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第166話〈リゼルのために〉
しおりを挟む「あぁぁぁーっ!!」
「シリル、落ちつけ。」
「いやぁっ!! いやぁーーーっ!!」
「リシルド、自分を信じろ。」
シリルが生み出そうとする逆子の胎児は、〈リゼル〉という名前が決まっていた。分娩遷延とまではいかないが、あきらかに難産である。シリルは激しい痛みに耐えきれず、鋭どい爪を腹に立てようとするため、ゼニスが手頸を掴んで制したが、顎に頭突きを喰らった。
「いやーっ、ゼニスぅ! ごめんなさぁい!!」
「謝らなくていい。おまえは頑張るしかないんだ。」
「あぅ~っ!! あぁ~っ!!」
シリルの顔は汗と涙で汚れていたが、両脚をバタバタさせるため、ゼニスは両腕を使って押さえた。
「あと少しだ。……リゼル、頼むから出てこい。シリルを解放してくれ。」
頭部がなかなか降りてこないため、シリルの精神状態も不安定になりつつあった。無理やり取り出したい衝動に駆られたが、胎児が骨折するおそれがあり、なるべくならば、手を出さずに見まもりたい。
「ハァッハァッ……、ゼニス……、どこ……、」
「ここにいる。」
「うぅっ、ゼニスぅ……!! ゼニスぅ……!!」
シリルは精一杯に尽くしていたが、視界からゼニスの姿が見えなくなると、心細く感じるようだ。切なく響く声が、ゼニスの気持ちを揺さぶった。
「……おそらく、9時間だ。それくらいの時間が、すでに経過している。腹の子に、何らかの危険が迫っている可能性も考えなきゃならん。……こうなったら、少し手を加えるしかない。」
「……ゼ、ゼニス? どうする気なの?」
「引っ張りだす。頭部さえ抜ければ、産まれたも同然だ。」
「そんなこと、できるの……?」
「どうかな、わからない。だが、おまえが苦しむところを、これ以上は見ていられなくなった。」
云いながら、ゼニスは袖を捲り、アルコール度数の高い酒で両手を消毒する。
「いいな? リゼルを引っ張りだすぞ。……恐いか?」
「す、少しだけ……。でも、ぼくはゼニスを信じてるから……。お願い……。」
「ああ。産声をふたりで聞こう。」
「う、うん……!」
シリルの股のあいだへ移動したゼニスは、胴体部分まで見えている胎児へ軽く触れた。薄い膜のようなものに包まれていたが、指先から体温が伝導わってくる。リゼルは、ちゃんと生きている、
「よし。いくぞ。」
シリルがいきむタイミングに合わせ、胎児を全体的に引っ張った。すると、頭部が産道を通過した瞬間、シリルは悲鳴をあげた。
「うあぁーっ!!」
「ピギャーッ!!」
「リゼル、おまえは!?」
三者の声が同時に入り交じる。薄い膜を破り、ついに全貌をあらわしたリゼルは「キューン、キューン」と鳴きながら、シリルの胴体をよじ登り、乳房へ吸いついた。
「ハァッ、ハァッ、リ……リゼル……、ぼくの赤ちゃん……!!」
気力を使い果たしたシリルは瞼をとじているため、まだ気がつかない。ゼニスの藍色の眼には、頭の左右に獣耳を生やす赤子が映り込んでいた。それ以外は獣人と変わらない容姿をしていたが、人間と両性具有とのあいだに誕生したリゼルは、ヒト科に属するものの、いわゆる、半獣のような見た目をしていた。
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