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「えっとつまり、そのエルフの人を助けるか、このまますぐに脱出するかで揉めてるの?」
「「そう」」

 息ぴったりな返答。それだけ息が合うのに、なんでここぞという場面で意見が対立しちゃってるんだろ?

「あの魔物のヤバさはドロシーさんも感じ取ったでしょ。確かにエルフは可哀想だと思うけど、ここは撤退一択でしょ」
「だからお前とドロシーさんは先に逃げろって言ってるだろ。多分あの魔物にはこの剣じゃないと対抗できないだろうから、俺が一人で行くのがベストなんだよ」
「そう言われてはいそうですかって行かせられるわけないじゃん」
「何でだよ」
「心配だからでしょうが」
「ありがとよ。でも行くからな」
「そのおめでたい脳天にアリリアナさんの必殺カカト落としを喰らいたいわけ?」
「やってみろよ。華麗にかわしてバックドロップ喰らわしてやるぜ」
「受け身とったるわ」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」

 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人をなんとか引き離す。

「私は落ち着いてるし。冷静じゃない感じなのはそこのちびっ子だし」
「俺は冷静だ。あとチビって言うな、このペチャパイ」

 レオ君まさかの巨乳派!?

 アリリアナさんの胸、どう見ても小さくはないよね。むしろ私の方が……。

「……ドロシーさん? どこ見てんの?」
「え? あっ、ご、ごめんなさい。それよりも、こんな時に喧嘩は止めようよ」
「私だって別に揉めたいわけじゃないけどさ。だからってレオ君一人で行かせられないでしょ」
「それは……うん。そうだよね」

 私もアリリアナさんの意見に賛成。エルフの人は確かに気になるし、助けられるなら助けたい。でもそれよりもレオ君とアリリアナさんを無事にここから脱出させたいって気持ちの方がずっと強い。

 どうしよう? 多分レオ君は私がアリリアナさんの意見を支持しても自分の意見を変えない気がする。そしてレオ君がそんな人だからこそ、私はお父様の元を離れることが出来た。だから人を助けたいっていうレオ君の優しさを否定したくない。したくはないんだけど……ああ、どうしよう?

 危機的状況下で起こる集団の対立と分離については心理学でもよく題材となってたし、結構得意な方だったのに、自分が似たような状況に陥ると全然頭が働いてくれない。

「貴方達の意見は分かりました。私の立場で言えば私には貴方達を無事に返す義務があります」

 腕の調子を確認していたアマギさんがポツリと言った。

「それじゃあ今すぐ帰る感じで」
「待てよ。俺はーー」
「ただし、ここから無事に帰るだけなら貴方達三人だけでも十分に可能だというのが私の見立てです。ですので貴方達が許してくださるのでしたら、私がエルフの救出に向かいます。貴方達は今すぐ王都に戻ってこの手紙をギルドへと届けてください。援軍要請です」

 いつの間に用意したんだろう? それとも最初から準備してあったのかな? アマギさんは封書を取り出すと、それをアリリアナさんに手渡した。

 でもこれって……悪くない提案かも。

 アリリアナさんもそう思ったのか、それほど間をおかずに頷いた。

「りょーかい。あんま時間もなさそうだし、それで行きましょう。レオ君もこれなら文句ない感じでしょ? 上手くいけば皆助かって大団円よ」
「俺はいいが、アンタはそれで大丈夫なのかよ? あれに一人で対抗できるのか?」
「ご心配なく。先程は不意を突かれた上に敵の正体が分からなかったので不覚をとりましたが、正体が分かった今なら時間稼ぎくらいなら出来ます。そうですね。逃げに徹すれば二日くらいなら凌げると思いますよ」

 アマギさん、口とは裏腹に何処となく自信なさそうに見える。同じことを感じたのかな、レオ君が悔しそうに俯いた。

「……悪い。俺がもっと強ければ」
「いえ、ギルドとしましてもここでエルフを助けられるのは悪くない話ですし、本来の役割から考えれば無理を言っているのはこちらですので、どのような結果になろうとも貴方が気にすることはありません」

 どのような結果。その言葉に嫌な想像が浮かんできちゃう。

「なんか色々と不安な感じだけど、一応方針も決まったし、行動に移る感じでオッケー?」
「そうですね。ですがその前にこれを渡しておきましょう」

 アマギさんがアリリアナさんに何か手渡した。あれは……指輪?

「共鳴石で作られたものです。これで私の生存と大まかな位置が分かるでしょう」
「確かに預かりました。あっ、そう言えばこれって、所有者同士が魔力のパスを繋いでいる方が距離が伸びたり精度が増したりする感じじゃなかったっけ? 念のため、血液媒介で魔力のパス繋いどきます?」
「そうですね。ですがその前に一つ確認しておきたいのですが、私の容姿についてどう思いますか?」
「はっ? え? いや、美人……な感じだと思いますけど?」

 メガネ越しにも分かる知的な瞳に、肩の辺りで切りそろえられた艶やかな黒髪。黒を基調とした服装は落ち着いた大人の女性である彼女によく似合っている。

 私もアマギさんは美人だと思うけど、今の質問にどういう意味があるんだろう? 確かに魔力のパスを繋ぐ場合相手への好意がパスの持続時間に関わるっていうデーターはあるけど、今みたいな状況でそこまで本格的なパスを繋ぐ必要はないだろうし。

 私やアリリアナさんが小首を傾げる中、アマギさんは一人満足そうに頷いた。

「よかった。それではパスを繋げさせてもらいます」
「? よく分かんないけど、オッケー。それじゃあーーんんっ!?」

 黒手袋に包まれたアマギさんの手がアリリアナさんの後頭部に回ったかと思ったら、そのまま自分の方に強く引っ張った。それで、それで、二人の顔がくっついちゃった。

「お、おい!?」
「ええっ!?」

 私とレオ君が目を見開く中、クチャリ、クチャリと湿った音が二人のくっついた顔から、っていうかくっついているのは唇なんだけど、から聞こえてくる。

「んんっ!? んっ? んんっ!?」

 アリリアナさんの両手が、どうしたらいいの? これ。って言わんばかりに宙を掻くけど、アマギさんはお構いなしだ。お構いなしに、それこそお互いの鼻が相手の顔で形を変えるくらい強く唇を押し付けちゃってる。更にアマギさんの口が何度も大きく開いてアリリアナさんの唇に色んな角度から吸い付いた。

 えっと、これは、これは……そう、これは体液を用いた魔力交換だ。血液に比べると唾液などの体液では効率が悪くて中々パスが通らないから、普通は恋人同士でもないとまずやらないのに、な、なんで急に? 止めるべきかな? でも相手はギルドの試験官で女性だし、ひょっとしたらこの方法でなければいけない理由があるのかも。

 迷っている内にアリリアナさんの後頭部に回ってない方の手が動き始める。臀部の辺りを。猛禽類の如く突き立てられた五指がローブの厚い生地越しにもお尻の形を鮮明に浮かび上がらせた。

「んんっ!?」

 ビクリ、と電気でも浴びたかのようにアリリアナさんの体が震える。そしてヌチャっと音を立ててようやく二人の唇が離れた。

「ハァハァ……えっ、えーと……どゆこと?」

 リトルデビルの襲撃の時にも冷静さを失ってなかったアリリアナさんが呆然としてる。

 そんなに凄かったのかな? キ、キスってどんな感じなんだろ?

 二人の唇はいまだに唾液でできた透明な橋で繋がっていて、それは重量に引かれてゆっくりと地面に落ちていった。

「すみません。生還率が五割を下回りかねない仕事に単身で挑むのは久しぶりなもので。最後になるかもしれないと思うと少しだけ羽目を外したくなりました」

 呆然としていたアリリアナさんの顔がハッとしたものに変わる。……そうだよね。平気そうに見えるけどアマギさんだってやっぱり怖いんだ。

 普通冒険者がクエストを受けるときはそのクエストに応じた装備や仲間を集めることを欠かさない。もちろんそれでも危険なものは危険だけれども、少なくとも準備の段階では生還できると確信しているからこそ、そのクエストを引き受けるわけだし、そうでないのなら断るのが普通。でも今回のように突発的な事故のようなケースだと当然だけど準備なんてないに等しい。その状況でシャドーデビルという強力無比な魔物を相手に最長二日、傷ついたエルフを連れて逃げ回るのがどれだけ大変なのか、今の私には見当もつかない。想像はできるけど、きっとその想像よりもずっと、ずっと、大変で危険なんだと思う。

 そう考えるとアマギさんの行動の理由はなんとなく分かったし、理解できるけど、キスされたのはアリリアナさんであって、つまりアリリアナさんはどう思ってるんだろ?

「まっ、そういうことなら仕方ない感じ? なんなら景気づけにもう一回してあげよっか?」

 よかった怒ってなさそう。笑いながら唇を突き出して見せるアリリアナさん。多分冗談で言ったんだと思うけど、アマギさんは遠慮なく二度目のキスをした。今度のキスは短かったけど、その代わりキスが終わった後にアマギさんはアリリアナさんの顔を舐めた。それも結構大きくベロリと。これには流石のアリリアナさんも驚いたようでーー

「うひゃ!?」

 と奇声を上げた。

「ありがとうございます。お礼に生きて帰れたら法の許す範囲で貴方のいうことを何でも一つだけ聞いてあげます」

 アマギさんがアリリアナさんから体を離す。直後、私達の周囲で水面で反射する陽光のように銀色の光が瞬いた。

 これは……糸? 私達の周囲をいつの間にか糸が囲っていた。まるで結界のように。全然気付かなかった。

 そして今、その糸がアマギさんの付けている黒い手袋の指先へと巻き取られていく。

「流石に時間をとり過ぎました。私はもう行きます。幸運を。お互い生きてまた会いましょう」

 そしてアマギさんが素早く私達の前から移動する。アリリアナさんは固まったまま動かない。

「おい、大丈夫かよ?」

 レオ君が心配そうに声をかけて、私もそんなレオ君と一緒にアリリアナさんの顔をそぉ~と覗き込んだ。そしたらーー

「わ、悪くないかも」

 アリリアナさんの両目がハートマークになってた。

「ええっ!?」

 って、思ったけど思ってる場合じゃないよね。もうアマギさんはいないんだし、ここでゆっくりしてるわけにはいかない。

「アリリアナさん、しっかり。早く王都に戻らないと」
「はっ!? そ、そうね。よし、二人とも私についてきなさい」
「おう」
「うん」

 私とレオ君は『バイタリティアップ』の魔法を唱えると、アリリアナさんの後に続いて駆け出した。
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