召還社畜と魔法の豪邸

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第九章 ソノ名前はギリアを越えて

わたりにふね

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 心配していたと怒り狂うカガミをなだめ、やっとこさ自室に戻る。
 ちなみに、プレインとミズキは、オレが周りを見回したときには広間に居なかった。
 逃げ足が速い。
 もっとも、その後はあっさりしたもので、いつものように穏やかな日々が続き、剣舞を見に行く日を迎えた。
 青空市場に着いたときは、すでに準備も進んでいた。木の柵で円形に覆われたスペースがある。さしずめ、あそこがステージで、あの中で踊るのだろう。柵の周りには人もちらほらと集まり、ステージを遠巻きに見ている。青空市場のテントのうちいくつかは、元の世界にあったテキ屋よろしく、軽食や飲み物を売るテントがあった。

「人が多い」
「人気だね」

 人混みに紛れるのは嫌だなと思っていたら、サムソンが楽屋に使うテントの側に場所を取ってくれていた。
 さっさと陣取り、踊りが始まるのを待つ。
 ノアと、ピッキートッキーチッキーの獣人達は踊りが始まるのがいつかいつかと待っている。オレもなんだか楽しみになってきた。

「おい、リーダ。もう一個かってくれよ」

 モペアは、花より団子。踊りよりも食べ物、串焼きをモグモグと頬張っている。踊りには興味がないようだ。

『ターン、タタタタターン!』

 唐突に太鼓がなった。
 しばらくして楽屋のテントから小太りの男が2人出てきた。
 細身の剣を2人ともが持っていて、内1人はもう一方の手に荷車を引いている。服装は派手で、黄色と赤の燕尾服に似た服装だ。頭には、コミカルな顔が描かれたシルクハットをかぶっている。

「あれ、聞いていたのとなんか違うっスね」

 確かに演目が違う。

「ちょっと行ってくる」

 サムソンも怪訝な顔をして、首を傾げたかと思うと、立ち上がり楽屋のテントへと小走りで向かっていった。
 一方、テントからでてきた小太りの男2人は離れて陣取り、1人が荷車からオレンジを取り出し、相方に投げる。
 投げられた方は、フラフラと動き投げられたオレンジを剣で突き刺し受け止めた。
 基本は、これの繰り返し。
 元の世界で、見たことがあるような気がする芸だ。
 オレンジの数が増えたり、楽屋から樽が投げ込まれ、小太りの男が樽に乗ってみたりとアレンジが加わり、場が盛り上がる。剣に刺さったオレンジは、一つの芸が終わると小太りの男が剣から外し、4つ切りにして柵の近くにいる人にあげていた。
 これはこれで面白い。
 ゴロゴロ転がる樽の上に乗って、小太りの男が4つのオレンジを剣でまとめて突き刺すシーンを、手の届きそうなほど近くで見たときには、興奮のあまり立ち上がってしまった。

「うぶぇ」

 おかげで、オレの肩に手をついて芸をみていたモペアの顎をヘッドバットしてしまい、オレとモペアは2人でしゃがみこんで、呻く羽目に陥った。

「あれってサムソン……じゃない?」

 そんな風に、オレ達が無邪気に遊んでいたらミズキが声をあげた。
 テントから出て走り去る人影は、確かにサムソンだ。あいつ何処にいくのだろう。
 ただ事でない予感がして、追いかけることにする。皆同じ考えだったようで、イベント見物は取りやめて全員で追いかけることにした。
 とはいえ、大人と子供では走る速さが違う。
 結局、ミズキが先行することになった。そして、追いついた先は船着き場だった。

「いきなりどうしたんだ?」

 1人呆然と、湖を見つめるサムソンに声をかける。

「あぁ、リーダか。ラノーラが連れて行かれた……。マリーベルが直談判するって言って、ストリギに向かったらしい」
「ストリギ?」
「湖の向こうにある町だ。もう少し待ってくれと直談判するといってたそうだ」

 そういえば、前に隣町のストリギから踊り子は逃げてきたと言っていたな。逃げたけれど、時間稼ぎは上手く行かずつれていかれてしまったというわけか。

「それでどうするんスか?」
「止めないと。そうだ、追いかけて直談判を止めないと」

 冷静さを欠いている。らしくないことだ。

「わかった。オレも協力するよ。まずは船を探そう」

 このまま放っておくのは不味いと思った。とりあえず、船を探す。以前に花火をみた船着き場倉庫の側に、定期船乗り場をみつけた。
 ところが、乗り合いの定期船はだいたい4日に一回しか動いていないらしい上に、今朝定期船は出航したばかりだった。つまり、しばらくは定期船が使えない。

「ストリギに用事があるのですか? あの、すみません、声が聞こえたもので……」

 定期船以外で、ストリギまで乗せてくれそうな船を探そうとしていたとき、エレク少年と出会った。
 聞いてみると、エレク少年はこれから王都へと向かうそうだ。船に乗ってストリギを通り、そこからは陸路という道らしい。
 渡りに船とばかりに、同乗させてもらうようお願いしたら、快く受けてくれた。
 エレク少年は頼りになる。
 船に乗るのは、オレと同僚、ノアとハロルドだ。トッキーピッキーとチッキーはレーハフさんの家で待つことになった。

「あたしは、船には乗らないで森を抜ける」

 モペアは陸路を行くそうだ。先にいってストリギで待っているらしい。ドライアドはすごいな。

 こうしてオレ達は、ギリアを出て、ストリギへと向かうことになった。
 それは、この世界に来て初めての船旅だった。
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