銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

文字の大きさ
72 / 508
第4話:忍び寄る破綻

#08

しおりを挟む
 
 ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは銀髪で細い眼が印象的な、四十五歳の男性貴族。温厚な人柄で“漫遊貴族”の異名を持ち、宙域諸国を何か月もかけて外遊する事が多い。また中立的な立場を保って様々な星大名家と友好関係を築いており、そのため敵対する星大名家間の、橋渡し役を担う場合もある。

 しかも執務室へ入って来たのはゲイラだけではない。白いワンピースを着たシヴァ家の姫カーネギーと、彼女の側近で軍装姿のキッツァート=ユーリスも後ろに従っていた。

「これはヤーシナ卿、それにカーネギー姫様も」

 席を立ってお辞儀をするノヴァルナに、ゲイラは笑顔で会釈を返した。

「ドゥ・ザン様とのご会見以来ですな、ノヴァルナ様。ご壮健そうで何よりです」

 ノヴァルナは執務机を離れ、「ヤーシナ卿もお変わりなく」と言いながら、三人を執務室の中央にあるソファーへと促す。そしてササーラを振り向いて、「お茶の用意だ」と命じるが、ゲイラは「いえいえ、あちらの控室で頂きましたので、どうかお構いなく」と丁重な言い方で断りを入れた。

「ラゴンには、いつお越しになられたのです?」とノヴァルナ。

「一昨日です」

「仰って頂けば、お迎えの準備を致しましたのに」

 ノヴァルナの言葉に、ゲイラは右手を掲げて“いえいえ”と左右に振る。

「時にふらりと立ち寄るのが、私の流儀でして、お気遣いなさらず」

 そう言いながらゲイラは久方ぶりに会ったノヴァルナの姿を眺めた。つい先日十八歳になったとの事だが、ドゥ・ザンとの会見の時から比べても少し大人びて見える上に、武将らしさに幅が出て来た感じがする。ただそれは決して一朝一夕に身につくものではなく、充分な下地を必要とする素養である。

“やはり、天衣無縫な振る舞いは、世を忍ぶ仮の姿であらせられたか…”

 改めて自分の目に狂いはなかったと、ゲイラは小さく頷いて本題を切り出した。

「今日、伺ったのは、こちらのカーネギー姫様からヴァルツ様を通じて、ある要請を頂いたからです」

「と言いますと?」

 問いかけるノヴァルナに答えたのは、ゲイラの隣に座るカーネギーである。

「ノヴァルナ様は、ミ・ガーワ宙域のキラルーク家をご存知ですか?」

 探るような表情で応じるノヴァルナ。

「ええ。皇国貴族でかつてのミ・ガーワ宙域の総督…今はイマーガラ家の庇護下にある、と聞いていますが」

 キラルーク家―――それは、オ・ワーリ宙域におけるシヴァ家、ミノネリラ宙域におけるトキ家のように、今の戦国の世がシグシーマ銀河系を覆う以前、ミ・ガーワ宙域を支配していた宙域総督を務める貴族である。
 しかもキラルーク家はシヴァ家、イマーガラ家同様、星帥皇室のアスルーガ家と血縁関係を有する名門貴族で、ヤヴァルト銀河皇国が全盛期だった頃は、“御三家”と呼ばれて皇国の運営にも関わっていたのだ。

 それが現在は没落し、イマーガラ家の庇護下にあった。イマーガラ家がミ・ガーワ宙域を事実上支配しているのも、ミ・ガーワ宙域の統治能力が低下し、トクルガル家やミズンノッド家をはじめとする、独立管領の台頭を抑えられなくなったキラルーク家が、イマーガラ家をミ・ガーワ宙域へ呼び込んだのである。

 キラルーク家の弱体化の原因は二つに分裂して内訌が絶えなくなったためで、この辺りはミノネリラ宙域のトキ家と同様であった。現在の当主はライアン=キラルークという二十歳の若者で、領地はミ・ガーワ宙域ハズルー恒星群だが当人は領地にはおらず、イマーガラ家の本拠地で、名目だけの家老職に就いている。

 カーネギーは少々緊張した面持ちで、ノヴァルナに提案を始めた。

「キラルーク家も我がシヴァ家同様、今は家勢も衰えてはおりますが、星帥皇室一門としての発言力は持っています。まして彼等の庇護者であるイマーガラ家は、同じ星帥皇室一門です。キラルーク家の訴えを無下にする事はないはずです」

「それはまぁ、そうでしょう」

 確かに言っている事は間違ってはおらず、ノヴァルナは相槌を打つ。

「聞けばノヴァルナ様は、ミ・ガーワ宙域方面の抑えに苦慮されているご様子。そこで、私どもシヴァ家がキラルーク家と同盟を結び、イマーガラ家との間に入る事で、その抑え役を担いたいと思っているのです」

「!」

 カーネギーの提案に、僅かに眼を見開くノヴァルナ。どうやら興味が湧いたようだ。そこでヴァルツも口を開く。

「実はカーネギー様からわしに、お話があってな。旧キオ・スー家がシヴァ家を庇護下に置いていたのは、同じ星帥皇室一門であるイマーガラ家との、外交チャンネルを作っておくための方策でもあったらしい」

 それを聞いてノヴァルナは「ああ、なるほど」と頷いた。筆頭家老だったダイ・ゼン=サーガイが、イマーガラ家と繋がっていたのもその辺りだろう。

「しかしそれで、話がそう上手くいくもんスかね?」

 腕を組んだノヴァルナは少し砕けた調子で疑念を漏らした。実力主義の今の戦国の世の中で、同じ星帥皇室一門という事だけで簡単に和平の手打ちが出来るとは、ノヴァルナには思えなかったのだ。

 すると皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが、静かな口調で告げる。

「ノヴァルナ様、貴族は格式というものを重んじるものです」

「格式…ですか」

 訝しげな顔をゲイラに振り向かせるノヴァルナ。

「さようです。廃れたりとはいえシヴァ家もキラルーク家も名門貴族。そしてイマーガラ家も同様。それらがおおやけに会って決めた約束事は、世間一般が思うよりずっと重き事。実利に反する中身であってもそれを破るは、貴族たる格式に泥を塗るに等しくございます」

「つまり、我々が想像する以上に、破られ難い約束だ…と?」

 自分たち弱肉強食の世界に生きる星大名とは全く違う、格式という貴族の価値観に、いまだ半信半疑な様子で問い質すノヴァルナ。ただ、皇国の名門貴族でもあるイマーガラ家ならば、その格式というものに縛られていてもおかしくはない。事実、現当主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、立ち居振る舞いからして貴族趣味に走っているという話だ。

「いかがでしょう―――」

 カーネギーはそう言いながら、ノヴァルナに訴えるような目を向ける。

「ここは私にお任せ頂けませんか?…私どもはノヴァルナ様に救って頂いておりながら、まだなんのお礼も出来ておりません。是非ともお力にならせてください」

「会見の段取りの方は、私が執り行いますので…」

 そう付け足してきたのはゲイラだった。確かにこの“漫遊貴族”なら、キラルーク家にもイマーガラ家にも顔が利くだろう。ダメもとで考えるなら、試してみてもいいように思える。そこにさらにヴァルツも口を挟んできた。

「ま、悪い話ではないわな」

 そこでノヴァルナは一拍置いてから「…わかりました」と答えた。今日のこの打ち合わせを呼びかけたのはヴァルツだったが、最初から嵌められていたらしいと気付いたノヴァルナは、叔父に苦笑いを浮かべた顔を見せた。そしてカーネギーとゲイラに向き直って、一礼して告げる。

「では、会見の段取り…よろしくお願いいたします」




▶#09につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...