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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫

#11

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 ノアの嘆願を聞いたガランジェットは、思わず人格の底の浅さを露見させた。くすんだ象牙色の歯を剥き出しにして、「ムハハハハハ!」と愉快そうに笑うと、勝ち誇ったように言う。

「いい! いいぜぇ! あのオルミラの娘が、俺に跪いてやがる!!」

 このガランジェットという男は、確かに『ム・シャー』としての戦闘能力は高いが、どうやらそれだけの人間であるらしい。宇宙港でキオ・スー軍の陸戦仕様『シデン』相手に見せた勇猛さも、とどのつまりは“蛮勇”のたぐいなのだろう。

 それが証拠にガランジェットは上機嫌で、アルコール臭い息と共にノアに対して増上慢な物言いをした。

「ここは姫様に免じて、双子の命は救ってやろう!…まぁもっとも、最初から殺すつもりはなかったがなぁ」

「………」ノアが無言でいると、ガランジェットは勝手に喋りだす。

「本当は姫様ご自身の体でも、借りを返して頂きたかったんですがねぇ…生憎と俺達の雇い主から、姫様の体には傷一つ付けないよう、強く命じられているんでね。その分も合わせてあの双子には、女としての生き地獄ってヤツを、味わってもらう事にしましょう。俺はまぁ、成長した女は守備範囲外ですが、俺の部下達にはどストライクのようなんでねぇ。せいぜい楽しませてやってもらいますよ…」

 顎の無精ひげを指でゴリゴリと鳴らしながら、自身の異常な感覚を、平然と口にするガランジェット。

「ああ、ついでに言うと、あの双子を俺に売ったプロモーターですがね。俺がアクレイド傭兵団に入ってから探し出し、始末しときました。捕まえて“カレンドの地獄穴”に放り込んでやりましたよ。姫様はお聞きになった事がありますか?…“カレンドの地獄穴”…ありゃあ別の意味で、文字通りの生き地獄ですぜ」

 ガランジェットが告げた“カレンドの地獄穴”とは、テントウムシに似た昆虫系異星人のカレンディ星人の発祥の地、惑星カレンドに生息する、巨大昆虫の住む穴の名称だ。この穴の中に棲むヒルのような巨大昆虫に飲み込まれると、哺乳類は消化され切るまで意識があると言われており、人類などの知的生命体は、苦痛の中で自分の体がゆっくりと消化されていくのを、死の寸前まで認識し続けるらしい。

 だが今のノアには、ガランジェットのどのような陰惨な言葉も届かなかった。怯えた表情の陰で、一人でも戦うと決意した心が反撃の機会を見つけるため、視線を周囲に放ちながら懸命に思考を巡らせている。

 そして自分の左側にいる傭兵の、腰のベルトに目が留まった。

 ノアの目に留まったのは、傭兵が腰に巻いているベルトに提げられた、工具入れである。ハドル=ガランジェットら『アクレイド傭兵団』は、この『ルーベス解体基地』を占拠し、ノヴァルナ艦隊に対する通信妨害システムのコアブロックを設置する際、基地の通信機能に細工をした。これには多くの傭兵が作業要員として狩り出されており、そういった傭兵は皆、様々な工具を収めた工具入れを、腰のベルトに下げていたのだ。

 その工具入れの中でもノアが注目したのは、外側の小さなポケットに差しこまれた、長さ約15センチで、直径が6ミリほどの、黒い金属製の細長い工具だった。先端が“L”字型に短く折れ曲がったその工具は、別の世界で言うところの“六角レンチ”の一種である。多重構造が複雑な超空間量子通信装置の、奥まった箇所の超小型ボルトの調整には欠かせない工具だ。そしてその細さは、工具入れから抜き取り易く、形状は武器に転用できる。

 意を決したノアは、泥をすする思いを必死に抑え込んで、ひと芝居打った。ガランジェットの、プロモーターがどうとかという話などより、カレンガミノ姉妹の身の安全を訴えたのだ。

「そんな事はいい! 早くメイアとマイアを苦しめるのをやめて! あなたも元は『ム・シャー』なら約束を守りなさい!」

 そう叫んだノアは、もう我慢できないとばかりに、ガランジェットに猛然と詰め寄ろうとした―――精神を研ぎ澄まして。
 この行動に驚いたのは、ノアの両側を固めていた傭兵だった。まさか一国の姫君が、今の状況で感情に任せた行動に出るとは思っていなかったのだろう。二人で慌ててノアを取り押さえようとする。

 ここでのノアは巧妙だった。背後から取り押さえようと肩を掴んで来る傭兵の勢いに、倒されるように見せかけて片方の傭兵へ足払いを掛けたのだ。

「きゃあっ!!」

 わざと悲鳴を上げたノアは、二人の傭兵と共にもつれ合うように姿勢を崩し、ガランジェットの足元に倒れ込んだ。そのノアの無様ぶざまな姿に、ガランジェットは「ウハハハハ!」と嘲りの笑いを投げかける。

「これはこれは姫様。跪くだけでなく、我が足元に這いつくばって頂けるとは!…ついでに俺の靴の汚れを、姫様の高貴な舌で舐め取って頂きましょうか」

 どこまでも下衆なガランジェット。しかしノアはこの瞬間、後ろ手に手錠を掛けられた両手を巧みに使って、重なり合っていた傭兵の腰の工具入れから“六角レンチ”をひそかに抜き取り、並べて握った両手の拳の中に隠し持っていた。

 ノアにとって運が良かったのは、ちょうどこの直後に、同じ解体基地内にいるクラード=トゥズークからガランジェットに連絡が入ったため、全員の注意がそちらへ向いた事である。
 通信用ホログラムスクリーンが浮き上がり、クラードの神経質そうな顔が映し出される。クラードは淡々とした口調で問い掛けて来た。

「ガランジェット。何をしている?」

「ああ?…いやなに、ちょいとした酒盛りさ」

 適当な返事をするガランジェット。ホログラムスクリーンの中のクラードは、覗き込むような視線を走らせると、ガランジェットの足元で体を起こすノアに目を止める。眉間に皺を寄せたクラードは、ガランジェットに詰問した。

「貴様…まさかノア姫に、狼藉を働いていたのではあるまいな!?」

 それに対しガランジェットは大袈裟に肩をすくめ、とぼけた口調で言う。

「まさか! 姫様との久々の再会に、改めてご挨拶申し上げたところ、足をもつらせて転びなされようとしたので、俺の部下がお助けしていたのさ。俺は姫様には指一本触れてねぇぜ」

 ガランジェットの言葉に、クラードはノアへ視線を移した。この男の言っている事が偽りなら、ノアが何らかの反応を示すはずだと思ったのだろう。しかしノアは無言でクラードを見返した。どさくさ紛れに傭兵からスリ取った“六角レンチ”を、暗赤色のドゥ・ザン軍の軍装の袖口へ、忍ばせる事に成功したノアである。今はこれ以上の撹乱行為は、むしろ得策ではないと判断したのだ。

「…ふん、まあいい」

 ノアの反応の無さから、自分が懸念したような事は無かったのだろう…と思ったクラードは、とりあえず…といった感で詰問を収めた。そして本題に入る。

「ともかく中央制御室に来い。貴様に引き渡す艦の、統合自動航行システムのプログラミングが完成した。今から運用試験を行う」

「ああ、わかった。すぐに行く」

 『アクレイド傭兵団』内での、自分の功績と報酬に関わる話であるから、ガランジェットは否応なく二つ返事で席を立った。そして制御机の上に置いていた、空のウイスキーの水筒を掴み取ると、部下―――副指揮官と思しき、あのナク・ロズ星人のファベルという男に命じる。

「ファベル。姫と双子女を、それぞれの監禁場所に放り込んでおけ。運用試験が成功したなら出発は予定通り、二時間後だ」

 思考を巡らせ続けていたノアはその情報を聞き逃さない。出港まであと約二時間…ただ自分が“六角レンチ”を抜き取った兵が、工兵ではなく一般兵だったところから、運用試験には工兵代わりの一般傭兵も多くが関わるはずである。


つまり運用試験から出港までの間は、敵の警備状況は手薄になるはず―――


 その認識にノアの瞳の光は、星大名の姫のものから、いくさを前にした武人が放つ瞳の光へと、変わっていった………




▶#12につづく
 
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