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第4章
157話 本当の想い
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「……私の話は、これで終わりだ。」
ポツリと言葉を落とした侯爵に、僕は無言で彼を見やる。
「これ以上話せる事はもう無いんだ。」
「……貴方にも迷いや苦悩があった事、僕も理解しました。……やっぱり僕は許せません、シルヴィアの事。でも、せめて僕ではなく彼女に毒の方を……とも思ったけど、そうなれば、それはそれで……やっぱりマズかったんです。」
そうなれば、前世の僕の時の様に、ロレンツォ殿下がきっと……シルヴィアと対面する事になってしまう。
侯爵の介入が無ければ、今の僕達ほどでは無かったにしても、巫女ともう少しまともな関係は築いただろうから。
まぁ、カレンはカイトと違って、他人のグラスを勝手に取っていく、なんて事は考えづらいが。
でも、もし親しい関係性を築けていれば、あるいは…という事も有り得て。
そして、シルヴィアは同じクラスメイトとして、やっぱり巫女を要求されただろう。
なんだろうな。
あの時の僕は死を待つのみだったし、今更だ。……と思うのに。
あの仕打ちを受けたのが、もしシルヴィアだったら……なんて、おぞましくて考えたくもない。
きっと、あの時思った様に、穢される前に何としても死を選んだだろうけど。
もし、それすら許されなかったら。
やっぱり、どちらの道を選んでも、破滅しか無かったのか……。
「貴方を許すつもりは無い。けれど、その貴方のおかげで僕やシルヴィアはこれまで生きてこれたんですね。……あぁ、貴方は馬鹿ですよ。シルヴィアにもっと良くしてくれたなら、こんな回りくどい事をしなくたって、僕は喜んで命を差し出したのに。」
「そんなに大事か。」
「愚問ですね。全てを賭けて母を救おうとした、貴方がそれを聞きますか。」
「そう…だったな。」
あの時救いたいと願ったのは、何より本当の想いだったのに。
それがいつの間にか、形を変えて歪んでしまった。
自分が最も救いたいと願った相手が望んだのは、その者自身よりも大切な存在だった。
それを認めるのが、嫌で。
本当なら、守ってやるべきだったのに。
憎らしいと思ってしまった。
なんの罪も無かった彼女の子を。
最も守ってやるべき自分が、害してしまった。
それを今更悔やんでも、もう手遅れだ。
「すまない……アナトリア…シルヴィア……シリル。」
「……」
手懐ける為とか、騙すとか。
そんな小手先の詰まらぬ術(すべ)など何も無く。
ただ、心から悔やむ侯爵に。
僕は、それが彼の本心だと思いたい。
他者から見たら、それが愚かな事だとしても。
「僕の事は……構いません。でも、シルヴィアの事は、やっぱり許せない。許せない……けれど、貴方の懺悔をせめてもの手向けにしましょう。」
苦し気な顔で無理に笑みを向ける僕に、一筋の涙を流していた侯爵は顔を上げた。
「話して下さってありがとう、侯爵。ずっと頂いていたままの魔力をお返ししましょう。」
「シリル……しかし。」
戸惑う侯爵が、なんだか可笑しかった。
「どうしたんです?そういうお約束でしたでしょう?」
「確かに、そうだが…」
「言ったでしょう?僕の事は構わないと。……でも、お願いします。シルヴィア……あの子の事……どうか忘れないであげて下さい。それと、僕が居なくなった後、伝えて下さいますか。救世の巫子やテオ達に……“僕の勝手ですまない”とだけ。それと……」
脳裏にフッと、彼の顔が浮かんだが。
『貴方と……もう、関わるべきではなかった……!!』
そう、涙した彼には、もう……。
「いいえ、何でもありません。」
呟く様にそう言うと、僕はカップから手を離し、少し俯いて瞳を閉じた。
「……何で、そんな簡単に諦められるんだ。」
自分の命を、生きる事を。
そう、問われて。
折角覚悟を決めて閉じた瞳を、僕は開いて微笑んだ。
「……諦めというより、開き直りですよ。殺されるまで逃げ回るくらいなら、自分から飛び込んでやろうってだけかな。」
「シルヴィアの様にか。」
「いいえ。彼女とは違います。……きっと、彼女が生きるべきだった命を、僕が使ってしまっているから……ですかね。」
本当ならきっと、今でも彼女が生きてゆく筈だった今世を、僕が奪ってしまっている様な気がするから。
あるべきものをあるべき姿に。
それがきっと正しい答えだと思うから。
「さぁ、これでもう、終わりにしましょう」
ポツリと言葉を落とした侯爵に、僕は無言で彼を見やる。
「これ以上話せる事はもう無いんだ。」
「……貴方にも迷いや苦悩があった事、僕も理解しました。……やっぱり僕は許せません、シルヴィアの事。でも、せめて僕ではなく彼女に毒の方を……とも思ったけど、そうなれば、それはそれで……やっぱりマズかったんです。」
そうなれば、前世の僕の時の様に、ロレンツォ殿下がきっと……シルヴィアと対面する事になってしまう。
侯爵の介入が無ければ、今の僕達ほどでは無かったにしても、巫女ともう少しまともな関係は築いただろうから。
まぁ、カレンはカイトと違って、他人のグラスを勝手に取っていく、なんて事は考えづらいが。
でも、もし親しい関係性を築けていれば、あるいは…という事も有り得て。
そして、シルヴィアは同じクラスメイトとして、やっぱり巫女を要求されただろう。
なんだろうな。
あの時の僕は死を待つのみだったし、今更だ。……と思うのに。
あの仕打ちを受けたのが、もしシルヴィアだったら……なんて、おぞましくて考えたくもない。
きっと、あの時思った様に、穢される前に何としても死を選んだだろうけど。
もし、それすら許されなかったら。
やっぱり、どちらの道を選んでも、破滅しか無かったのか……。
「貴方を許すつもりは無い。けれど、その貴方のおかげで僕やシルヴィアはこれまで生きてこれたんですね。……あぁ、貴方は馬鹿ですよ。シルヴィアにもっと良くしてくれたなら、こんな回りくどい事をしなくたって、僕は喜んで命を差し出したのに。」
「そんなに大事か。」
「愚問ですね。全てを賭けて母を救おうとした、貴方がそれを聞きますか。」
「そう…だったな。」
あの時救いたいと願ったのは、何より本当の想いだったのに。
それがいつの間にか、形を変えて歪んでしまった。
自分が最も救いたいと願った相手が望んだのは、その者自身よりも大切な存在だった。
それを認めるのが、嫌で。
本当なら、守ってやるべきだったのに。
憎らしいと思ってしまった。
なんの罪も無かった彼女の子を。
最も守ってやるべき自分が、害してしまった。
それを今更悔やんでも、もう手遅れだ。
「すまない……アナトリア…シルヴィア……シリル。」
「……」
手懐ける為とか、騙すとか。
そんな小手先の詰まらぬ術(すべ)など何も無く。
ただ、心から悔やむ侯爵に。
僕は、それが彼の本心だと思いたい。
他者から見たら、それが愚かな事だとしても。
「僕の事は……構いません。でも、シルヴィアの事は、やっぱり許せない。許せない……けれど、貴方の懺悔をせめてもの手向けにしましょう。」
苦し気な顔で無理に笑みを向ける僕に、一筋の涙を流していた侯爵は顔を上げた。
「話して下さってありがとう、侯爵。ずっと頂いていたままの魔力をお返ししましょう。」
「シリル……しかし。」
戸惑う侯爵が、なんだか可笑しかった。
「どうしたんです?そういうお約束でしたでしょう?」
「確かに、そうだが…」
「言ったでしょう?僕の事は構わないと。……でも、お願いします。シルヴィア……あの子の事……どうか忘れないであげて下さい。それと、僕が居なくなった後、伝えて下さいますか。救世の巫子やテオ達に……“僕の勝手ですまない”とだけ。それと……」
脳裏にフッと、彼の顔が浮かんだが。
『貴方と……もう、関わるべきではなかった……!!』
そう、涙した彼には、もう……。
「いいえ、何でもありません。」
呟く様にそう言うと、僕はカップから手を離し、少し俯いて瞳を閉じた。
「……何で、そんな簡単に諦められるんだ。」
自分の命を、生きる事を。
そう、問われて。
折角覚悟を決めて閉じた瞳を、僕は開いて微笑んだ。
「……諦めというより、開き直りですよ。殺されるまで逃げ回るくらいなら、自分から飛び込んでやろうってだけかな。」
「シルヴィアの様にか。」
「いいえ。彼女とは違います。……きっと、彼女が生きるべきだった命を、僕が使ってしまっているから……ですかね。」
本当ならきっと、今でも彼女が生きてゆく筈だった今世を、僕が奪ってしまっている様な気がするから。
あるべきものをあるべき姿に。
それがきっと正しい答えだと思うから。
「さぁ、これでもう、終わりにしましょう」
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