70 / 508
第4話:忍び寄る破綻
#06
しおりを挟む翌日の事である。今日は軍装をきちんと着こなしたノヴァルナは、キオ・スー城の敷地内にある中世風の館を一人で尋ねた。死亡した前キオ・スー=ウォーダ家当主、ディトモス・キオ=ウォーダの妻リスティーナと、三人の嫡男が軟禁されている館だ。
館へ向かう際、見送りのノアに「頑張って」と、背中を優しくポン!と押されたノヴァルナだったが、さすがに表情を硬くせずにはいられなかった。
自分達が下剋上で倒した宗家当主の遺族と会うのであるから、本来は繊細な神経を持つノヴァルナにすれば、どうしても気が重くなる。やっぱササーラかカージェス辺りを連れて来た方が良かったかも…と、些か後悔しながら、館の門を警備する二人の兵士のお辞儀に軽く右手を挙げて応え、門をくぐる。
すると来訪を知らされていたリスティーナが、玄関先ですでに待っていた。夫の死を悼む黒のドレスはあてつけがましいと考えたのであろう、淡いラベンダー色をした、落ち着いたデザインのロングドレスを身に纏っている。皇国貴族の三女と聞くリスティーナは、それに相応しく清楚な印象だった。
立ち止まり、サッと緊張した面持ちになるノヴァルナに、リスティーナは無言で深くお辞儀をする。そして上げたその顔には、侘しげな笑みが微かに浮かんでいた。
「ようこそお出でくださいました、ノヴァルナ殿下。本来なら私どもの方をお呼びつけになられて然るべきを、護衛もお付けにならずに、わざわざ殿下御自らお越し下さるとは、まこと恐悦至極にございます」
丁重なリスティーナの挨拶に対して、ノヴァルナは言葉が見つからず、つい「あ、どうも…」と言ってしまい、“うわぁ、これはアカン…”と自分自身にがっかりする。少なくとも星大名家当主が、こういった場面で言う言葉ではない。
そんなノヴァルナの腫物を触るような困惑ぶりに、リスティーナは微笑みの質を温もりを感じさせるものに変え、気遣うように告げた。
「殿下は巷で噂されているよりも、ずっとお優しいお方のようですね。夫の事は戦場での習い…どうぞお気に病まれず。さ、ご案内致しますので…」
清楚な見た目の印象と違い、芯の強さを見せるリスティーナに、ノヴァルナは安堵を覚えると同時に、武将の妻とはこういうものなのか…と考え、ノアなら俺が死んだ時、どうするだろうなどと想いを巡らせながら、館の中へ入って行った………
「私?…こないだ言ったでしょ、“死ぬ時は一緒よ”って」
同じ日の夜、二人の居住区のリビングで、机の上に浮かべたホログラム画面を操作しながら、事も無げに言うノアに、彼女が座るソファーと反対側のソファーに寝転ぶノヴァルナは、眉をひそめて応じた。
「いやおまえ、毎回一緒に出撃するわけないじゃん。俺が遠征とかで戦死したら、どうすんの?…って話だろ」
「え?…だから、その次の貴方の弔い合戦で私が出撃して、敵に突っ込むの」
「いや、生きて家をまとめろよ」
「貴方が死んだら、どうせ滅亡でしょ」
「おまえなぁ…」
なんだかいつもと違うノアの物言いに、寝転んでいたノヴァルナは体を起こして、ノアの向かい側に座り直す。二人ともライトブラウンのスエットスーツ姿と、ひどく庶民的な部屋着だ。
リビングは暖色系の間接照明で下から照らし出され、洗練された中にも温もりを感じさせる。今夜も部屋の中で扉の脇にはマイアが警護に立っているため、ノヴァルナとノアの距離は朝を共にするほど近づきはしないが、互いの気持ちを確認するぐらいはできる。
机の上に浮かべたホログラム画面は、皇国暦1589年のムツルー宙域から帰還して以来、ノアが研究を続けている『超空間ネゲントロピーコイル』についての資料だったが、ノヴァルナはそれを裏から指で押さえて脇に滑らせた。
「ちょっと、何するのよ」
作業の邪魔をされて不満そうに言うノア。ノヴァルナは机の上に肘をつき、ノアの顔を下から覗き込むようにして、何を思っているかを尋ねる。
「いいから、言ってみ?」
「何を?」
「あんだろ? 心配事」
「………」
ノヴァルナの問いに、ノアは口をつぐんでそっぽを向いた。生来の鼻っ柱の強さで、今でも年下の恋人に弱みを見せるのは、苦手なノアである。それにいつもはノヴァルナの繊細さをフォローしている自分が、逆の立場になるのに慣れていないというのもあった。
しかし、ノヴァルナもノアを知っている。ノアが喋りだすまでじっと見詰める作戦だ。やがて根負けしたノアは、横顔を向けて目を逸らしたまま、不承不承といった体で気持ちを吐露した。
「貴方がいなくなったら、私…何もなくなってしまう」
ノアが気にかけているのは、やはり実家のサイドゥ家の行く末だった。サイドゥ家の滅亡はノアの心の拠り所が消え去る事を示している。
ノヴァルナはキオ・スー家との開戦時に宣言した通り、カルネード、バルザヴァ、ヴェルージという、ディトモスの三人の遺児を自分の一門に加える事と、リスティーナに静かに暮らせる余生を約束し、逃げるように館をあとにした。
あれが母というものか―――
自分を待ってくれているノアのもとへ帰る道、ノヴァルナはそんな事を考えた。
無論ノヴァルナにも母親はいる。トゥディラ=ウォーダだ。しかしトゥディラは次男のカルツェを偏愛し、ノヴァルナを嫌って早くから遠ざけていた。ノヴァルナを廃して、カルツェを当主に据えようという支持派の後ろ盾が、このトゥディラではないかとまで言われている。
そのようなトゥディラであるから、ノヴァルナには自分の母親が自分を守るため、敵将に対して、リスティーナのような態度を取るとは想像もつかなかった。それが他人の…敗軍の遺児の母親で、母とはどういったものかを知る機会を得るとは皮肉なものである。
自分の母親の事はさておき、ノヴァルナはノアに、自分の子を守ろうとしたリスティーナの話をして、さらに諭すように続けた。
「おまえはドゥ・ザン殿から、二人の弟を託されたんだろ? しっかりしろや」
するとノアはノヴァルナに説教された事が気に障ったらしく、わざと不機嫌そうな顔を作って、頭の上に置かれたままだったノヴァルナの手を払いのけ、不貞腐れてみせる。
「わかったわよ、バカ。でもだいたい貴方が、“俺が戦死したらどうする?”なんて、訊くのが悪いんだからね」
「へーへー」
ああ言えばこう言うノアに、ノヴァルナは肩をすくめて降参した。ただその一方でノアもノヴァルナが心配してくれた事が嬉しかったようで、さらりと付け加える。
「じゃあ、死ぬのはリカードとレヴァルが、一人立ちしてからにしてよ。だったら貴方と一緒に死ねるでしょ?」
そう言われるとノヴァルナも満更でもないようで、「しょーがねーなー」と言いつつ、ニヤニヤと相好を崩す。ただ今夜のノヴァルナは、ノアに告げなければならない事が他にあった。今の話はそのためにノアを落ち着かせる意味も含んでいたのだ。
「ところでな、ノア」
「なに?」
「マジな話、ちょっと相談があるんだが―――」
マジな話と言っておいて、どうせまたつまらない冗談だろうと、話を聞き始めたノアの目は、次第に真剣なものになっていった………
▶#07につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる