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第4話:忍び寄る破綻

#07

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 ノヴァルナがドゥ・ザンを放置しているのには、自分達の国力回復と政治体制の整備の他に、別の意味もあった。それは単純にノアの父であり、いずれは自分の義父となるはずであったドゥ・ザンにはまだ…出来るだけ長く生きていて欲しいという、極めて個人的な思いだ。

 ノヴァルナもノアも、そしてドゥ・ザン自身も、次にギルターツの軍と戦う時は、サイドゥ家が滅びる時だと知っている。情報によればギルターツは、オ・ワーリ宙域との国境付近に、新たに宇宙艦隊を配置したらしい。ギルターツがイースキー家を名乗った事で、ミノネリラ宙域と国境を接する、他の宙域から干渉される可能性が下がったため、戦力をオ・ワーリ方面へ集中させる余裕が出来たのだろう。自分達がそうであるように、当然ギルターツの方でも状況は進行しているのだ。

 ドゥ・ザンとギルターツの決戦には、ノヴァルナも戦力を出すつもりである事は先にも述べた通りである。理由はこれもまた述べた通り、これを“ノヴァルナは信義を通す者”という評価に結び付けるためだ。しかしそれは同時に、サイドゥ家の滅亡を招く事でもあるから、ノヴァルナは全く急いでいないのであった。



 そうして月は五月を迎え、十二日にはノヴァルナは十八歳となった。一方のノアはすでに四月の二十四日に二十歳となっている。

 叔父のヴァルツは妻のカルティラと共に、五月六日にナグヤ城へ正式に入り、本格的にキオ・スー=ウォーダ家の副将の地位を固めつつあった。
 また艦隊の補充と整備もようやく軌道に乗り、旧キオ・スー家の戦力と合わせて、再編の只中となっている。さらにオ・ワーリ=シーモア星系全体の経済も落ち着きつつあり、新領主ノヴァルナ・ダン=ウォーダのもとで、政治体制の方向性も見え始めていた。

 そんな中で新生キオ・スー=ウォーダ家の懸念材料と言えば、やはりイマーガラ家が実質支配する隣国ミ・ガーワ宙域である。
 イマーガラ家は国力としては周辺で群を抜いており、現在のシグシーマ銀河系の星大名の中でも相当上位にあった。またタ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との間で締結した三国同盟は強力で、その気になれば全力でオ・ワーリ宙域へ侵攻して来る事も可能だ。そしてそうなれば、今のキオ・スー=ウォーダ家の国力ではひとたまりもない。そのうえノヴァルナにとって一番困るのは、イマーガラ家との外交チャンネルが全く無いと来ている。

 イマーガラ家を抑えておかねば、どのように準備を整えてドゥ・ザンとギルターツの決戦に介入しようとしても、遠征に出た途端、ミ・ガーワ宙域から大艦隊に雪崩れ込まれては元も子もない。

「困ったもんスねぇ…」

 キオ・スー城の執務室で、木製の執務机の上で頬杖をつき、星図のホログラムを眺めるノヴァルナは、面倒臭そうに言い放った。その向かい側には今回も、叔父のヴァルツが座り、他には『ホロウシュ』筆頭代理ナルマルザ=ササーラ、BSI部隊総監カーナル・サンザー=フォレスタ、そして艦隊再編に伴って、戦艦部隊である第2戦隊司令官へ昇格したナルガヒルデ=ニーワスが同席している。現在のノヴァルナのいわゆる腹心達だ。

「困ってばかりも、おれんがな…」と腕組みをしたヴァルツ。

 ノヴァルナにイマーガラ家との外交チャンネルが無いのも、尤もな話だった。イマーガラ家前宰相セッサーラ=タンゲンは、ノヴァルナの抹殺を至上命題として、その命が尽きるまで執念を燃やし続けた人物だったからである。

 そこにサンザーが「それに…」と切り出す。

「戦力の補充や整備は順調ですが、肝心の艦隊再編には時間が必要です。これまででしたらナグヤ軍内のみでの再編成でしたが、今度はキオ・スー軍部隊とも合わせた編成ですので、完了しても実際に作戦行動が取れるようになるまで、それなりの時間は必要かと」

「そこなんだよなぁ」

 そう言ってノヴァルナは指で頭を掻いた。

「いっそ気心の知れた者同士、ナグヤはナグヤで、キオ・スーはキオ・スーで部隊を組んでは如何ですか?」

 ササーラが意見を出すが、ナルガヒルデがそれを否定する。

「いや、それではいつまで経っても、総合的に戦力が纏まらないままだ。それに今から派閥化させるのは良くない」

 眼鏡型NNL端末を掛けて、女性教師のような印象のナルガヒルデに言われると、厳ついササーラも「なるほど…」とだけ告げて引き下がった。ここで議題となっているのは、ドゥ・ザンとギルターツの決戦にノヴァルナが援軍を率いて出陣する際、ミ・ガーワ宙域方面の防衛をどうするか、だ。ヴァルツのモルザン星系艦隊は、どちらかと言うとイル・ワークラン=ウォーダ家の動きを牽制するために必要で、必然的にミ・ガーワ宙域方面はキオ・スー軍で守らねばならない。ただそれを新編成の部隊に任せるには、今の状態では不安が大きい。

 執務室の停滞した空気を、僅かながらも掻き回すように、ナルガヒルデはノヴァルナに問い掛けた。

「ノヴァルナ様はドゥ・ザン様とギルターツの決戦を、いつ頃とお考えですか?」

 ナルガヒルデの問いに、ノヴァルナは「うーん…」と唸りながら、椅子に座る脚を組み替えて自分の推察を口にした。

「少なくとも今年の夏が終わって、秋ぐらいまでだろうなあ。聞けばマムシオヤジが根拠地にしたオスカレア星系は、新興植民星系でまだ人口も少ねーから、駐留艦隊への補給もままならねーみてーだし」

 そんなノヴァルナの言葉をヴァルツが補足する。

「うむ、それにあまり長引くと、兵士の士気も下がるだけだ」

 今はドゥ・ザンと運命を共にする気でいる兵達も、時間が経てば経つほど、生への執着が増してくるというものだった。

「となると、あまり時間はありませんな」とササーラ。

「しかし、あからさまに出撃に向けての態勢を、整えるわけにもいかないでしょう」

 そう言うのはナルガヒルデだった。ノヴァルナは表向きは、今回のミノネリラの内紛に対して放置する方針を家臣に宣している。ここにいる腹心達はノヴァルナの真意を知っているが、まだ信用の置けない者がいる家臣連中に、本当はドゥ・ザン支援の部隊を派遣するつもりである事を知られたくはなかった。

 するとそこで、不意にヴァルツが身を乗り出して、ある話を持ち掛ける。

「そこで…だ、実は一つ案があるのだがな」

「叔父上に、案?」

 片方の眉を軽く跳ね上げて尋ねるノヴァルナに頷いたヴァルツは、インターコムのNNLホログラムを立ち上げて、執務室の外で待機している従者に「よし、隣の部屋の方をお呼びしろ」と命じた。

「誰か来ておられるのですか?」

 怪訝そうに問いかけるサンザーの、フォクシア星人の特徴である狐の耳がピクリと動いて、扉の向こうの気配を探ろうとする。ヴァルツの「お呼びしろ」という丁寧な物言いからすると、低い身分の者では無さそうだ。ノヴァルナの執務室と同じ並びには、四つの来訪者用控室があり、主君との会見に順番待ちが必要な場合などに使用される。

 サンザーの質問にヴァルツが応じるより早く、執務室の扉が向こうからノックされ、ノヴァルナの「どうぞ」という声で静かに開く。そして姿を現したのはノヴァルナも知己の皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナだった。




▶#08につづく
 
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