72 / 131
072 比江島氏の遺言状③
しおりを挟む
丁寧な物腰だが、わりに押しが強い。和志氏としてはきっちりと兄の弔いをして、相続の件も遺恨なく進めて行きたいのだろう。
「お気持ちはよく分かりました。ですが我々はあくまでもお兄様方によくご利用いただいた施設の職員であり、お客様とそれほど懇意にしていたわけではありませんが······」
「それでも、兄の交友関係など分かる範囲でお聞かせいただけると嬉しいのですが。こうしてみると、疎遠にしていたことが悔やまれて······、八頭さんのお身内の連絡先も分かりませんし。
刑事さん、犯人の目処はまだ立っていないのですか? 独身の兄が清廉な生活をしていたとはよもや思っておりませんが、それでも周りを明るくするような兄でした。······あんな風に殺されるような恨みを買うなど信じたくもないのです」
そう言われても困ってしまう。辻堂刑事に顔を向けると、仕方ないとばかりに少しだけ回答してくれた。
「お兄様は、たしかに八頭早苗さんとお付き合いをされていたようです。それがどこまでのものだったかはまだ調査中ですが、よくこちらの資料館で映画を見たり、彼女の家にも行っていたようです。お兄様はリウマチを患っておられましたね? その薬――注射器が八頭早苗さんの家の冷蔵庫にも入っていましたので、それだけ信頼を寄せていたのかもしれません。
それから、お兄様は有名な映画コレクターでしたので、八頭さんの他にもコレクターの方々と交流があったようです。お兄様がお亡くなりになっていた家の佐山義之さんだとか川真田猛さん、ニッコー門木さん、他に映画古書専門店のヨシイ古書店にも足繁く通っておられたと。映画資料館さんの他にも多くの映画館にも行かれていたでしょうし、お付き合いは色々とあったでしょうが、自宅に人は入れたがらず、深く付き合う人は限られていたようですよ」
佐山氏の名前が出た途端、和志氏の顔色が変わる。
「ちょっと待って下さい。兄が佐山さんという方の家で亡くなっていたとは聞いていましたが、佐山義之さん、ですか? 記憶違いでなければその方はもっと都心に住んでおられたのでは?」
「本邸はそうですが、お兄様が倒れていたのは彼の別邸です。失礼ですが佐山さんとお付き合いがあったのですか?」
辻堂刑事の問いに、和志氏は少しだけ逡巡した後に口を開いた。
「······実は、佐山義之氏には死別した妻がいるのです。佐山真奈美。彼女は我々の亡母の妹で、佐山氏との間に娘を二人もうけたのち精神を病んで亡くなりました」
「お気持ちはよく分かりました。ですが我々はあくまでもお兄様方によくご利用いただいた施設の職員であり、お客様とそれほど懇意にしていたわけではありませんが······」
「それでも、兄の交友関係など分かる範囲でお聞かせいただけると嬉しいのですが。こうしてみると、疎遠にしていたことが悔やまれて······、八頭さんのお身内の連絡先も分かりませんし。
刑事さん、犯人の目処はまだ立っていないのですか? 独身の兄が清廉な生活をしていたとはよもや思っておりませんが、それでも周りを明るくするような兄でした。······あんな風に殺されるような恨みを買うなど信じたくもないのです」
そう言われても困ってしまう。辻堂刑事に顔を向けると、仕方ないとばかりに少しだけ回答してくれた。
「お兄様は、たしかに八頭早苗さんとお付き合いをされていたようです。それがどこまでのものだったかはまだ調査中ですが、よくこちらの資料館で映画を見たり、彼女の家にも行っていたようです。お兄様はリウマチを患っておられましたね? その薬――注射器が八頭早苗さんの家の冷蔵庫にも入っていましたので、それだけ信頼を寄せていたのかもしれません。
それから、お兄様は有名な映画コレクターでしたので、八頭さんの他にもコレクターの方々と交流があったようです。お兄様がお亡くなりになっていた家の佐山義之さんだとか川真田猛さん、ニッコー門木さん、他に映画古書専門店のヨシイ古書店にも足繁く通っておられたと。映画資料館さんの他にも多くの映画館にも行かれていたでしょうし、お付き合いは色々とあったでしょうが、自宅に人は入れたがらず、深く付き合う人は限られていたようですよ」
佐山氏の名前が出た途端、和志氏の顔色が変わる。
「ちょっと待って下さい。兄が佐山さんという方の家で亡くなっていたとは聞いていましたが、佐山義之さん、ですか? 記憶違いでなければその方はもっと都心に住んでおられたのでは?」
「本邸はそうですが、お兄様が倒れていたのは彼の別邸です。失礼ですが佐山さんとお付き合いがあったのですか?」
辻堂刑事の問いに、和志氏は少しだけ逡巡した後に口を開いた。
「······実は、佐山義之氏には死別した妻がいるのです。佐山真奈美。彼女は我々の亡母の妹で、佐山氏との間に娘を二人もうけたのち精神を病んで亡くなりました」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる