銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第12話:風雲児あばれ旅

#18

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 ネイミアの家でノヴァルナが見せられたのは、皇国軍残党による脅迫映像というべきものだった。

「二年前…まだ一部のNNLが稼働していた頃、皇国軍残党が各戸に配信した映像でございます。撮影されたのはここから三百光年ほど離れた、イラスハという名の植民星で…」

 そこまで告げてあとを濁したハルートは妻とネイミアを連れ、ノヴァルナ達を残して広いリビングをあとにした。どのような映像か知っているはずのハルートであるから、二度と見たくない…という事なのだろう。

 そして映像が始まると、そこに映っていたものにノヴァルナは、ここにマリーナとフェアンやノアを連れて来なくて良かった…と思った。映像はつまり、自分達に逆らったものの末路がどうなるかを、惑星イスラハの住民達を使って見せしめにしたものである。

 都市に対する衛星軌道上からの艦砲射撃…まず都市の周囲を砲撃し、炎のリングを作って内側にいる住民の逃げ道を奪う。そして砲撃を次第に中心部へ向けて、全ての住民を焼き殺す非道なやり方だ。映された都市の規模からすれば、およそ二十万人は死んでいると思われる。
 そこからは他の都市に対する、降下した兵士達による虐殺、略奪、暴行の生々しいシーンが、三十分近くも延々と続けられていた。
 ネイミアから聞いた通り、残党が狙う星系には防衛艦隊などの戦力が無く、惑星警察などでは到底太刀打ちできない。したがって虐殺などは抵抗も出来ないまま、一方的に受けるだけだったはずである。

 映像はその惑星警察の警官らしき制服姿の若者が、残党兵に囲まれて脅され、眼前でひざまずいた自分の母親の頭部を、銃で撃ち抜かされるところで終わった…



 映像を見終わったキノッサは、茫然となって呟いた。

「こりゃあ…ひど過ぎるッス…」

 そんな言葉を漏らした口を半開きにしたまま、ノヴァルナ達の様子を見ようと振り向くキノッサ。するとノヴァルナは無表情で無言のまま、静かにソファーから立ち上がるとリビングを出て、さらに家の外まで歩いて行ってしまった。

 ノヴァルナの身の回りの世話をする事が多くなったキノッサであるから、自分の主君が心底怒っている時は無口になるのは知っていたが、ここまでの反応は珍しい事である。

「ササーラ様?…フォレスタ様?」

 問いかけるキノッサに、ササーラとランの表情も恐ろしいほど厳しかった。厳つい顔が特徴のガロム星人のササーラが、顔をさらに厳つくしてボソリと言う。

「貴様もノヴァルナ様の初陣の事は、知っているだろう…」
 
 ササーラのひと言で、キノッサもノヴァルナの反応が腑に落ちた。それは自分がノヴァルナと初めて会い、家臣にしてもらうために気を引こうとして、使ったネタでもあったからだ。

 ノヴァルナの初陣―――それは今から五年前の彼が十五歳の時。敵である星大名イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンは、将来的に大きな脅威となるであろうナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナに精神的ダメージを与え、戦う事にトラウマを与えるために、ノヴァルナが占領を目指した惑星キイラの住民約五十万人を、全て焼き殺した上で、待ち伏せしていたのであった。

 ネイミアの家から出たノヴァルナ。周囲は夕陽に染まり始めようとしている。農作業用ロボットの格納庫と思われる、飾り気のない四角い建物の壁が、オレンジ色に染まっていた。藍色の成分を濃くし始めた空を見上げれば、一等星辺りが早くも輝きだしている。



“そういや…あん時も、こんな夕焼けだったか…”



 ザーランダの夕焼けに重なる、初陣の惑星キイラの夕焼け―――ノヴァルナの脳裏に、その時の光景が蘇る………

 見渡す限りの焼け野原に、うず高く積まれた焼死体の山…『センクウNX』のコクピットで、操縦桿を握る指が小刻みに震える…



黒く焼け焦げた死体は、男か女かも判別できない―――


目鼻も無い顔は、壊れた人形のように無機質でさえある―――


だが生焼けで死んだ人々は、断末魔の表情を浮かべたままだ―――


赤子を抱えたまま焼け死んだ女の、見開いた眼が俺を見ている―――


“こうなったのは、あなたのせいよ………”


恐怖が…恐怖が…真冬の波濤のように押し寄せる―――


「違う! 俺じゃない! 俺はただ、この惑星の武装を解除し、親父の進軍の邪魔を、させないためだけに!―――」

 その時だ。俺を責める眼をしたままの、母親の焼死体が動き出した。生き返ったのかと思ったのも束の間、それは焼死体の山そのものが動き出したのであり、下から出現したのは、無数のBSIユニット―――セッサーラ=タンゲン率いるイマーガラ軍の、陸戦仕様『トリュウ』の大部隊だ。

 死体の山を無造作に崩しながら、亡霊のように機体を起こすBSIユニット。その手に握るポジトロンランスが、首狩り族の槍のように夕陽に煌めく………



俺…は―――


 
「若! ここは危険です。ご撤退を!!」

 レガ・サモン=アログル―――当時の『ホロウシュ』筆頭が、いち早く我に返って、自機の親衛隊仕様『シデンSC』を前進させながら警告する。アログルに続いて他の『ホロウシュ』達も、ノヴァルナを守ろうと両側から飛び出した。同時に始まるイマーガラ軍の攻撃。超電磁ライフルが唸り、着弾の土煙が全周囲モニターの視界を遮る。

「若を守れ!!」

「防御陣形! 防御陣形だ!」

 窮地でも必死にノヴァルナを守ろうとする、当時の『ホロウシュ』達。この頃の『ホロウシュ』は、ノヴァルナの父ヒディラスの代から身辺警護一筋の、ベテラン揃いであった。ノヴァルナを真ん中に置いた防御陣形を敷き、一部を切り込み隊として逆攻勢に回し、敵に出血を強いる。だがそれでも圧倒的な敵の前…そして、茫然自失となって動けない主君を守っていたのでは、すぐに限界がやって来た。

「うぁああっ!!」

「くそぉおおおっ!!」

「お逃げ下さい、若!…ぐぁあっ!!!!」

 次々と撃破され、無念の叫びを上げながら、可惜あたら命を燃やし尽くしてゆく『ホロウシュ』達。乗機の左腕をポジトロンパイクごと失ったアログルが、遥か上空にいるノヴァルナの専用艦、『ヒテン』に連絡を入れる。

「こちらウイザード02。『ヒテン』、収容どうした!?」

 それに対する『ヒテン』からの返信は途切れ途切れだ。どうやら通信妨害を受けているらしい。

「…ら『ヒテン』……在、敵艦隊…戦中………うは、不可の………」

 断片的な言葉でも、アログルには宇宙の状況が理解できた。敵の宇宙艦隊が出現したに違いない。これも罠の一環だろう。
 ここが死に場所と意を固めたアログルは、通信回線を先月から『ホロウシュ』に加わった若手、トゥ・シェイ=マーディン、ナルマルザ=ササーラ、ラン・マリュウ=フォレスタ、ヨヴェ=カージェスに繋いで呼びかけた。

「マーディン、ササーラ、フォレスタ、カージェス。お前達は若をお守りし、向こうの廃墟へ退避しろ! 力ずくでもいい!」

「しかしアログル様!」

 抗議の声を上げるマーディンだが、アログルは取り合わない。

「いいから急げ!!」

 そう言ってアログルは、残りの『ホロウシュ』に命じた。

「残った者は、突撃。行くぞ!!!!」



“そして俺は、多くのものを失った………”



 回想から戻ったノヴァルナは、窓に明かりが灯されたネイミアの家を振り向く。軍が民間人を虐殺するなど、どのような目的があっても許されない事である。ましてや中立宙域の植民星といえば皇国の直轄であり、皇国軍はそれを守るのが任務ではないか。ギリリ…と奥歯を噛み鳴らしたノヴァルナは、小さく呟いた。

「ぶっ潰してやる…」




▶#19につづく
 
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