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第165話
しおりを挟む最近のシリルは、不安そうな表情を隠し切れなくなっていた。初めて臨む自然分娩につき、無意識に緊張が高まっていると思われた。しかし、おなかの中で成長した胎児と会うためには、陣痛という必要な試練が待っている。腹部が盛りあがってからきょうまで、およそ58日が経過しており、その間、シリルの体調は腰痛や軽い消化不良ていどで安定していた。
「シリル、気分はどうだ?」
朝起きて体調を気づかうことが日課となっているゼニスは、焚火の灰を片付けながら訊く。シリルは「うっ、く……」と云いながら、起き上がろうとした。
「シリル?」
「ゼニス、おなかが痛い……、」
「どう痛い?」
「痛くなったり、そうじゃなかったり……、あっ、イタイっ!」
シリルは両手でおなかを抱え込むと、前かがみになる。いよいよ陣痛が始まったようで、苦悶の表情を浮かべた。シリルの意思とは関係なく、子宮の筋肉が収縮し、張りや痛みが発生する。ゼニスはシリルの肩を支えながら横たおらせ、膝を立たせて股のあいだを確認した。肛門部から赤い分泌液がトロッと垂れている。いわゆる、これから胎児が外へ進もうとしている報せである。両性具有であるシリルにとって、最初で最後の出産が、今、始まった。
「シリル、ついに産まれてくるぞ。気分が落ちつかなくなるだろうが、持てる力をすべて出し切れよ。」
「う、うん。……あぅっ!? なにこれ、すごく痛い!!」
陣痛とは、胎児を生み出すにあたり必要な過程だが、不規則な痛みが長引く傾向にあり、母体にかかる負担は大きい。体質によっては、あまり痛みを感じない場合もあるが、シリルはひどくつらそうだった。必死に耐えること数時間後、全開大した子宮から胎児の一部が姿をあらわした。
「あーっっっ!!」
「シリル、大丈夫だ。少しずつ出てきた……ぞ……、」
ゼニスはシリルの手を取り寄り添っていたが、子宮底部に胎児の頭がきておらず、体外に出てきた部位は、右足だった。
「……これはまさか、逆子か!?」
「あーっ! あぅーっ!!」
「シリル、舌を咬むな。」
「……っ!! あぅっん!! ぼ、ぼく、こんなにイタイの無理だよぉ!! 助けてゼニスぅ……!!」
「しっかりしろ。無理ではない。出産はおまえにしかできないことだ。挫けてはならん。」
「あーっ!! あーっ!!」
開いた子宮口から逆子がゆっくり落ちてくる。シリルは「はーっ、ひぃーっ!!」と苦しげな呼吸をくり返す。ゼニスが額の汗を手巾で拭くと、「ゼニスぅ、ゼニスぅ!!」と涙をこぼしながら苦痛を訴えた。
「おまえならやれる。もう少しの辛抱だ。」
「ハァ、ハァッ! ……リゼルぅ!! ぼくたちの赤ちゃん……っ、」
逆子を無傷で取り出す医術など、ゼニスは持ち合わせていない。いきむシリルの体力と気力は限界に近づいていたが、股のあいだから見える胎児は、まだ下肢部分で止まっていた。臍帯により胎児への必要な酸素は取り込まれているため、慌てるような段階ではないはずだ。そう考えたい。だが、シリルは今にも気絶しそうな顔をして、ぐったりする。
「ゼニス……、ぼく……ぼく……、」
「しゃべらなくていい。ゆっくり呼吸しながら、すべてのことを前向きに考えろ。」
ゼニスにできることは少ない。シリルが破水をしてから、すでに6時間が経過していた。
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