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第5話:燃え尽きる夢
#01
しおりを挟むキオ・スー城へ帰還したノヴァルナは、三日経っても不機嫌だった。
ロンザンヴェラ星雲の罠を掻い潜り、カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見をどうにか無事に終え、イマーガラ家からの圧迫を和らげる事に成功し、居城に戻ったかと思えば、筆頭家老シウテ・サッド=リンから叔父のヴァルツ=ウォーダとその妻、カルティラの死を告げられたからである。
しかもその死因が、敵との交戦といった武人の本分を全うするようなものではなく、妻の浮気相手に殺害されたというのだから、やりきれない。
今もノヴァルナは城の執務室で椅子に座って腕組みをし、虚空を睨んでピリピリとしたオーラを発散していた。普段から副官として傍らに控えているラン・マリュウ=フォレスタも、この三日間は居心地の悪さに息を殺して佇んでいる。
ランの余計な気の回し過ぎなのだろうが、二週間ぶりにキオ・スー城へ帰ってみると、以前にもましてノヴァルナとノア姫の不仲説が大きくなっており、NNLの情報コミュニティ上では、その一因にランの名も挙がっていて、ともすれば昼間、このようにノア姫以上にノヴァルナと、二人きりでいるせいではないか…と思ってしまうのだ。
そして城へ戻って三日経っても、ノヴァルナがノアと顔を合わせた様子はなく、ノアは自分の居住区で、ミノネリラから逃れて来た二人の弟に、付きっ切りで過ごしているらしい。不仲説の噂の出何処は定かではないが、時々具体的な内容の噂話まで出て来る場合もある事から、どうも城内に情報を漏らす人間がいるようであって、これでまた話に変な尾ひれが付く事も考えられる。
「なあ、ラン」
前を向いたままのノヴァルナに不意に呼び掛けられ、ランは狐のそれに似たフォクシア星人の耳をピクン!と震わせた。
「は、はい」
少し驚いて振り向くランに、ノヴァルナは憮然として尋ねる。
「なんで、こんな事になっちまうかなぁ?…」
「?………」
若き主君が何について愚痴を零し始めたのか分からず、ランは無言で眉をひそめた。ただそれだけ、折角道が開けて来たところだったノヴァルナと新キオ・スー家にとって、一気に問題が山積みになってしまったという事である。
しかしノヴァルナの次の言葉で、何について尋ねて来たのかランは悟った。
「叔父御《おじご》の嫁の事…俺には分かんねーや」
ノヴァルナが言っているのはヴァルツの妻、カルティラの事だったのだ。
ノヴァルナの言葉から察するに、おそらく浮気相手との複雑な関係というものが、まだ理解出来ないのだろう。
だがそれは無理からぬ事であった。政治や戦略に関しては星大名家嫡男として、幼い頃から教育を受け、大人と変わらぬ思考力を持つノヴァルナだが、大人の男女の心の機微といったものに対しては、まだ十八歳の少年では全てを知り得なくて当然だ。そもそもそういった事を、かつて成り行きとは言え一度だけ夜を共にし、今でも微妙な感情を抱くランに訊くのが、未熟な証拠である。
「人それぞれですから…私にも分かりません」
尋ねられたランも、当たり障りのない返答しか出来るはずもなく、ノヴァルナは「だよなあ…」と言って、不貞腐れたように背もたれに上半身を沈めた。
するとそこに執務室のドアを、外からノックする音が聞こえて来る。ノヴァルナがこの執務室で待っていた相手だ。
「入れ」
そうノヴァルナが命じるとドアが開き、眼鏡型NNL端末を掛けた、赤髪の女性家臣が入って来る。このところの功績で、ノヴァルナの懐刀として頭角を現しつつある、ナルガヒルデ=ニーワスだ。
「待ってたぜ、ナルガ。話は聞けたか?」
ノヴァルナの問い掛けに、ナルガヒルデは「はい。ひと通りは」と応じる。彼女は主君ノヴァルナの命で、カルティラと浮気相手マドゴット=サーガイの関係を知る、カルティラの侍女達を尋問していたのだ。それは、モルゼア城でヴァルツが出陣している間を狙ったマドゴットが、カルティラの元を訪ねて来た際に、取り次いでいたあの侍女達である。カルティラに従ってナグヤ城へついて来ていたのだ。
「よし、じゃあ話せ」
と告げるノヴァルナにナルガヒルデは確認する。
「要点だけをまとめて、で宜しいですか?」
「いや。全部だ」
「実際の殺害場面は、推測するしかありませんが」
「構わねぇ。ナルガに任せる」
今回の事件は、死亡したのがキオ・スー=ウォーダ家の副将格であった、ヴァルツという事もあり、警察機構に任せるのではなく、キオ・スー=ウォーダ家が内部で処理する事を決定していた。そしてその責任者としてノヴァルナが選んだのが、ナルガヒルデだったのである。「それでは…」と応じたナルガヒルデは、ノヴァルナが留守の間のキオ・スー城で、何が起きたのかを語り始めた………
▶#02につづく
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