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82 逃走
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「もっと急いだ方がいい感じ?」
アマギさんと別れて五分くらいかな。前を走るアリリアナさんが振り向かずに聞いてきた。
「森を出るまではこれくらいでいいんじゃないかな」
シャドーデビルは確かに怖いけど、ここは危険指定地Cに分類される危険地帯。獲物が罠に掛かるのをひたすら待つ、いわゆるトラップ型の捕食者だって沢山いるだろうし、方向転換が利く速度で移動するのがベスト……だと思うんだけどーー
「レオ君はどう思う?」
こんな状況初めて過ぎて自分の判断に自信が持てないよ。
「俺もドロシーさんの意見に賛成だ。これ以上速度を出すと、いざという時に対応できない。特に視界が悪い森の中だとな」
「オッケー。なら森を出たらもっと飛ばすから二人とも覚悟しておいてね。特にレオ君、ついて来れなさそうだったら早めに言うんだぞ」
「行きも聞いたぞ、その台詞」
「ふふん。あれをアリリアナさんの実力だと思ったら大間違いだかんね。あれは、そう、せいぜい九割程度の力だったんだから」
「ほぼ全力じゃねーか」
「しかも今は疲労のせいで六割くらいの力しか出せそうにない感じなんで、その辺よろしく」
「いや、よろしくって何をだ? おんぶすれば良いのか?」
「いやん、エッチ」
「何でだよ」
良かった。アリリアナさんとレオ君、いつも通りだ。正直、アマギさんと分かれた途端に心許なさが一気に増したけど、二人を見てると大丈夫だって気になってくる。
「アハハ。冗談。冗談だってば。それじゃあ疲れた時は……二人とも止まって!」
私とレオ君のブーツが地面を削る。先頭を走っていたアリリアナさんも同じように急停止しようとしてたけど、途中でその体が不自然に前後へと揺れた。
「ちょ、さ、最悪なんだけど」
珍しく焦った顔を浮かべるアリリアナさんの足は地面から離れていた。もがくその体を宙に抱き止めているもの、あれは……糸?
脳裏にアマギさんの姿が浮かぶ。でもーー
「上だ! ドロシーさん!!」
レオ君の叫びで自分の見当違いな想像が一瞬で消し飛んだ。
糸に囚われたアリリアナさんの真上、巨大な木の上から大きな蜘蛛が落ちてくる。いや、落ちてきてるんじゃない。狙ってるんだ。罠に掛かった哀れな獲物を。私の友達を。
「クソッ!」
レオ君が炎の魔剣を抜きながらアリリアナさんに向かって駆けっていく。私はワンドを取り出した。
お願い当たって。
『サンダーショット』
やった! 当たった。
杖から放たれた雷は蜘蛛へと命中して、その巨体を遠くに吹き飛ばした。
「よ、良かった」
あれ? 右手がちょっと痛むかも。咄嗟だったから自分の魔力で痛めちゃったのかな?
「おい、大丈夫か?」
魔剣から放たれる炎が蜘蛛の糸を焼き払う。宙に投げ出されたアリリアナさんをレオ君は優しく抱き止めてあげた。
「び、びっくりした~。後少しで死んじゃう感じだったんだけど。ありがとね。ほんっと感謝。マジ感謝。ほら、お礼のチュー」
「わっ!? こ、こら、やめろ」
何だろ? アリリアナさんが無事で凄く嬉しいのに、ちょっとモヤッとするのは。
「っていうかさ、今日の私、何か糸に縁があり過ぎな感じじゃない?」
「そういう日なんだろ。ほら、早く立て。移動するぞ」
「はいはい。あっ、ドロシーさんもありが……ドロシーさん!!」
「へ? きゃっ!?」
ワンドを取り出したアリリアナさんが杖を一振りすれば、足元に発生した風が私を転倒させた。
ワンドありとはいえ、無詠唱でここまで自在に風を操るなんてアリリアナさんって本当に器用。でも悪ふざけにしてはこれはちょっと度がすぎてるとおもーー
ヒュッ。
「えっ!?」
今、頭の上を何かが通り過ぎたような?
地面に転がったまま空を見上げる。すると誰かが私を見下ろしていたけど木漏れ日で顔がよく見えない。レオ君? それともアリリアナさんかな? あれ? でも二人とも私の正面にいたよね。じゃ、じゃあこれは……。
ヌッとそれが私を見下ろした。途端、光が遮られて顔がハッキリと見える。ううん。それに顔なんて無かった。人の頭部を真似ておきながら、それには目も鼻も口も存在しない。それにあるのは闇のような暗さだけ。
それは両手の鎌を振り上げた。
「ひっ!?」
恐怖に強張る自分の顔が見える。それの顔はまるで恐怖を写す鏡のようだ。ああ、でも悪魔の顔ってこういうものなのーー
「うぉおおおおお!!」
太陽のように燃え盛る炎が悪魔を私から遠ざけてくれた。
「レオ君!? きゃっ!?」
な、なに? 風?
強烈な風に引っ張られて体が勝手に移動する。
「ドロシーさん、大丈夫?」
「う、うん。へ、平気」
本当言うと今にも腰が抜けそうだけど、二人の足手纏いにはなりたくないから歯を食いしばる。
「私達の方を狙ってくるとか、これだからモテる女ってのは辛い感じなのよね」
「い、言ってる場合じゃないよ。レオ君の援護をしなくちゃ」
ワンドを構えて、そして攻撃魔法を放とうとしたんだけれどもーー
紅蓮と漆黒の刀身が激突する。
両者の間に散る火花の数は多すぎてとても数えきれない。切り結んだ回数はどれくらいなんだろう? 数十回? 数百回? ひょっとしたらもう千に到達しちゃってるかもしれない。それくらいに速い。それくらいに凄い。
「レオ君、いつの間にこんなに……」
ストーンマンバと戦った時もあれ? って思ったけど、もう間違いない。レオ君の戦闘技術がお父様と戦った時とは比較にならないくらい伸びてる。
この感じには覚えがある。
ちょっと目を離した隙に常人には理解できない速度で成長する。これじゃあまるでーー
「ドロシーさん。レオ君を援護するから私の風に魔法を乗せて」
「えっ!? で、でももしもレオ君に当たったら……」
「大丈夫。リズムは掴めたから。動いて、動いて、はいここっ!!」
アリリアナさんが風を放つ。迷ってる場合じゃないよね。
『サンダーショット』
凄く怖かったけど、放った雷はちゃんとレオ君を避けて悪魔だけに命中した。
「よっしゃ。今よレオ君、やったれ!!」
「うぉおおお!!」
悪魔の体に真紅の刀身が直撃する。猛る炎を噴き出しながら深紅の剣は見事悪魔の体を両断した。
「ビクトリィイイイ!!」
「すごい! すごいよレオ君!!」
アリリアナさんが抱きついてきた。あれ? 私が先に抱きついたんだっけ? とにかく嬉し過ぎて二人してその場でぴょんぴょん跳ね回った。
「ちょっと、ちょっと。私達冒険者になる前にSクラスの魔物倒しちゃったんだけど。これってもう有名人コース確定な感じじゃない? セレブよセレブ。ドロシーさん、王都に戻ったら取材用の服を買いに行きましょう」
「え? う、うん。いいよ。でも今はシャドーデビルを倒したことをアマギさんにーー」
「まだだ!」
レオ君の叫び。直後、再び紅蓮と漆黒の刀身がぶつかり合う。
「はぁああ!? そんなのあり?」
真っ二つになったはずのシャドーデビルが、真っ二つになったまま切り掛かって来てる。しかも裂けた体が見る見る間に治っていく。
「ふ、不死身?」
この絶望感。ルネラード病院での惨劇を思い出す。でもここにアリアはいない。ど、どうしよう。
「なら何度でも斬り伏せてやる」
凄い。レオ君だって怖いはずなのに、全然怯んだ様子がない。
再び激しい斬り合いが始まった。
「ドロシーさん、私達もやるわよ」
「う、うん」
私達だけじゃあ勝てないかも。浮かんでくるそんな考えを否定したくて、私は無我夢中で魔法を放った。
アマギさんと別れて五分くらいかな。前を走るアリリアナさんが振り向かずに聞いてきた。
「森を出るまではこれくらいでいいんじゃないかな」
シャドーデビルは確かに怖いけど、ここは危険指定地Cに分類される危険地帯。獲物が罠に掛かるのをひたすら待つ、いわゆるトラップ型の捕食者だって沢山いるだろうし、方向転換が利く速度で移動するのがベスト……だと思うんだけどーー
「レオ君はどう思う?」
こんな状況初めて過ぎて自分の判断に自信が持てないよ。
「俺もドロシーさんの意見に賛成だ。これ以上速度を出すと、いざという時に対応できない。特に視界が悪い森の中だとな」
「オッケー。なら森を出たらもっと飛ばすから二人とも覚悟しておいてね。特にレオ君、ついて来れなさそうだったら早めに言うんだぞ」
「行きも聞いたぞ、その台詞」
「ふふん。あれをアリリアナさんの実力だと思ったら大間違いだかんね。あれは、そう、せいぜい九割程度の力だったんだから」
「ほぼ全力じゃねーか」
「しかも今は疲労のせいで六割くらいの力しか出せそうにない感じなんで、その辺よろしく」
「いや、よろしくって何をだ? おんぶすれば良いのか?」
「いやん、エッチ」
「何でだよ」
良かった。アリリアナさんとレオ君、いつも通りだ。正直、アマギさんと分かれた途端に心許なさが一気に増したけど、二人を見てると大丈夫だって気になってくる。
「アハハ。冗談。冗談だってば。それじゃあ疲れた時は……二人とも止まって!」
私とレオ君のブーツが地面を削る。先頭を走っていたアリリアナさんも同じように急停止しようとしてたけど、途中でその体が不自然に前後へと揺れた。
「ちょ、さ、最悪なんだけど」
珍しく焦った顔を浮かべるアリリアナさんの足は地面から離れていた。もがくその体を宙に抱き止めているもの、あれは……糸?
脳裏にアマギさんの姿が浮かぶ。でもーー
「上だ! ドロシーさん!!」
レオ君の叫びで自分の見当違いな想像が一瞬で消し飛んだ。
糸に囚われたアリリアナさんの真上、巨大な木の上から大きな蜘蛛が落ちてくる。いや、落ちてきてるんじゃない。狙ってるんだ。罠に掛かった哀れな獲物を。私の友達を。
「クソッ!」
レオ君が炎の魔剣を抜きながらアリリアナさんに向かって駆けっていく。私はワンドを取り出した。
お願い当たって。
『サンダーショット』
やった! 当たった。
杖から放たれた雷は蜘蛛へと命中して、その巨体を遠くに吹き飛ばした。
「よ、良かった」
あれ? 右手がちょっと痛むかも。咄嗟だったから自分の魔力で痛めちゃったのかな?
「おい、大丈夫か?」
魔剣から放たれる炎が蜘蛛の糸を焼き払う。宙に投げ出されたアリリアナさんをレオ君は優しく抱き止めてあげた。
「び、びっくりした~。後少しで死んじゃう感じだったんだけど。ありがとね。ほんっと感謝。マジ感謝。ほら、お礼のチュー」
「わっ!? こ、こら、やめろ」
何だろ? アリリアナさんが無事で凄く嬉しいのに、ちょっとモヤッとするのは。
「っていうかさ、今日の私、何か糸に縁があり過ぎな感じじゃない?」
「そういう日なんだろ。ほら、早く立て。移動するぞ」
「はいはい。あっ、ドロシーさんもありが……ドロシーさん!!」
「へ? きゃっ!?」
ワンドを取り出したアリリアナさんが杖を一振りすれば、足元に発生した風が私を転倒させた。
ワンドありとはいえ、無詠唱でここまで自在に風を操るなんてアリリアナさんって本当に器用。でも悪ふざけにしてはこれはちょっと度がすぎてるとおもーー
ヒュッ。
「えっ!?」
今、頭の上を何かが通り過ぎたような?
地面に転がったまま空を見上げる。すると誰かが私を見下ろしていたけど木漏れ日で顔がよく見えない。レオ君? それともアリリアナさんかな? あれ? でも二人とも私の正面にいたよね。じゃ、じゃあこれは……。
ヌッとそれが私を見下ろした。途端、光が遮られて顔がハッキリと見える。ううん。それに顔なんて無かった。人の頭部を真似ておきながら、それには目も鼻も口も存在しない。それにあるのは闇のような暗さだけ。
それは両手の鎌を振り上げた。
「ひっ!?」
恐怖に強張る自分の顔が見える。それの顔はまるで恐怖を写す鏡のようだ。ああ、でも悪魔の顔ってこういうものなのーー
「うぉおおおおお!!」
太陽のように燃え盛る炎が悪魔を私から遠ざけてくれた。
「レオ君!? きゃっ!?」
な、なに? 風?
強烈な風に引っ張られて体が勝手に移動する。
「ドロシーさん、大丈夫?」
「う、うん。へ、平気」
本当言うと今にも腰が抜けそうだけど、二人の足手纏いにはなりたくないから歯を食いしばる。
「私達の方を狙ってくるとか、これだからモテる女ってのは辛い感じなのよね」
「い、言ってる場合じゃないよ。レオ君の援護をしなくちゃ」
ワンドを構えて、そして攻撃魔法を放とうとしたんだけれどもーー
紅蓮と漆黒の刀身が激突する。
両者の間に散る火花の数は多すぎてとても数えきれない。切り結んだ回数はどれくらいなんだろう? 数十回? 数百回? ひょっとしたらもう千に到達しちゃってるかもしれない。それくらいに速い。それくらいに凄い。
「レオ君、いつの間にこんなに……」
ストーンマンバと戦った時もあれ? って思ったけど、もう間違いない。レオ君の戦闘技術がお父様と戦った時とは比較にならないくらい伸びてる。
この感じには覚えがある。
ちょっと目を離した隙に常人には理解できない速度で成長する。これじゃあまるでーー
「ドロシーさん。レオ君を援護するから私の風に魔法を乗せて」
「えっ!? で、でももしもレオ君に当たったら……」
「大丈夫。リズムは掴めたから。動いて、動いて、はいここっ!!」
アリリアナさんが風を放つ。迷ってる場合じゃないよね。
『サンダーショット』
凄く怖かったけど、放った雷はちゃんとレオ君を避けて悪魔だけに命中した。
「よっしゃ。今よレオ君、やったれ!!」
「うぉおおお!!」
悪魔の体に真紅の刀身が直撃する。猛る炎を噴き出しながら深紅の剣は見事悪魔の体を両断した。
「ビクトリィイイイ!!」
「すごい! すごいよレオ君!!」
アリリアナさんが抱きついてきた。あれ? 私が先に抱きついたんだっけ? とにかく嬉し過ぎて二人してその場でぴょんぴょん跳ね回った。
「ちょっと、ちょっと。私達冒険者になる前にSクラスの魔物倒しちゃったんだけど。これってもう有名人コース確定な感じじゃない? セレブよセレブ。ドロシーさん、王都に戻ったら取材用の服を買いに行きましょう」
「え? う、うん。いいよ。でも今はシャドーデビルを倒したことをアマギさんにーー」
「まだだ!」
レオ君の叫び。直後、再び紅蓮と漆黒の刀身がぶつかり合う。
「はぁああ!? そんなのあり?」
真っ二つになったはずのシャドーデビルが、真っ二つになったまま切り掛かって来てる。しかも裂けた体が見る見る間に治っていく。
「ふ、不死身?」
この絶望感。ルネラード病院での惨劇を思い出す。でもここにアリアはいない。ど、どうしよう。
「なら何度でも斬り伏せてやる」
凄い。レオ君だって怖いはずなのに、全然怯んだ様子がない。
再び激しい斬り合いが始まった。
「ドロシーさん、私達もやるわよ」
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