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第23話:フォルクェ=ザマの戦い 後編
#02
しおりを挟む第一種戦闘配置のアラーム音を聞いて跳び起き、慌てて用意を整えた残りの『ホロウシュ』や、各艦隊の司令官達が作戦指令室にようやく参集した時には、ノヴァルナはもう『クォルガルード』に乗り込んで、二隻の僚艦と共にラゴンを離れようとしていた。
昨日の夕食会の最後でノヴァルナは各艦隊司令に、「明日は朝のうちに、自分の艦隊に戻っておくように」とは言っていたが、皆まさかノヴァルナ自身に抜け駆けされるとは思っておらず、不意を突かれた形だ。
そうとは知らない家臣達が、軍装の乱れを直すのもそこそこに指令室へ駆け込んで来ると、そこにいたのは司令官席に座るノア姫である。両脇にパイロットスーツ姿のカレンガミノ姉妹を控えさせたノアは、一人または数人の家臣が来るたびに、「ご苦労様。夫はもう出陣しました。あなたも持ち場について下さい」と、丁寧に声を掛けていく。
我儘勝手な主君はともかく、誠実なノア姫からそのような声を掛けられ、出遅れた者達は恐縮の極みで自分の旗艦や、搭乗機へ向かった。そんな折、哨戒用仮装巡航艦の『シー・ナーノア』号から、イマーガラ艦隊発見の報告が届く。第七惑星サパルの宇宙要塞『マルネー』を攻撃しようとしている、トクルガル艦隊とは全く別の位置、第十惑星ザナルの公転軌道上での接敵だ。探知しただけでも千隻を超える規模である事から、こちらが本隊に違いない。
またそれにやや遅れ、ウォシューズ星系付近にも敵の二個艦隊。さらにイマーガラ側の支配下となっているオーダッカ星系へ向かっている、敵の一個艦隊発見の報告も入って来た。
ここに至り午前五時三十分。ノアは欺瞞行動を兼ねてノヴァルナの名で、ウォーダ軍総司令部から全部隊宛の通達電を発する。
“敵艦隊発見ノ報ニ接シ、宇宙艦隊ハタダチニ出撃。コレヲ撃滅セントス。本日太陽風穏ヤカナレドモ電磁波強シ”
これを受けて自分の乗艦に辿り着いた艦隊司令達は、各々の指揮する艦隊へ向けて、座乗する旗艦を急がせる。
「後れを取るな! 急げ急げ!」
「これ以上遅れると、あとで若殿の雷が落ちるぞ。全速力だ!」
座乗艦の床を蹴って、まるで自分の乗る馬に、鞭でも入れているかのように急かせる、各艦隊の司令官。そしてその慌てっぷりに拍車をかけているのが、ノヴァルナに取り残された『ホロウシュ』達である。
「はぁ!? 『ヴァザガルード』も『グレナガルード』も、居ねぇだと!?」
シャトル格納庫の中でいきり立ってキノッサに詰め寄るのは、『ホロウシュ』のヨリューダッカ=ハッチだ。主君と生死を共にする親衛隊の『ホロウシュ』が、当直だった五人とランを除いて置いてけぼりにされるなど、あってはならない事だから仕方はない。
キノッサはハッチだけでなく、居並ぶあとの『ホロウシュ』達も見渡し、ノヴァルナからの指示を伝える。
「皆様方におかれては、第1艦隊の空母に搭乗し、こちらの動きに合わせて戦闘に参加されたし。との事でございます」
「なんだその適当な指示は?」
不納得顔で文句を言うハッチ。だがその肩に背後から手を置き、宥めるように言う者がいる。『ホロウシュ』の事実上の指揮官、ヨヴェ=カージェスだ。
「今回の戦いは、最初から第1艦隊の指揮をナルガヒルデが執る。あいつなら上手くやるだろう」
ノヴァルナの懐刀とも言える女性武将のナルガヒルデ=ニーワスは、通常は第2戦隊司令を務めており、ノヴァルナが『センクウNX』で出撃した際などに、次席司令官として艦隊指揮を執る事になっている。だが今回は最初から、ノヴァルナは『クォルガルード』で出撃したため、ナルガヒルデが指揮を執るのだ。彼女にすれば、途中から指揮を引き継ぐよりむしろ、やり易いと思われる。
「全てはノヴァルナ様の御意のうち。お前が当直であったら、おまえを連れて行かれただろうよ」
そう言いながら最後にやって来たのは、ナルマルザ=ササーラだった。この厳ついガロム星人の『ホロウシュ』は、ノヴァルナのボディガード役でもあり、この男まで残されているとあっては文句も言えない。
「よし、揃ったな。発進するぞ!」
カージェスの号令で、『ホロウシュ』と彼等の機体を乗せた四機のシャトルは、キオ・スー城を離れた。その中で座席に座るササーラは、今しがたハッチにああは言ったものの、内心では舌打ちを繰り返している。それはノヴァルナの出撃に際して、ラン・マリュウ=フォレスタに出し抜かれたからだ。ランはこれある事を予想し、部屋に戻らずに格納庫のシャトル内で仮眠をとって、ノヴァルナを待っていたのであった。そういう周到さは、ランの持ち味と言える。
そして『ホロウシュ』達を乗せたシャトルが向かったのは、総旗艦『ヒテン』ではなく、同じ第1艦隊に所属する宇宙空母の『リューダス』であった。これはある意味、ノヴァルナの現実に即した判断である。『ヒテン』にノヴァルナが乗らないのだから、親衛隊の護衛も必要ないという事だ。
そんな彼等を喜ばせる事が、『リューダス』で待ち受けていた。かつての『ホロウシュ』筆頭トゥ・シェイ=マーディンが、皇都キヨウから駆け付けて来ていたのである。これから命を懸けるであろう『ホロウシュ』達への、ノヴァルナからのサプライズだった。
「遅いぞ、みんな!」
空母『リューダス』の格納庫で出迎えたマーディンに、ササーラやカージェスをはじめ、『ホロウシュ』達が一斉に駆け寄る。
「マーディンか!!」
「マーディン様!!」
「元気そうだな。ササーラ、それにみんな」
トゥ・シェイ=マーディンはおよそ四年前、表向きは命令違反を犯してウォーダ家を出奔した事にして、実際は皇都キヨウに赴き、ノヴァルナが望む情報の収集を行っていた。それがこのウォーダ家の一大事に、少しでも力になるべく帰って来たのである。
マーディンはササーラ、カージェスとガッチリと握手をした。するとその時、彼等の乗る空母『リューダス』が動き出す。第1艦隊が出撃するのだ。マーディンは集まって来た『ホロウシュ』達を見渡して、「ランはどうした?」と尋ねる。それに対しササーラは、苦笑い混じりで答えた。
「ノヴァルナ様と一緒だ…出し抜かれた」
「ハッハハハ…アイツらしいな」
「それで、マーディン。おまえの『シデンSC』は?」
カージェスの問いに、マーディンは格納庫の奥の方を指差して応じる。
「もちろん搭載してる。ここに来る途中で、『ムーンベース・アルバ』に寄って、保管してあったのを受領した」
「じゃあ、おまえが指揮を執ってくれるのか?」
カージェスが尋ねると、それが半ば本気で口にしたものと気付いたマーディンは笑い声を上げ、冗談口調で「甘ったれんな」と言う。
「俺はもう四年近く、実戦から遠ざかっているからな。遊撃隊として、好きにさせてもらうさ」
マーディンはそう言い放つと、笑顔で続けた。
「どうせみんな、またノヴァルナ様に振り回されて、朝メシもまだだろ。士官食堂でどうだ? 俺の奢りだ」
無論、士官食堂で料金を取られるはずも無いが、相変わらずのマーディンの物言いに、浮足立ち気味であった『ホロウシュ』達も、落ち着きを取り戻していった………
▶#03につづく
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