銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編

#03

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 ただこの時のノヴァルナの抜け駆けによって生じた、ウォーダ軍の混乱はイマーガラ軍に対して、ある副次効果をもたらした。複数の哨戒駆逐艦が、星系内に飛び交っているウォーダ軍の通信を傍受した結果、イマーガラ軍司令部はノヴァルナ直卒の第1艦隊を含む迎撃艦隊の出撃に遅れが生じ、統一性も欠いていると判断。これはイマーガラ艦隊の発見が遅れたための、混乱ではないかと推測したのだ。

 だがそれはノヴァルナが第1艦隊の総旗艦、『ヒテン』に搭乗しているものと考えているからで、『クォルガルード』に乗るノヴァルナ自身が、自軍に混乱を引き起こしながら、単独行動をしているとは思っていなかったのである。
 
 オ・ワーリ=シーモア星系へ侵入した、イマーガラ上洛艦隊の司令部では、参謀の間に、ウォーダ家の迎撃部隊の初動が遅れているらしいというこの情報に、安堵の空気が流れていた。大きな戦力差があるとはいえ、なんといってもウォーダ家の本拠地星系へ入り込んだのだから、どのような仕掛けが待ち受けているか分からないからだ。

 イマーガラ軍総旗艦『ギョウビャク』の、艦橋後方に設置されている作戦司令室では、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラと参謀達、さらに通信ホログラムスクリーンを通した各艦隊司令が円卓に集まっていた。円卓の中央には、オ・ワーリ=シーモア星系の巨大なホログラムが映し出され、星系内に散開させた哨戒駆逐艦と先行偵察艦隊から得た、ウォーダ軍の配置と行動情報が表示されている。その表示された情報には、通信傍受によって判明したものもあった。

 その表示された情報によると、イマーガラ家の迎撃部隊主力は第五惑星公転軌道上に、立ち塞がる形で帯状に展開している。だが通信傍受では、各艦隊の旗艦は総旗艦『ヒテン』を含み、首都の第四惑星ラゴンを発進したばかりで、まだ指揮下の艦隊と合流も果たしていないという状況だった。

「これは…ウォーダ側の索敵態勢に、想定外の不備があった…という事か?」

 通信スクリーンに映る艦隊司令の一人が、怪訝そうに言う。

「敵の自動哨戒プローブ網は、我が先行艦隊が寸断し、この本隊の所在は掴めずにいたとは思うが…迂闊過ぎるな」

 別の艦隊司令も首をかしげる。それに対し意見を返したのは、ギィゲルトを取り巻く参謀の一人だった。

「哨戒部隊からの報告では、ウォーダ軍は恒星間打撃艦隊の後方に、惑星ラゴン直掩のため星系防衛艦隊を配置。さらにオ・ワーリ宙域の、全ての恒星間警備艦隊を呼び寄せて、予備戦力として星系内に複数配置している事が確認されています」

 その参謀の言葉に合わせ、シーモア星系のホログラムに表示されている、ウォーダ軍警備艦隊の表示箇所が点滅する。それは十個存在し、八つは巡航艦と駆逐艦の宙雷戦隊規模だが、残り二つには巡航戦艦や軽空母も含まれて、それなりに危険な戦力のようだ。参謀はそれらを指差して言葉を続ける。

「これらの予備戦力は本来、自動哨戒プローブ網を寸断された場合の、埋め合わせとして行動する艦船です。それを搔き集めたのですから、ウォーダの索敵能力が低下したのだと思われます」

 参謀の推測はそれなりに筋は通っている。だがそこに重臣の一人モルトス=オガヴェイが、どこかのんびりとした調子で口を挟んだ。

「ふむ…分からん話ではないが。あのオ・ワーリの“大うつけ”殿が、それほどまでに迂闊であるかな?」
 
 多少なりともノヴァルナの為人ひととなりを知るモルトスは、司令部の参謀達と違って、ウォーダ軍迎撃部隊のこの初動の遅れは、ノヴァルナ流の演技ではないかと感じていたのだ。これと同じように、ノヴァルナの動きを侮る事なかれという内容の伝言が、別動隊として動いている筆頭家老シェイヤ=サヒナンからも、ギィゲルトの元へ届いている。ただモルトスが喚起する懸念に、参謀達は思うところを口にして反論する。

「オガヴェイ様のご意見は尤もではありますが、些か慎重論に過ぎるのではないでしょうか?」

「そうです。古来の兵法にも“兵は拙速を尊ぶ”とあるように、ここは一気に全軍で押し出し、敵の防衛ラインを突き崩すべきではないかと」

「わたくしも敵の索敵能力が低下している以上。ここはこの機を逃すべきではないと、判断致します」

 このあたりが司令部付き参謀達と、モルトスら古参の武将―――基幹艦隊司令官との、見解の微妙な齟齬であった。イマーガラ家第1艦隊は実のところあまり最前線へ出る事が無く、司令部付き参謀達は、実戦経験が豊富なモルトスやシェイヤのように、“戦場の匂い”を嗅げる能力を養えられていないのである。


“まぁ、それも分からんでもない…”


 …とモルトスは思う。司令部付きの参謀達はまだ若く、戦意は旺盛である。なぜなら第1艦隊というエリート部隊に配属されながら、大々名イマーガラ家の主君直卒艦隊という事もあって、実戦に出る事はほとんど無い。したがって自分の能力を発揮する場に恵まれず、実戦での功績という評価を得られないまま、日々を過ごすだけとなっているのだ。
 しかも通常、こういった参謀達は参謀長クラスでもない限り、貴族に次いで様々な特権を持つ武家階級の『ム・シャー』ではなく、士官学校卒の民間人が登用される事が一般的であった。民間人は士官学校を卒業し、艦長または参謀から艦隊副司令または戦隊司令を経て、やがて艦隊司令官や基地司令といった将官となる事で、『ム・シャー』の地位を得る事が出来るのである。

 そういった立身出世を求める若者達にとって、実戦の無い第1艦隊司令部付き参謀である事は、出世レースに後れを取る事でもあるのだ。そうであるからこそ若い参謀達は、今回の上洛遠征を、手柄を立てる好機と捉えている向きがある。モルトスの思いは、このような若い参謀の心情を理解してのものだったのだ。

 ただそのような私事の望みを反映されてばかりでも困る。そこでモルトスは主君ギィゲルトの判断を仰ぐべきだと考え、言葉にした。

「ここは一つ、お館様のお考えをお聞かせくだされ」
 
 モルトスに水を向けられ、ギィゲルトは懐から扇を取り出して、パチリ!…と音をさせながら僅かに開く。扇を弄ぶのは自分の意見を開陳したり、思考を巡らせながら物言いをする時のギィゲルトの癖である。

「まず…我は、ウォーダ軍の索敵能力は低下していない、と思う」

「!?」

 いきなり自分達の見解を覆され、参謀達は“えっ!?”といった表情で、肥満体の主君を振り向く。鈍重そうな体型のギィゲルト・ジヴ=イマーガラだが、星大名としての能力は申し分ない。トーミ/スルガルムそして事実上のミ・ガーワという、三つの宙域を統治する者だけあって、状況把握と観察眼は余人の追随を許さない。

「過日。この宙域に進入した直後、我はオ・ワーリ宙域恒星間商船連合の会頭を名乗る、カウンノンなる女史の訪問を受けた。話の内容は省略するが、恒星間交易路の再開を要求して参ったので、それを認めたわけであるが、我はその交易船こそがウォーダ軍の索敵船の役割を果たしている、と見ておる」

 ギィゲルトはそう言うと手元のコンソールを操作し、オ・ワーリ=シーモア星系のホログラム内に、商船連合へ許可した恒星間貨物船やタンカーの船団の位置反応を追加する。

 ギィゲルトが「この通りよ」と告げながら薄笑いを浮かべると、シーモア星系に大量の貨物船の位置表示が追加された。その数は約四十隻。一隻または少数の船団に分かれてはいるものの、その全てがイマーガラ家上洛軍の、針路方向に散らばっている。

「これらの貨物船やタンカーは皆、ノヴァルナめの息のかかった、哨戒船に違いあるまい」

 それを聞き参謀達は一様に、意表を突かれたような表情をした。

「なんと!?」

「まことにございますか!?」

 少壮の参謀達の反応に、幾人かの艦隊司令が通信ホログラムスクリーンの中で、“まだ若いな…”といった眼をする。だがそれは決して非難の視線ではない。経験値から来る差を見下す者は、その者自身がまだ未熟であることの証明だ。

「うむ。あのようなタイミングで、交易路再開を我に申し入れに来るなど、カウンノンなる女史…怪しき事この上あるまいて」

「それと分かっておられながら、許可をお出しになられたのですか?」

 参謀の問いにギィゲルトは半開きにした扇で、口元を隠して応じる。

「これも政治よ」

「政治…でありますか?」

「カウンノン女史も、我に交易船の正体を知られる事を分かって、やって来たに違いあるまい。そして我もそれを知った上で許可を出した…つまり誼を通じたという事じゃ。これでノヴァルナめを滅ぼしても、オ・ワーリの商船連合は我等に協力を惜しみはしまい」

 ギィゲルトのしたたかな計算を聞かされ、政治には不慣れな少壮の参謀達は「おお…」と口々に嘆息を漏らした。ギィゲルトは口元を扇で隠したまま命じる。

「敵の索敵能力は落ちてはおらぬ。ウォーダ軍が浮足立っておるように見えるは、ノヴァルナの罠じゃ。先走って陣形を乱すは、その罠に飛び込むだけ。小細工は無用にて当初の予定通り、戦力差をもってウォーダを圧し潰す」

 ここ一番でノヴァルナの意図を見抜く辺りが、ギィゲルトという大々名の恐ろしさであろう。だがノヴァルナとギィゲルトの腹の読み合いは、まだ始まったばかりであった………





▶#04につづく
 
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