銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
71 / 508
第4話:忍び寄る破綻

#07

しおりを挟む
 
 ノヴァルナがドゥ・ザンを放置しているのには、自分達の国力回復と政治体制の整備の他に、別の意味もあった。それは単純にノアの父であり、いずれは自分の義父となるはずであったドゥ・ザンにはまだ…出来るだけ長く生きていて欲しいという、極めて個人的な思いだ。

 ノヴァルナもノアも、そしてドゥ・ザン自身も、次にギルターツの軍と戦う時は、サイドゥ家が滅びる時だと知っている。情報によればギルターツは、オ・ワーリ宙域との国境付近に、新たに宇宙艦隊を配置したらしい。ギルターツがイースキー家を名乗った事で、ミノネリラ宙域と国境を接する、他の宙域から干渉される可能性が下がったため、戦力をオ・ワーリ方面へ集中させる余裕が出来たのだろう。自分達がそうであるように、当然ギルターツの方でも状況は進行しているのだ。

 ドゥ・ザンとギルターツの決戦には、ノヴァルナも戦力を出すつもりである事は先にも述べた通りである。理由はこれもまた述べた通り、これを“ノヴァルナは信義を通す者”という評価に結び付けるためだ。しかしそれは同時に、サイドゥ家の滅亡を招く事でもあるから、ノヴァルナは全く急いでいないのであった。



 そうして月は五月を迎え、十二日にはノヴァルナは十八歳となった。一方のノアはすでに四月の二十四日に二十歳となっている。

 叔父のヴァルツは妻のカルティラと共に、五月六日にナグヤ城へ正式に入り、本格的にキオ・スー=ウォーダ家の副将の地位を固めつつあった。
 また艦隊の補充と整備もようやく軌道に乗り、旧キオ・スー家の戦力と合わせて、再編の只中となっている。さらにオ・ワーリ=シーモア星系全体の経済も落ち着きつつあり、新領主ノヴァルナ・ダン=ウォーダのもとで、政治体制の方向性も見え始めていた。

 そんな中で新生キオ・スー=ウォーダ家の懸念材料と言えば、やはりイマーガラ家が実質支配する隣国ミ・ガーワ宙域である。
 イマーガラ家は国力としては周辺で群を抜いており、現在のシグシーマ銀河系の星大名の中でも相当上位にあった。またタ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との間で締結した三国同盟は強力で、その気になれば全力でオ・ワーリ宙域へ侵攻して来る事も可能だ。そしてそうなれば、今のキオ・スー=ウォーダ家の国力ではひとたまりもない。そのうえノヴァルナにとって一番困るのは、イマーガラ家との外交チャンネルが全く無いと来ている。

 イマーガラ家を抑えておかねば、どのように準備を整えてドゥ・ザンとギルターツの決戦に介入しようとしても、遠征に出た途端、ミ・ガーワ宙域から大艦隊に雪崩れ込まれては元も子もない。

「困ったもんスねぇ…」

 キオ・スー城の執務室で、木製の執務机の上で頬杖をつき、星図のホログラムを眺めるノヴァルナは、面倒臭そうに言い放った。その向かい側には今回も、叔父のヴァルツが座り、他には『ホロウシュ』筆頭代理ナルマルザ=ササーラ、BSI部隊総監カーナル・サンザー=フォレスタ、そして艦隊再編に伴って、戦艦部隊である第2戦隊司令官へ昇格したナルガヒルデ=ニーワスが同席している。現在のノヴァルナのいわゆる腹心達だ。

「困ってばかりも、おれんがな…」と腕組みをしたヴァルツ。

 ノヴァルナにイマーガラ家との外交チャンネルが無いのも、尤もな話だった。イマーガラ家前宰相セッサーラ=タンゲンは、ノヴァルナの抹殺を至上命題として、その命が尽きるまで執念を燃やし続けた人物だったからである。

 そこにサンザーが「それに…」と切り出す。

「戦力の補充や整備は順調ですが、肝心の艦隊再編には時間が必要です。これまででしたらナグヤ軍内のみでの再編成でしたが、今度はキオ・スー軍部隊とも合わせた編成ですので、完了しても実際に作戦行動が取れるようになるまで、それなりの時間は必要かと」

「そこなんだよなぁ」

 そう言ってノヴァルナは指で頭を掻いた。

「いっそ気心の知れた者同士、ナグヤはナグヤで、キオ・スーはキオ・スーで部隊を組んでは如何ですか?」

 ササーラが意見を出すが、ナルガヒルデがそれを否定する。

「いや、それではいつまで経っても、総合的に戦力が纏まらないままだ。それに今から派閥化させるのは良くない」

 眼鏡型NNL端末を掛けて、女性教師のような印象のナルガヒルデに言われると、厳ついササーラも「なるほど…」とだけ告げて引き下がった。ここで議題となっているのは、ドゥ・ザンとギルターツの決戦にノヴァルナが援軍を率いて出陣する際、ミ・ガーワ宙域方面の防衛をどうするか、だ。ヴァルツのモルザン星系艦隊は、どちらかと言うとイル・ワークラン=ウォーダ家の動きを牽制するために必要で、必然的にミ・ガーワ宙域方面はキオ・スー軍で守らねばならない。ただそれを新編成の部隊に任せるには、今の状態では不安が大きい。

 執務室の停滞した空気を、僅かながらも掻き回すように、ナルガヒルデはノヴァルナに問い掛けた。

「ノヴァルナ様はドゥ・ザン様とギルターツの決戦を、いつ頃とお考えですか?」

 ナルガヒルデの問いに、ノヴァルナは「うーん…」と唸りながら、椅子に座る脚を組み替えて自分の推察を口にした。

「少なくとも今年の夏が終わって、秋ぐらいまでだろうなあ。聞けばマムシオヤジが根拠地にしたオスカレア星系は、新興植民星系でまだ人口も少ねーから、駐留艦隊への補給もままならねーみてーだし」

 そんなノヴァルナの言葉をヴァルツが補足する。

「うむ、それにあまり長引くと、兵士の士気も下がるだけだ」

 今はドゥ・ザンと運命を共にする気でいる兵達も、時間が経てば経つほど、生への執着が増してくるというものだった。

「となると、あまり時間はありませんな」とササーラ。

「しかし、あからさまに出撃に向けての態勢を、整えるわけにもいかないでしょう」

 そう言うのはナルガヒルデだった。ノヴァルナは表向きは、今回のミノネリラの内紛に対して放置する方針を家臣に宣している。ここにいる腹心達はノヴァルナの真意を知っているが、まだ信用の置けない者がいる家臣連中に、本当はドゥ・ザン支援の部隊を派遣するつもりである事を知られたくはなかった。

 するとそこで、不意にヴァルツが身を乗り出して、ある話を持ち掛ける。

「そこで…だ、実は一つ案があるのだがな」

「叔父上に、案?」

 片方の眉を軽く跳ね上げて尋ねるノヴァルナに頷いたヴァルツは、インターコムのNNLホログラムを立ち上げて、執務室の外で待機している従者に「よし、隣の部屋の方をお呼びしろ」と命じた。

「誰か来ておられるのですか?」

 怪訝そうに問いかけるサンザーの、フォクシア星人の特徴である狐の耳がピクリと動いて、扉の向こうの気配を探ろうとする。ヴァルツの「お呼びしろ」という丁寧な物言いからすると、低い身分の者では無さそうだ。ノヴァルナの執務室と同じ並びには、四つの来訪者用控室があり、主君との会見に順番待ちが必要な場合などに使用される。

 サンザーの質問にヴァルツが応じるより早く、執務室の扉が向こうからノックされ、ノヴァルナの「どうぞ」という声で静かに開く。そして姿を現したのはノヴァルナも知己の皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナだった。




▶#08につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...