全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編 開き直った公爵令息のやらかし

34話 両手に花

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「今日も客引きをやっているのか、シビル。」

昨日の夕方と同じく娼館フルールの店先で客引きをしているフリをして、目当ての奴を今か今かと待ち構えるつもりでいたが……。
昨日に引き続き、今日も開店とほぼ同時に奴は来た。
ディオニシオ・トレント男爵は。

店の周りを囲っているヴァレンティーノ殿下の近衛兵達は、きっと緊張が走っただろうが、コイツはそんな事など微塵も気付かない。
相変わらず、女装姿の僕をいやらしい目で舐め回す様に見つめて来る。

「…トレント男爵様!」
「今日も先輩は不在か。」
「あ、はい。でも…」

奴からすれば口うるさい先輩店員が居ないから、しめしめと思ってるんだろうけれど。

「まぁ!この方がお姉様の言ってた初めてのお客様?」

少し離れた場所で張っていたシルヴィアが、目にも止まらぬ速さでサッと傍まで寄って来て、僕の腕を掴んだ。

「…ん?誰だお前は。シビルにそっくりだが…」
「シルヴィアと申します。シビルお姉様の妹です。私は本日デビューですの。でも…初めてで一人は心細いから、私もお姉様に付いて行きたいわ。私も男爵様に初めてのお客様になって頂きたいな。……駄目でしょうか?」

不安げな表情をして、男爵に上目遣いで媚びている。
とても様になっていて、我が妹ながら凄いな…とその演技力に僕は舌を巻いた。

男爵はと言えば、やっぱりというか、“初めて”という言葉が琴線に触れたのか、目の奥がギラリと光った…様な気がする。

「そうか、シビルの妹か。姉妹で入ったとはな…。いいだろう、今日はお前にお酌をしてもらおうか。」
「いいんですか…!わぁ、やったわお姉様!男爵様、ありがとうございます。私、頑張りますね!」

妖艶ともいえる衣装とはちぐはぐな、どこか幼さを残すあどけない反応と、控えめな微笑み方に、男爵はニンマリと嗤っている。
そういえばシルヴィアが言っていたな。

『シビルお姉様は清楚で控えめなイメージで。私は妹キャラとして、大人っぽく背伸びしようとしてるけど出来きれないあどけない少女のイメージ。これで行くわ!新人好みの奴にはピッタリでしょっ』

……と。

緊張で少し硬くなってしまっている僕と違い、シルヴィアはこの状況すら愉しんでいる様だ。
男爵がいやらしい目でシルヴィアを観察しているのは実に不愉快だが、当のシルヴィアは僕の方を向いて奴に見えない様に小馬鹿にしてニヤリと笑みを浮かべている。

男爵は欲望剥き出しで下劣だし、シルヴィアは敵を簡単に欺けて嘲笑っているし。
もう、どす黒い空気を醸し過ぎじゃない?
僕は心の中で乾いた笑いを零していた。

それぞれに別方向へ向いた笑みを見せながら、僕はシルヴィアを伴って男爵を店内へと案内した。

「だ、男爵様。あの…お部屋は昨日と同じで宜しいですか?」
「あぁ。」

よし、気紛れな部屋の変更などはされず、サフィル達の待機もそのままで大丈夫そうだ。
クレアさんが今日もまた受付担当をしてくれていた。
昨日、男爵から冷たく言い放たれた為、しおらしくしょげたフリをして男爵に会釈して迎えたクレアさんは、彼に背を向けられた後、僕らにウインクを送ってくれた。

頑張って!

そう、エールをくれたのだった。

僕は軽く微笑んで会釈をしたが、シルヴィアは親指を立ててやる気満々に笑みを向けていた。
すると男爵に顔を向けられたが、即座にぎこちない笑みに変えて上目遣いも忘れない。
ちょっとやり過ぎなくらいのあざとさだった。

……大丈夫かな。
僕は男爵よりも、シルヴィアの方が心配で仕方なかった。

やっぱりまた緊張した足取りで同じ部屋へ案内すると、男爵は昨日と同じソファーにどっかりと腰を下ろした。

「男爵様……不慣れとは言え、昨日は色々と失礼致しました……。その、ビックリしてしまって…」

僕が“シビル”としてしょんぼりと項垂れて謝罪して見せると、男爵はフッと嫌に優しい笑みを浮かべた。

「そうか。こちらも急に驚かせて悪かったな。お前のあまりの美しさについ、な。」

ニンマリと嗤われる。

何がつい、だよ。
うぅ……気持ち悪い。
圧が凄いんだよ、この男爵サマ。
気に入られているのは分かるんだけど、下心が見え見え過ぎて、やっぱり下劣だなぁ…って思ってしまう。

「そ、そんな……。とんでもないです。心配してたんです。昨日男爵様にお客様が来られた時、とても冷たい言い方をなさったから…。ご不興を買ってしまったんじゃないかって。」
「そうかそうか。私も急な来客だったからつい驚いてしまってな。悪かった。こちらに来なさい。」
「……はい。」

男爵に手招きされて、僕は内心嫌々ながらまた隣に腰を下ろした。
すると、奴は項垂れる僕を慰める様に、嫌に優しい手付きで頭を撫でてくる。

うぅぅ…。
体をまさぐられるのも勘弁だけど、頭を撫でられるのも嫌だなぁ。
付け髪がズレそうで気が気じゃなくなるんだよな。

僕がおずおずと笑みを向けると、男爵は満足げな顔で笑った。

「男爵様!お姉様ばっかりズルいわ!私も混ぜてっ」

僕が男爵に撫でられているのを鋭く見定めると、パッと反対側に回り、奴の腕をホールドした。
満面の笑みを向けるシルヴィアだが。
ちょっと、その腕、胸に当たってない?!

くっ付きすぎだろう!と僕がハラハラしながら見つめるが、彼女は構わず男爵の視線を奪おうと体を密着させようとしている。

「男爵様…私も頑張りますから、構って下さいな。」
「こらこら、姉の邪魔をしてはいけないぞ。」
「でも、お姉様ばっかり相手してらして。私、寂しい。」
「はは、そうかそうか。いっぺんに二人を相手するのは大変だなぁ~。」

しょんぼりとして見せるシルヴィアに、ようやく男爵の興味が彼女にも傾いて来た様だ。
男爵は両腕で僕らの肩を抱いて笑っている。

『こんなお美しいお二人を両手に花だなんて、ディオニシオは一瞬でも天国を見れるのではないですか?』

セルラト公爵が口にされていた言葉が、不意に脳裏をよぎっていた。
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