で大神殿を後にすることができた。

「明日はさ、劇場に行ってみない?」

 帰りの馬車の中でミズキがそう切り出した。
 大神殿を出て、すぐ側に大きな建物がもう一軒あって、劇場だったのだ。
 王都にはたくさんの劇場があると、練習中にパッターナも言っていた。
 そして、出し物のレベルも高く、世に誇れるものだと。

「そうだな。演劇か」

 ミズキの提案に、誰も反対する者はいない。
 ということで翌日、街へと繰り出す。
 聖光騎士団の人達は、少し距離をとって影からオレ達を見守ってくれる手はずだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

童顔の最恐戦士を癒したい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:19

フェンリル娘と異世界無双!!~ダメ神の誤算で生まれたデミゴッド~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:577

勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,585

治癒術士の極めて平和な日常

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:47

聖女追放。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:74

200の❤️がついた面白さ!わらしべ招き猫∼お金に愛される道しるべ(完結)

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

処理中です...