251 / 508
第12話:風雲児あばれ旅
#16
しおりを挟む三日後―――
何もない宇宙空間に、白く細かな光の粒子が滲みだし、それは渦を巻きながら円盤状になって大きく広がってゆく。超空間転移用のワームホールの発生だ。やがて光の粒子はリング状に集約し、約1キロの直径を持つ、空間断裂面を形成する。
そのワームホールから飛び出して来る、全長3メートルほどのラグビーボール型のプローブ。転移先の宇宙空間の環境に異常がないかを探査するためのもので、プローブからは長さがおよそ30キロに及ぶ、ケーブルが伸びていた。
プローブは高感度で、周囲の宇宙空間の環境を三分弱で確認すると、異常のない事をケーブルで伝達する。通常通信ではワームホールを通らず、超空間通信装置を搭載すると、機体サイズとコストが大きくなってしまうからだ。
プローブからの“異常なし”の信号を受け取り、戦闘輸送艦『クォルガルード』がワームホールから出現した。ここが惑星ザーランダのあるユジェンダルバ星系、最外縁部である。
「超空間転移完了」
「現在位置、ユジェンダルバ星系最外縁部D区域。予定通りです」
「航宙科、機関科、各部チェック」
『クォルガルード』の艦橋内。中央の艦長席に座るマグナー大佐のもとへ、各オペレーターから超空間転移後の報告が入る。ほぼ異常は無いようだが、通信科からの報告はそうではなかった。
「艦長。この星系の、超空間通信サーバーの反応がありません。本来なら転移後に自動で接続されるのですが…」
「その事なら問題ない」
オペレーターの報告に応じた副長が、マグナー大佐に振り向く。頷いたマグナーは、「ノヴァルナ様から、その旨を伝えて頂いている。このままザーランダへ向かう」と命じた。
略奪集団と化した皇国軍残党が、このユジェンダルバ星系をはじめとした、収奪の場にしている植民星系の超空間通信サーバーを全て奪い去って、恒星間通信を出来なくしている事は、ザーランダ出身のネイミアの情報として、ノヴァルナから聞いていたからだ。
ザーランダへ針路を取り始める『クォルガルード』の艦橋で、マグナーは眉間に皺を寄せて呟いた。
「超空間通信サーバーは銀河皇国の共有財産…星大名同士の戦いでも、手は出さないというのに。それを敗残兵とは言え、皇国の直属軍が奪い去るとは…蛮族並みに地に落ちた連中だな」
先日のガヌーバといい、本来なら戦乱が及ばないための中立宙域…しかも皇国の中央に近付くほど、治安が不安定となっている事実。こういった事を自分の眼で確かめるのも、ノヴァルナ様の今回の旅の目的なのだろう―――道草ばかりのノヴァルナの旅をそう結論付け、マグナーは艦長席の背もたれに上体を沈めた………
ユジェンダルバ星系第四惑星ザーランダは、ノヴァルナの故郷の惑星ラゴンよりやや小さく、自転周期が21.36時間。公転周期が328日。月を二つ持ち、惑星表面を占める陸地面積の比は6割弱。
地盤運動が緩やかで、造山力が標準的な惑星より低いこの星は、標高の高い山が少なく、平野部と砂漠が多くなっている。
その広大な平野部が無数の大規模農園となっており、ネイミア=マルストスの父親は最大規模の農園の主であった。
二年前、このユジェンダルバ星系が支配貴族に見捨てられた際、星系防衛艦隊士官と共に執政官も逃亡。それ以来、五人の大規模農園経営者と、二人の大規模牧場主、そして二人の大規模水産会社の経営者で臨時行政府を運営しており、ネイミアの父親もその行政に携わっているらしい。
ユジェンダルバ星系の最外縁部に到達した『クォルガルード』は、約11時間後に、惑星ザーランダの近くまでやって来ていた。
ラウンジでノア、キノッサ、ネイミアと共に、自分の艦の航行状況を見守っていたノヴァルナのもとへ、マグナー大佐から連絡が入る。
「殿下。これより艦をステルスモードに切り替えます」
「おう、任せた。慎重にな」
短く応じたノヴァルナは、自らが座るソファーの前に展開した、ザーランダのホログラムに視線を遣る。その球体のホログラムには周りを回る、四つの小さな光点があった。略奪集団がこの惑星を監視するために置いた、人工衛星である。『クォルガルード』がステルスモードを作動させたのは、この監視衛星に捕捉されないようにするためだった。
一般船舶であったなら、即座に監視衛星に見つかるところだが、巡航艦に準ずる性能を持つ『クォルガルード』は、主君専用艦という事もあって、簡易式ではあるが“ステルスモード”を搭載していた。それが早速役に立った形だ。
するとノヴァルナと同席しているキノッサが、傍らにいたネイミアに尋ねた。
「そう言えばネイは、どうしてこの星を出られたんスか?」
尋ねられたネイミアはすっかり気に入った、ノアの淹れてくれる紅茶のお代わりを遠慮なく頂きながら、大きな眼をキノッサに向けて応じる。
「積み荷に紛れてアイツらの輸送船に乗ったの。それで、何とか…っていう中継ステーションで降りて、普通の客船に乗り換えたのよ」
「積み荷って、船倉は真空になったり暖房が入らなかったりで、すごく危険なんスよ。大丈夫だったスか?」
知ったかぶりで言うキノッサに、ノヴァルナは苦笑いを浮かべた。ノヴァルナが初めてキノッサと出逢った三年前、キノッサはその危険な船倉に潜んで、恒星間の密航をしていたからだ。
だがネイミアの今の話には気になる部分があった。略奪集団はザーランダから収奪した産出品を消費するだけでなく、中継ステーションへ運んでいるという事だ。つまりそれは、略奪集団が裏ルートによって収入を得ており、収入があるという事は、戦力の整備が行えている可能性を示している。
“まともな整備を受けてる戦力だとしたら…厄介だぜ”
そう思いながらノヴァルナは腕組みをした。ネイミアの話では、略奪集団は何隻かの宇宙艦とBSI部隊らしいが、自分の想像ではろくに整備もされていない、稼働率の低い艦や機体の集団だったのだ。
「敵の本拠地はリガント星系だったっけ…」
偵察の必要性を感じながら呟くノヴァルナ。皇国軍残党の根拠地がこのユジェンダルバ星系から約11光年離れた、リガント星系に置かれている事はネイミアから聞いている。戦うのであれば正しい敵の情報が、できるだけ必要だった。
ステルスモードで監視衛星の警戒網を掻い潜った『クォルガルード』は、ザーランダの地表へ向かう。白い雲を抜けたそこは、眼下一面の平野に広がる、黄緑色の絨毯の後継だ。巨大な長方形のそれは長い辺で二百キロ以上。短い辺でも二十キロは優にありそうである。その上を碁盤の目状に走る白いラインは道らしい。しかも広大な平野にはその長方形の絨毯が、さらに幾つも並んでいるのであった。
「うわぁ、すごいッスね!」
ラウンジの大型スクリーンに映し出される地表の様子に、こういった風景は初めてらしいキノッサが声を上げる。するとそれにネイミアが反応した。
「あれがうちのマルストス農園よ」
「マジっすか!?」
小さく跳ね上がるキノッサに、ネイミアは事も無げに続ける。
「あれは小麦農園の一つ。他に菜園や果樹園もあるよ」
「そ…そうッスか」
圧倒されたキノッサは息を呑んだ。同時にこれは、ネイミアとは仲良くしておいた方がいい…という眼をした。見渡す限りの小麦畑の絨毯に、流れる雲がグレーの影を落としていく。
ただその一方、同じ光景を眺めるノヴァルナとノアには、別の感慨があった。それは三年前、二人が初めて出逢い、絆を深めるきっかけとなった、皇国暦1589年のムツルー宙域の惑星パグナック・ムシュの光景だ。パグナック・ムシュには宇宙マフィアの首領で星大名アッシナ家の悪代官、ピーグル星人のオーク=オーガーが資金源として所有する、広大な麻薬の農園があったからだ。
どちらからともなく目を合わせたノヴァルナとノアは、お互いの事が苦手で、何かを言えば口喧嘩に発展していた頃を思い出したのか、二人同時に苦笑いを交わした………
▶#17につづく
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~
うろこ道
SF
【毎日20時更新】【完結確約】
高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。
自分の部屋であるのに妙に違っていてーー
ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。
男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。
そんな美月に男は言った。
「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」
そこは未来に起こった大戦後の日本だった。
原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。
男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。
美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。
人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。
異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。
※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。
※挿絵は全部自分で描いています。
ーUNIVERSEー
≈アオバ≈
SF
リミワール星という星の敗戦国で生きながらえてきた主人公のラザーは、生きるため、そして幸せという意味を知るために宇宙組織フラワーに入り、そこで出来た仲間と共に宇宙の平和をかけて戦うSFストーリー。
毎週火曜日投稿中!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
いつか日本人(ぼく)が地球を救う
多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。
読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。
それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。
2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。
誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。
すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。
もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。
かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。
世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。
彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。
だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
神水戦姫の妖精譚
小峰史乃
SF
切なる願いを胸に、神水を求め、彼らは戦姫による妖精譚を織りなす。
ある日、音山克樹に接触してきたのは、世界でも一個体しか存在しないとされる人工個性「エイナ」。彼女の誘いに応じ、克樹はある想いを胸に秘め、命の奇跡を起こすことができる水エリクサーを巡る戦い、エリキシルバトルへの参加を表明した。
克樹のことを「おにぃちゃん」と呼ぶ人工個性「リーリエ」と、彼女が操る二十センチのロボット「アリシア」とともに戦いに身を投じた彼を襲う敵。戦いの裏で暗躍する黒幕の影……。そして彼と彼の大切な存在だった人に関わる人々の助けを受け、克樹は自分の道を切り開いていく。
こちらの作品は小説家になろう、ハーメルン、カクヨムとのマルチ投稿となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる