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第8話:触れるべからざるもの/天駆けるじゃじゃ馬姫
#10
しおりを挟む「そんなものは、貴方の自業自得よ!!」
ピシャリと言い放つノア。今の状況で相手を挑発するような言動は、いかがなものかであるが、それがノアという女性だった。
「メイアとマイアを下賤ですって!? 民を守るのが武家階級たる、『ム・シャー』の存在意義でしょう! それを自分の嗜好のためにいたぶるなど…その地位を剥奪されて、当然というもの!!」
強い口調で詰るノア。それに対しガランジェットは、むしろ楽しげに「ワッハハハ!」と大きく笑い声を上げる。
「いやいや、ノア姫様。聞いた以上にいい女ですな。息を呑むぼどの美しさもさる事ながら、その凛とした態度が男心をくすぐる…我等の“真の雇い主”が、姫様を欲しがるはずです」
「真の雇い主?」
ノアが耳ざとく問い質すと、ガランジェットは右手で口元を覆い、冗談めかして応じた。ガランジェット達『アクレイド傭兵団』には、ミノネリラ宙域のギルターツ=イースキーやカルツェ支持派以外に、隠れた雇い主がいるようである。
「おおっと、少し酒が回っちまったらしい。やっぱ、安物のウイスキーは駄目だって事ですな。今度、ティルサルガ星系産の上物を、用意してもらうとするか…」
そう言ってガランジェットは、またウイスキー入りの水筒に口をつけた。
どうやら最後の一口だったらしく、指で注ぎ口を摘み上げたガランジェットは、水筒を耳元で振って空になった事を確かめると、両脚を置いたままにしていた制御机に、脚を下ろすのと同時に水筒を投げ出す。そして気だるそうに立ち上がると、首を二三回、ゴキゴキと鳴らしてノアを見据えた。その黒い瞳に一瞬、攻撃的な輝きが浮かぶが、その輝きはすぐに侮蔑の色に濁る。
「しかし、そろそろ姫様にも…ご自分の立場を、思い知って頂きましょうか」
ニタリと笑みを浮かべたガランジェットは、制御机上のあるスイッチを指で押さえた。すると作業場の床が二か所で開く。そして中からせり上がって来たものに、ノアは驚愕のあまり言葉を失った。
床に開いた二つの穴からせり上がって来たのは、立てられた拘束台に手足を固定された状態の、半裸のメイアとマイアだったからだ。
「メイア!…マイア!」
蒼白になって双子の名を呼ぶノア。二人に駆け寄ろうとするその肩を、両側の傭兵が取り押さえる。
拘束台に固定されたメイアとマイアは、黒い革のベルトで手足を複数個所で拘束台に磔にされ、肌が剥き出しになった部分に、幾本ものケーブルが繋げられた、吸盤状で金属製の何かの装置が張り付いていた。口には猿轡が為され、声…いや悲鳴が出ないようにされている。
身動き出来ないその状態で二人は、明らかに激痛に苦しんでいた―――
ガランジェットは、「ワッハハハ!」と大きく笑いながら、苦しみ悶えるメイアとマイアの拘束台に歩み寄る。両眼を大きく見開いている双子だが、その瞳は焦点を失っており、大量の涙を流していた。両手に作った拳は、少しでも激痛に耐えようとしているのか、食い込んだ爪が血を滲ませるほど強く握られている一方で、白い肢体は断続的に、激しい痙攣を引き起こしている。
「ご覧ください姫様。二人に貼り付けた装置は、この解体基地の医療用ユニットに手を加えた物でしてね。苦痛を解消するユニットだったのですが、今では逆に人体の痛覚を、限界まで刺激する装置となっております」
「やめて!!…やめなさい、ガランジェット!!」
悲痛な声で訴えるノアだが、ガランジェットは聞く耳を持たない。苦痛に身をよじるメイアとマイアの間に立つと、十一年前の二人を買った時の話を持ち出す。
「…安い買い物じゃなかったんですよ、姫様。可愛らしい双子とくりゃ、そういった趣味の連中には、人気がありましたからねぇ。そして、いざ楽しもうとした矢先に、俺を刺して逃げ出しやがった!」
まだ子供だったメイアとマイアは貧しかった両親に売られ、女性パフォーマンス集団のプロモーターという男の下で、軽業師のような事を披露する一方、少女趣味の客を取らされていた。当時サイドゥ家の『ム・シャー』であったガランジェットは、この二人を“身受け”し、自分のものとした上で、拷問でなぶり殺しにして、自身の異常な性癖を満たそうとしたのだ。
だがマイアがガランジェットの喉をナイフで刺し、プロモーター達が逃げ出した二人を追っていて偶然、二人が領主ドゥ・ザン=サイドゥの妻オルミラに保護された事で、全てが露見したガランジェットがその身を滅ぼす事になったのは、前述の通りである。
「…だからあの時の借りを、一部だけでも取り立てさせて頂こうというのですよ。お分かりですか、ノア姫様!」
そう言ってガランジェットは、家紋を削り取ったボディアーマーの、左脇に差していたアーミーナイフを右手で抜き、刃先を苦しんでいるメイアの胸元へ持って行く。粘着質の笑みを浮かべるガランジェット。頬を引き攣らせるノア。
「知っておられますかな、姫様は。人間というものは、限界を超えた激痛を受けると、ショックで絶命してしまうという事を?」
「………」
緊張した面持ちで押し黙るノア。メイアの胸元で、ガランジェットのナイフの刃先が光る。
「今この娘は、耐えられる限界一杯の痛みに晒されております。そこをこのナイフの先でプスリとひと突き、痛みを増やしてやれば…どうなりましょうかねぇ?」
「駄目っ! やめてっ!!」
ノアは必死の形相で止めに入った。ガランジェットは「ワッハハハハハ!」と、勝ち誇ったように笑い声を上げる。
「そうそう。そういった姫様の惨めなお姿を、見たかったのですよ」
ニタニタと粘着質の笑みを浮かべたガランジェットだが、その直後、顔は笑っているものの、視線は制御机の上に置いた空の水筒を恨めしげに見遣る。この気分が高揚した時に、煽る酒が無いのが不満らしい。
「…しかし姫様。貴女はまた、ご自分の立場を理解されていないようだ」
「………」
無言でガランジェットを見据えるノア。それに対するガランジェットの態度は、まるで王のようであった。
「お仲間の命を救うため許しを乞うなら、それに相応しい態度…というものが御座いましょう、と申しているのです」
ノアはキリリ…と、奥歯を噛み鳴らした―――
明敏なノアであるから、ガランジェットの求めている事はよく分かる。ただ今の自分はキオ・スー=ウォーダ家当主ノヴァルナの婚約者…いや、もはや事実上の妻であった。したがってその立ち居振る舞いは、時としてノヴァルナの立場を貶めてしまう場合もある。だがガランジェットに容赦はない。
「跪け女! 跪いて二人の命の赦しを乞え!」
乱暴な言葉遣いだった。冷徹な放言にノアは心が呻き声を上げそうになる。自分に味方してくれる者はここにはいない。立ち尽くすノアに、さらに追い討ちを掛けるガランジェット。今度は声の勢いを落とし、纏わり付くような口調だ。
「なぁぁぁぁんなら…おまえの弟達をあの双子どもの代わりに、拘束台に縛り付してやっても、いいんだぜぇ。人質に生かしておくのは、どちらか片方でもいい…と言われてるんだからなぁ」
こちらを見上げるガランジェットの視線は、獲物を狙う爬虫類のようである。ノアは思わずノヴァルナの名を呼びそうになる。そしてここで“助けて…”と続けて呟いてしまうと、心が折れてしまうに違いない。
だがしかし―――
ノア・ケイティ=サイドゥは女性でありながら、やはり“マムシのドゥ・ザン”の血を受け継いだ、そしてドゥ・ザンの伴侶に相応しかった、母オルミラの血を受け継いだ者であった。ノヴァルナに助けを求めたい気持ちを、喉の奥にぐっと飲み下すと、あえて打ちひしがれたような悲しげな表情を浮かべる。
そして要求されるがままに、ガランジェットの前におずおずとした態度で、膝を屈して見せた。目を伏せながら頭を深く垂れて慎重に訴える。自分の中に灯る闘志を見抜かれないように…
「どうかお赦しを。二人は私の侍女である前に、大切な友人です。貴方の慈悲を二人に…どうかお赦しください」
そう、これは私の戦い…今は歯を食いしばって耐えなければ………
▶#11につづく
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