477 / 508
第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#12
しおりを挟む皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間13:25―――
戦術状況ホログラムの表示では、敵味方の宇宙艦が密集している状態を示してはいても、実際の広大な宇宙空間では、艦と艦の距離が数十万キロもあれば、隣の艦が全長五百メートル以上の大型戦艦であっても、影も形も見えるものではない。
しかしすでに戦闘が開始されている事は明らかだった。光学観測を容易にするため、任意の色に発光させられる曳光粒子を纏った砲撃のビームが、光の矢となって漆黒の宇宙空間をしきりに飛び交っているからだ。赤い曳光粒子はイマーガラ軍、黄緑の曳光粒子はウォーダ軍。見たところ、赤い曳光粒子の量が圧倒的に多い。
そして突然出現する、恒星のような白い輝き…宇宙艦の爆発光だ。数百、場合によっては数千の命が燃え尽きる、死の光芒である。そんな輝きが、二つ三つ、四つ五つ…さらにそれ以上、瞬いては消えてゆく―――
これらの現実をデジタル信号に内包し、戦場全体を映し出す戦術状況ホログラムのサイズは、総旗艦級戦艦のものより巨大であった。
その巨大戦術状況ホログラムを浮かび上がらせるのは、アイノンザン星系の首都惑星アイノゼア。アイノンザン城の地下に設けられた中央作戦指令室の、ホログラム投影装置だ。
「やなこった…か」
アイノンザン=ウォーダ家当主ヴァルキス=ウォーダは、イマーガラ家からの降伏勧告に対するウォーダ軍の返信を声に出して、巨大戦術状況ホログラムを見上げた。ヴァルキスはこの日のために、中央作戦指令室に用意させたソファーに、副官で愛人のアリュスタと共に座り、背後に筆頭家老のヘルタス=マスマをはじめとした側近達を並ばせて、ノヴァルナのウォーダ家宇宙艦隊と、イマーガラ家艦隊の戦いの状況を観戦している。
「その返信はおそらく、ノア姫様が発されたものと推測しますが」
通信傍受やイマーガラ軍からの情報提供で、ノヴァルナの居場所がおそらく第五惑星トランの宇宙要塞、『ナガンジーマ』であろう事は彼等も知っており、キオ・スー城から返信されたこの電文は、ノヴァルナの妻のノア姫によるものに違いないと、アリュスタは正確に推察していた。
アリュスタの意見にヴァルキスも同意だったらしく、頷いて言葉を返す。
「ああ、そうだろうね。良き奥方じゃないか」
そしてヴァルキスは、アリュスタの手に自分の手を重ね、静かに告げた。
「私がノヴァルナ様と同じような状況へ陥った時は、きみにもそうしてもらいたいものだ…」
イマーガラ側へ寝返り、高みの見物を決め込んでいるヴァルキスが、戦術状況ホログラムを悠然と眺めているその瞬間にも、ウォーダ家とイマーガラ家の戦闘は白熱の度合いを増していた。
半球状に陣形を組んだウォーダ艦隊を、倍の戦力で半包囲するイマーガラ艦隊であったが、ウォーダ艦隊の頑強な抵抗に意外と手こずっている。接敵部にいる艦のほとんどが多数の敵から攻撃を受け、大損害を被っても後退しようとせず、その場に踏みとどまっているからだ。
右舷側を半壊しながら、主砲を撃ち続ける重巡航艦。前方部分が崩壊したまま、対艦誘導弾を射出する駆逐艦…そして、ダメージに耐え切れずに、大爆発を起こす戦艦。機関部に大穴を穿たれ、制御の利かなくなって錐揉み状態になった航宙母艦からは、艦内に残っていたASGULと、乗員を乗せた大量の救命ポッドが、撒き散らされるように飛び出して行く。
「ウォーダの連中、粘りおるな…」
イマーガラ軍第5艦隊を指揮する重臣、モルトス=オガヴェイは旗艦『ウォルガント』の艦橋で、戦術状況ホログラムを眺めながら賞賛の言葉を口にした。モルトスの座る司令官席の両側には、通信ホログラムスクリーンが開かれており、第8艦隊司令のブルート=セナ、第23艦隊司令のクァルル=メ・ザンマの上半身を映し出している。
「まるで死守命令でも出ているようですな」
ブルート=セナのホログラムが、スクリーンの中で頷いて応じる。それに対し、クァルル=メ・ザンマが意見を述べた。メ・ザンマはタツノオトシゴに似た頭を持つシャルパル星人で、イマーガラ家のキヨウ上洛に備えた軍備拡張政策に伴い、新たに艦隊司令官へ登用された将である。
「宙雷戦隊を一斉に突撃させて、敵陣を一気に突き崩してしまえば、よいのではないですか?」
メ・ザンマの提案を、ベテラン武将のモルトスはやんわりと否定する。
「それも良いが、些か早いかも知れんな。敵が動いていないところへ、多数の宙雷戦隊を突っ込ませても、こちらの艦砲射撃の妨げになる。少数ずつ突っ込ませる手もあるが、それも今の状況では、敵に各個撃破の機会を与えるだけであろう」
「なるほど…」
提案を否定されたメ・ザンマは少しうなだれた。それをこちらもベテランの域に差し掛かりつつあるセナがフォローする。
「卿の手は悪くはない。ただそれはこのような大規模会戦においては、勝負を決するべく戦闘の後半に使うべき手だ。それさえ見誤らなければ、良い手となるだろう」
セナのフォローに、気を取り直した様子で「はっ!」と頭を下げるメ・ザンマ。今回の圧倒的有利な戦いでモルトスに懸念があるとすれば、軍備拡張を急いだために、このメ・ザンマのように経験の浅い者が第23艦隊など、数字の大きな艦隊の司令官になっている事であった。
訓練と実戦が違うのはこれまで何度も言って来た事であり、もし不測の事態が起きた場合は、経験が一番ものを言うのだ。もっとも、そう懸念するモルトスも、あくまでも万が一という程度の懸念だった。それほどまでに両軍の戦力には、開きがあったからである………
▶#13につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる