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第12話:風雲児あばれ旅
#15
しおりを挟む翌日午前、ノヴァルナ達は宇宙港まで同行したエテルナをはじめとする、アルーマ峡谷温泉郷の旅館経営者達の見送りを受け、惑星ガヌーバを出発した。
向かうはユジェンダルバ星系第四惑星ザーランダ。『クォルガルード』がDFドライヴを繰り返して、およそ三日の距離である。
他の星系へ向かうらしい貨物船団を左斜め後方に置きながら、ノヴァルナらを乗せた『クォルガルード』は、惑星ガヌーバの重力圏を抜けようとしていた。貨物船団との距離が少しずつ離れているのは、貨物船団はこの星系外縁部にある、超空間ゲートを利用するためであろう。
一方の『クォルガルード』は戦闘艦艇であり、銀河皇国公用の超空間ゲートの使用は許されていない。そのため、最短で星系外縁部に向かうコースを取っているのだ。
「なぁ、どう思う?」
ラウンジの一画に陣取っているノヴァルナは、母星の惑星ラゴンから送られて来た、様々な報告書ホログラムに目を通しながら、ノアに声をかけた。
二人分のコーヒーをトレーに乗せ、ノヴァルナのいるテーブルに歩み寄っていたノアは、「なにが?」と尋ねながら、ノヴァルナの前にカップを置く。
「あのハノーヴァっていう、傭兵団の幹部さ。えらく“迅速な対応”ってヤツだった気が、しねーか?」
「私達の動きを、最初から知ってたって事?」
そう言ってノアは、自らの分のコーヒーカップを置いて、ノヴァルナの向かい側に座った。
「ああ。アイツがやって来たタイミング。完全に俺達の動きを掴んでいなきゃ、来られないタイミングだったろ?」
「つまりは、常日頃から監視されてるというワケね。でもあなた、星大名なんだから、当然と言えば当然よ。それなりに有名人でしょ?」
ノアのあっけらかんとした物言いに、ノヴァルナは苦笑して応じる。
「それなりに、な」
とは言え、釈然としないのも正直なところだった。二年前もそうだ。ノアが自分の誘拐を目論んだ『アクレイド傭兵団』の、ハドル=ガランジェットの母船を捕えようとした時、母船は自爆して果てたのだが、状況を考えると本当に、自分達の手で船を爆破したようには思えない。こちらが正体を掴もうとすると、そこでぶった切られる感じだ。
そんな婚約者の気持ちを察してか、ノアは前屈みになってノヴァルナの顔を下から覗き込むと、優しく訴える。
「イライラしない。コーヒー、冷めちゃうよ」
ノアの微笑みを見返したノヴァルナは、考え込んでいた表情を緩め、コーヒーのカップに口をつけた………
同じ頃。ノヴァルナの支配するオ・ワーリ宙域では、主君不在の陰で様々な動きが続いていた。
まずはノヴァルナの故郷、惑星ラゴン。ノヴァルナの弟カルツェ・ジュ=ウォーダの居城、スェルモル城である。
こちらではカルツェの側近、クラード=トゥズークがノヴァルナの旅の情報を、ミノネリラ宙域の宿敵イースキー家へ漏らし、その殺害を依頼していた事が発覚。主君カルツェの面前で、家老のカッツ・ゴーンロッグ=シルバータから、詰問されていた。
「分かっているのか、クラード! 貴様の愚行がカルツェ様の御身を、危険に晒すかも知れんのだぞ!!??」
カルツェのいる広い執務室に、ワーン…と響くようなシルバータの怒声が飛ぶ。しかしクラードはシルバータの怒声を聞き飽きているのか、眉一つ動かさずに、平然と言い放つ。
「ご心配なさらずとも、まだギルターツ様の部隊は動いております。必ずやノヴァルナ様を仕留め、カルツェ様をご当主に据えることが出来るでしょう」
「たわけ! そんな事を言っているのではない!!」
生真面目なシルバータは、ますますいきり立つ。一方のカルツェは唇を真一文字にして、沈黙を続けていた。口から生まれて来たようなクラードは、さらに饒舌になる。
「確かに我等は二年前、ノヴァルナ様のご厚情で、生きながらえました。ですがそれはノヴァルナ様にとっても、ご自分が慈悲深い主君である事を、アピールするためのもの。いわば持ちつ持たれつと言うものです」
ノヴァルナの真意がどこにあるかも知らぬまま、“持ちつ持たれつ”などとぬけぬけと言い切るクラードの言葉に、シルバータは不快感を露わにした。自分も二年間のカルツェの謀叛で、ノヴァルナに敗北したものの許されたクチだからである。しかしそんなことはお構いなしに、クラードは喋り続けた。
「そして二年が経った今。旧キオ・スー派や、一部のサイドゥ家残党の方々など、ノヴァルナ様の統治に反感を抱く者達は、カルツェ様こそをご主君にと、再び支持を始めております。今度こそ…今度こそ力を結集し、我等の悲願を成就せねばなりません!」
シルバータはそこまで聞くと我慢出来なくなって、強引に口を挟んだ。
「寝言を言うな! 今はようやく、キオ・スー家の新たな体制が整い、家勢を養い始めた大事の時。ノヴァルナ様のもとに家臣一丸となって、前へ進むのが道理だ。それをわざわざ、家中を乱すような真似をしてなんとする!」
だがクラードは口をつぐまない。
「その大事の時に、身勝手にもキヨウへ遊びに行かれた、ノヴァルナ様はどうなのでございますか? 軽率にもほどがございましょう?」
「軽率だからイースキー家に、お命を狙うように頼んだというのか!!??」
「さよう。これもノヴァルナ様の、自業自得というものです」
ああ言えばこう言うのクラードに、シルバータは歯を噛み鳴らした………
そしてもう一つの動きがあるのが、オ・ワーリ宙域のアイノンザン星系だった。この星系の第三惑星イノーザを本拠地にしているのが、ノヴァルナのいとこにあたるヴァルキス=ウォーダである。
夜の帳に包まれたアイノンザン城。主君の寝室では一組の男女が、広いベッドの上で肌を晒し、寄り添って横になっていた。ヴァルキス=ウォーダとカーネギー=シヴァ姫だ。情事の後の火照った体に、ひんやりとした夜の空気が心地良さそうだに見えた。
後ろからヴァルキスの両腕に包まれたカーネギー姫が、まどろんだような眼で柔らかな唇を開く。
「素敵でしたわ…ヴァルキス様」
「姫様こそ…」
甘く囁き合うヴァルキスとカーネギー。この二人の組み合わせも、ノヴァルナとノアに劣らない美男美女である。
「私達の想い…達せられますでしょうか?」
そう切り出したのはヴァルキスだった。
「もちろん…」と言って、カーネギーはさらに言葉を繋ぐ。
「先日の会談でキラルーク家、イズバルト家、ハルトリス家のいずれもが、協力を約束してくれました。あとはイマーガラ家の準備が整いさえすれば…」
「そうすれば、あとは…」
そのヴァルキスの囁きに、カーネギーは裸体の向きを変え、情事の相手と見つめ合って胸板に片手を添える。
「そうすればあとは…ノヴァルナ様のキオ・スー家を滅ぼし、ヴァルキス様のアイノンザン家と私のシヴァ家が一つとなって、新たなシヴァ家が誕生するのです」
「一つに…」
「そう…このように一つに…」
囁きを交わしたヴァルキスとカーネギーは、再び唇を…そして肌を重ねていく。自分を求めて来る男の指の動きに身を任せながらも、寝室の天井を見るカーネギーの眼には冷めた光があった。
“ご自分が悪いのですよ、ノヴァルナ様…”
胸の内でそう呟くカーネギー=シヴァには、この二年間、旧オ・ワーリ宙域領主と皇国貴族というシヴァ家の地位だけを利用し、それ以上は何も与えてくれないノヴァルナに対する反感が、頂点まで達している。
それに何より二年前、自分の誘いを無下にしてノアなどという、民間人上がりの星大名ドゥ・ザン=サイドゥの女を選んだ…いや、選択すら考えなかったノヴァルナの事が、由緒ある皇国貴族家の女としていまだに許せなかった。
そうであればこのヴァルキスのように、宙域支配の野心を持ち、自分になびいて来る者を利用するのが道理である。シヴァ家がかつての隆盛を取り戻すためであれば、愛を売るのも安いものだ。
野心と打算に彩られたカーネギーの肌は、内に秘めた情念のように熱さを帯び、夜を更かしていった………
ところで忘れ去られそうな者達がここにいる。
レンダ星系第三惑星リスラントでノヴァルナ達を待ち伏せていた、ギルターツ=イースキー麾下の陸戦特殊部隊である。
クラード=トゥズークも期待を寄せている彼等だったが、指揮官のキネイ=クーケンは、惑星ルシナスで取り逃がしたノヴァルナ達を惑星ガヌーバまで追撃しようとしたものの、ギルターツの嫡男オルグターツの横槍で新たに派遣された、二人の側近ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマの指示で、リスラントに先回りする事を強いられたのだ。
待ち伏せは完璧だった。惑星リスラントの衛星軌道上に『エラントン』と『ワーガロン』の、二隻の仮装巡航艦を配置。『ワーガロン』が搭載して来たBSI部隊と共に、ノヴァルナ達の艦を包囲攻撃し、機関を停止させたところで陸戦隊を送り込んで制圧するというものだ。
しかしその肝心の、ノヴァルナがやって来ない。
「それにしてもさぁ…おっそいわねぇ、大うつけちゃん達。どこで道草喰ってるのかしら?」
仮装巡航艦『エラントン』の艦内で、ノヴァルナを“大うつけちゃん”と呼ぶ、女装姿の若い男はビーダ=ザイード。オルグターツの男の愛人である。
「予定ではもう、とうに着いていなければならない頃だからな…どこかで事故でも起こしたか?」
そう応じるのはビーダと真逆で、ライトグリーンのスーツを着てスキンヘッドという男装姿の女性、ラクシャス=ハルマ。こちらもオルグターツの愛人だ。
「ええー。そんなの、困るぅ」
ビーダのわざとらしい女性口調に、ラクシャスは「ふん…」と鼻を鳴らす。
「アタシ達がオルグターツ様から命じられたのは、ノア姫を連れて来る事なのよ。事故なんかで死なれちゃ困るぅ。てか、怒られるぅ」
「可能性を言ったまでだ」
面倒臭そうに言い捨て、ラクシャスはクーケン少佐を通信ホログラムで呼び出した。空中に浮いたホログラムのスクリーンに、クーケン少佐の実直そうな顔が映し出される。
「クーケン少佐。ノヴァルナ達の動きはどうか?」
「航路管制局のデータを監視する限りでは、まだミートック星系の惑星ガヌーバに留まっているようですが…」
彼等は一応、銀河皇国の中立宙域航路管制局の、登録船航行状況データに常時アクセスし、ノヴァルナの『クォルガルード』の航行情報をチェックしていた。
だがノヴァルナの突拍子の無さは、管制局にもついて行けない。クーケン達が得ていた『クォルガルード』の航行情報をはいまだ、突然行き先を惑星ザーランダに変更した事が、更新されていないままであったのだ。
「…という事だ」
ラクシャスが振り返って告げると、ビーダは薄笑いを浮かべて、仕方なさそうに応じた。
「しょうがないわねぇ…じゃあもう少し、待つとしますか。捕らえたノアちゃんをオルグターツ様の好みになるよう、二人でどんな風に調教するか…考えながらね」
そして無論、彼らが待ちぼうけを喰らわされたのは、言うまでもない………
▶#16につづく
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