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83 爆発

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「ハァハァ……これってさぁ、ひょっとしなくても……ハァハァ……や、やばい感じじゃない?」

 アリリアナさんの肩が大きく上下に動いてる。『バイタリティアップ』が切れかけてるんだ。ううん。酸素を求めて喘いでいるのはアリリアナさんだけじゃない。横腹が痛くて肺が今にも爆発しそう。私もこれ以上魔法を維持していられる自信がなかった。

 いつもならこんなに早く魔力切れを起こさないのに。やっぱりタイミングが悪かったんだ。森の探索にストーンマンバとの戦闘と解体。もう今日は休もうかって時に起こったこの事態を乗り切るだけの力が私達には残されているのかな? いると信じたい。でもーー

「クソ。どんな体してんだよ」

 忌々しげに毒付くレオ君。その体には大小様々な傷が刻まれていて、少なくない血液が小さな体を伝って地面に落ちていく。

 ……駄目だ。やっぱり私達だけじゃあ倒せない。

 炎の魔剣を持つレオ君ならひょっとしてと思ったけど、戦いが長引くに連れてレオ君の動きが明らかに悪くなってる。それに比べてシャドーデビルには疲れた様子が全然ない。

 最初は拮抗していた実力てんびんは、今や完全に相手へと傾いている。

「アリリアナさん、これ以上は……。ここは逃げよう」
「サンセー。でもさ、そう簡単に逃がしてくれそうにない感じじゃない?」

 確かに、レオ君が先頭でシャドーデビルと戦ってくれてるからこうして話す余裕を確保できるけど、三人が同時に逃げようものならまず間違いなく背中から斬られちゃう。勿論、だからと言ってレオ君を置いて逃げるなんて絶対にしない。

「……詠唱魔法を放つから、もう一度風でタイミングを教えて」
「いいけど、詠唱を唱えても私たちの魔法じゃあ……ドロシーさん、もしかしてまたアレ使う気?」

 頷く。そう、こうなったらもう使うしかない。私の扱える最強の魔法を。

 光魔法。

 正直ちょっと、ううん、かなり不安。ただでさえ扱いが難しい魔法なのに、アリリアナさんの風に合わせて放たなきゃいけない。更に疲労で全身が重くなっているこのコンディション。……上手く魔法を制御出来るかな?

「ぐあっ!?」

 私がグズグスしている間に、またレオ君の体に傷が増えた。

 カッ、と頭に血が昇ってきて迷いが吹き飛ぶ。

「アリリアナさん!」
「ええい。無茶し過ぎない感じでよろしく」

 アリリアナさんの風がどこに魔法を放てば良いのかを教えてくれる。

「光よ! 始まりの輝きよ! 闇を払って道を示せ『破邪光』」

 光が悪魔を撃ち抜いた。

 お願い効いて。

 今までの戦闘からシャドーデビルに物理攻撃が殆ど効果がないことは分かってる。ただレオ君の炎や私の雷は若干とはいえ効果があったように見えた。だから光魔法なら逃げる時間を稼げるだけのダメージを期待できるはず……なんだけどもーー

「GAAAAA」

 耳をつんざく絶叫。

「えっ!?」

 な、何か思った以上に効いた? びっくりしたけど。これならもう一回放てば倒せそう。

「ごめんレオ君、退いて!」

 大ダメージを追った魔物の前からレオ君が飛び退く。

 よし。これならアリリアナさんのサポートがなくても当てられる。

「光よ! 始まりの輝きよ! 闇を払って道をーー』

 爆発!

 突然、それはあまりにも突然だった。突然私の腕が……バラバラになって吹き飛んだ。

「……へ? えっ!? あ、あ、うっ……あぁあああああああ!?」

 痛い! 痛い! 痛いよぉ。

 立っていられず地面を転がり回る。脳裏にアリアとお父様、そしてオオルバさんの姿が浮かんだ。

「ちょ、ドロシーさん?」
「おい、大丈夫か? 何があった?」
「う、腕が……」
「腕? 腕って……ちょっ!? その火傷、どうしたの?」

 え? 火傷?

 アリリアナさんの言葉に違和感を覚えて吹き飛んだはずの腕を見てみる。するとーー

 あった。私の腕がちゃんとある。吹き飛んでなかった。

 ただやっぱり無傷ではなくて、指の先から手首の少し上の辺りにかけて皮膚が焼け爛れていた。腕が吹き飛んだと錯覚した激痛はこれが原因だったんだ。

 光魔法。それは聖者にしか許されぬ魔法。

 凡人が選ばれた天才の真似をする。これがその代償なのかな?

 不出来な娘、お前はアリアにはなれん。

 お父様の言葉が蘇る。

 違う。違う。何を考えてるの? 今はそんな事どうでもいいでしょ。今はとにかく二人を、二人を守らなくちゃ。

「ちょっ、ドロシーさん、何する気?」
「ト、トドメを刺さないと」

 あと一撃。それで倒せるのに。倒せるなら本当に腕が吹き飛んでも構わないのに。なのに魔力が足りない。腕が上がらない。ううん。それでも、それでもやるんだ。集まれ、集まれ魔力。

「ま、待ってて……ハァハァ……今私が、た、倒すから」
「タンマ、タンマ。腕もやばいけど、汗もやばい感じだから」
「で、でもーー」

「GEAAAAAA!!」

「うおっ!? 何アイツ急に。何かキレてる感じ?」

 私の魔法で体の大半を失ったシャドーデビルが、足の代わりに両手の鎌で地面を突き刺して体を起こす。そしておぞましい叫びを上げながらこっちにやってくる。

「マジで不死身かよ」
「レオ君、そこ。そこに糸があるから」
「はっ? ……あっ! うぉおおおお!!」

 魔剣が一際激しい炎を生み出して怒れる魔物を吹き飛ばした。そしてーー

 空中でシャドーデビルの体が不自然に前後へと揺れた。

 過たずに落ちてくる巨体。八本もある蜘蛛の足がシャドーデビルに巻き付き、ナイフのような鋭い牙が蜘蛛の糸に掛かった哀れな獲物へと突き刺さる。

「よっしゃ、成功! 今のうちに、ほら退散! 退散!」
「ドロシーさん。走れるか?」
「だ、大丈夫だよ」

 痛い! 腕がちょっと揺れるたびに激痛に脳が焼かれる。残った魔力の全てを『バイタリティアップ』の維持に回すけど、気を抜いたら意識を手放しそう。

「ハァハァ……ご、ごめん。魔法はしばらく打ち止めみたい」
「ドロシーさんはもう十分戦った。後は俺に任せろ。俺がドロシーさんを守る」
「レオ君……」
「え? 私は?」
「お前は馬車馬の如く戦ってくれ」
「何それ? 扱いの差に逆にウケるんですけど。ウケすぎて何か目覚めそう。……いや、目覚めたらやばいわね。そんな訳で優しい言葉の一つでもかけてくれないと後でメルルに苦情入れちゃうぞ」
「無事に戻れたら好きなだけ入れろよ。ほら、走るぞ」

 駆け出す直前、蜘蛛に囚われている悪魔の顔が私を見た。こちらに背を向けている格好だったのに、首の骨なんてないとばかりに頭がクルリと回って。そして、そして口元が裂ける。三日月に。ニタリ、と。

 ああ、それは何ておぞましくて、陰湿で、そして邪悪な笑みなんだろうか。

 肌が泡立つ。体を包んでいた『バイタリティアップ』の魔法が解けかける。そんな私を悪魔は見てる。ニタニタと笑いながら。恐怖が足元から這い上がってくる。蛇のように。悪魔は笑ってる。そして、そして、悪魔の顔に石がぶつけられた。

「へ? えっ!? ア、アリリアナさん?」
「気持ちの悪い顔で私の友達睨むの止めてほしい感じなんですけど。バーカ、バーカ」
「子供か。走れ!」
「はいはい。ほら、ドロシーさん」

 アリリアナさんが私の手を握れば、体を縛っていた恐怖が嘘みたいに消えた。私は走った。残りの力を振り絞って。ただ全力で。チリチリとうなじの辺りに悪魔の視線が纏わりついている。でももう怖くはなかった。

 そして私達はーー
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