【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

文字の大きさ
上 下
123 / 123

エピローグ

しおりを挟む
 とある休日の昼下がり。街の中は人でごった返し、所狭しと並ぶ露店からは活気溢れる呼び込みの声が四方八方から聞こえ、行き交う人々が楽し気な声を上げていた。

「今日は鶏が安いよー! 見ていっておくれ!」
「今朝採れた新鮮な果物はどうだい! 今ならオマケもつくぞー!」

 マントのフードを目深く被った春輝が、呼び込みで集まった人々の合間を器用に縫いながら歩みを進めていく。
 旅人が多いこの街の人は、フードを目深く被り容貌が見えない男にも寛容だ。

「そこのお兄さん、昼に厚切り肉はどうだい!」
「いやいや、うちの串焼き肉にしなよお兄さん!」

 呼び込む店主達をそつなく躱しながら歩みを進めていけば、広場にたどり着いた。
 広場には座り込み買った物を食べる人や、駆け回る子供達の姿がある。その奥側には木でできた長椅子が並べられていて、空いてある席はないほどだった。
 前方にある舞台には幕が下ろされ、皆が今か今かと開演を待っている。春輝も立ち見客達の間にスルリと収まると

「さぁさぁ皆々様、ようこそお越しくださいました! 本日の演目は、皆様方ご存じのお話だ!」

 客を煽る口上が終われば、しゃらりと音が流される。それに合わせて脇に控えている楽器を持った奏者達が太鼓を鳴らし笛を吹けば、幕がゆっくりと開いた。
 劇の話はこうだ。
 かつて勇者として異世界から召喚された幼き兄と妹が、力を合わせて暴虐の限りを尽くす虫の王を倒すと言うもの。
 力が足りない二人は、ドラゴンに力を貸してくれるように頼み、二体のドラゴンが彼らに力を貸し、見事に虫の王を打倒し世界に平和をもたらした。

「ドラゴンの名前を知っている子はいるかな?」
「はいはい! ガベルトゥス様とトビアス様!」
「では勇敢な者の名前は?」
「ハルキ様とイチカ様よ!」

 正しく答えられた子供達に、その役を演じている役者が菓子を配る。その菓子に春輝は見覚えがあった。

 劇が終われば拍手の嵐だ。帽子を逆さにした入れ物には次々にコインが投げられ、直ぐに金色の山を築いた。

「空を見てみろ! トビアス様だ!」

 誰かが発したその声に、周りの人々が一斉に空を見た。見上げた先には、青空の中を然と飛ぶドラゴンの姿をしたトビアスだった。
 広場にいる人々や、露店に並ぶ人々もトビアスの姿を一目見ようと空を眺める。静かな熱気が漂う中、春輝の背後で砂利を踏む音が近づいてくるのに気が付く。

「勝手に出歩くんじゃない。心配するだろうが」
「別にいいだろうが」
「良くない。何度言ったら分かる」

 呆れたように言うガベルトゥスに勢いよく腰を抱き寄せられ、春輝は崩したバランスのせいでうさぎのぬいぐるみを石畳の上に落としてしまう。

「兄ちゃんもイチカ様が好きなの?」

 近くにいた少年が、春輝の落としたぬいぐるみをみて無邪気に問いかけてくる。

「……あぁ、大好きだよ」

 優し気に微笑んだ春輝に対し、満面の笑みを浮かべ俺も! と元気よく答える少年を背に、ガベルトゥスに促されるまま春輝は再び人ごみの中を歩く。

「任せるとは言ったけど、ここまでやれとは言ってない」
「お前がなかなか目覚めないのが悪いと思うんだがなぁ」

 先ほどまでの表情を引き下げ、春輝は不機嫌そうに眉を寄せる。
 ジェンツとの戦いの後、ガベルトゥスに後を任せて眠りについた春輝が目を覚ましたのは百五十年後だった。
 核や妖精の粉、そしてドラゴンへと短期間で様々な影響を受けた春輝の体は限界を超えており、回復までにそれほどまでに時間が掛かってしまったのだ。
 その間にオーグリエ王国は跡形もなく消失し、近隣諸国もまた消え去った。残ったのはかつてオーグリエ王国の王都であった城壁のみ。
 精霊族を滅ぼした後、魔族をも滅ぼしたガベルトゥスとトビアスであったが、なかなか目を覚まさない春輝を守りながら、人間達が再び国を興すのを王都の跡地をねぐらとしながら見ていた。王都だった場所の周辺は今では深い森となっている。

 人間も全て滅ぼすつもりであったガベルトゥスだが、全てを壊しても面白みがないと思い至り、ジェンツがしたように自分達をいい様に人間達にすり込もうと考えついたのだ。
 その結果が先程まで春輝が見ていた劇である。かつて勇者と言われた春輝やガベルトゥス、そしてトビアスやいちかまで、今の人々には神のような存在として知れ渡っていた。
 初めて見聞きした時はあまりの衝撃で眩暈を覚えたが、今ではその劇がやる度に人間の街へと足を運ぶのが春輝の楽しみの一つとなっていた。
 自分のことを称えられるのはどうにも落ち着かないが、いちかがそういった目で見られることに春輝は満足していた。
 重度のシスコンぶりは、長い時を経ても変わらない。

「機嫌を直せハルキ。ほらこれを食べるだろう?」

 口元に押し付けられた菓子に呆れながらも口を開けば、途端に懐かしい味が口内に広がった。
 かつていちかが春輝に渡した菓子を、ガベルトゥスは春輝が起きるまでの間に人間達に作らせていたのだ。
 その気遣いにジワリと心が温かくなる。菓子には二つの大事な思い出ができたのだった。

 春輝の機嫌が直ったことを確認したガベルトゥスは、人通りがない路地裏に入るとドラゴンの姿になって空を目指した。
 ごつごつし鋭い爪が剥き出しの大きな手の中には、大事そうに春輝を乗せている。

「見てみろ、今日はガベルトゥス様とハルキ様も居られるぞ!」

 遥か彼方の地まで届きそうな咆哮を上げた二匹のドラゴン。人々は上空を見上げ、空を自由に飛ぶ春輝達に向かい笑顔で手を振る。
 そんな平和な光景は、時折陰りながらもドラゴンが全て死に絶えるまで続くのだった。











*ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
いかがだったでしょか?
本格的なファンタジーは初めてだったので、生みの苦しみと楽しさとで風呂敷を広げ過ぎて回収しきれなかった部分もあったり、拙い部分も多々あるのですが、無事に完結することができました!
少しでも楽しんで頂けていたら嬉しいです。
落ち着いたら番外編も書けたらいいな……

そして、現在アンダルシュにて書籍化進行中の「運命に抗え」も是非読んでいただけると幸いです。
新作の公開や、書籍の情報などはツイッター(@seki_takachika)で確認していただければと思います。

感想等もお待ちしてます!
それでは、また別の作品でお会いできますように。
ありがとうございました!
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(24件)

くだぎつね
2023.01.14 くだぎつね

完結おめでとうございます。それにしても妖精族の気持ち悪さと言ったらブルブル恐いわ~。最後までシスコンのハルキでしたが、失った本物のイチカをちゃんと良い記憶として持ち続けて二体のドラゴンと共に生きて行くことができて良かったです。タイトルの『かつて』の深い意味がちゃんと回収されていましたね。戦闘シーンも主人公達だけに都合よく進むこともなくハラハラドキドキでした。番外編も楽しみにしています。




関鷹親
2023.01.14 関鷹親

妖精の気持ち悪さが伝わったならなによりですよ!✨
タイトルも無事に回収できました!戦闘シーンが思ったより長引いてしまったんですが、ハラハラドキドキ感を味わって頂けたなら書いた甲斐がありました!😆
番外編は幸せな感じで書けたらいいなぁ……と考えてます!
最後までお付き合い&沢山の感想ありがとうございましたー!✨

解除
しぐれ煮
2023.01.14 しぐれ煮

完結おめでとうございます!
最後までハラハラドキドキといった感じで、エピローグの平穏に色々な思いが込み上げてきました。この作品のメインは春輝とガベルトゥスでしたが、一人ひとりが魅力的で深みをもたらす要素だったように感じます。
特にいちかの存在は、最後の最後まで春輝の感情の揺れ動きを上手く私達読者に伝えてくれたなと……エピローグ含め、とても感動しました。いちかの存在そのものや、いちかを取り巻く要素(お菓子やぬいぐるみなど)が、本当に素晴らしい塩梅で物語を運んでいたのだなと、エピローグを読んでより感じました。
番外編、あるのかしらと楽しみにお待ちしております。作者様におかれましては、ご無理はなさらずお体にお気をつけくださいませ。一先ず本編完結、お疲れ様でした!

関鷹親
2023.01.14 関鷹親

いちかがかなり鍵?になっているので、色々散らばせていたのが伝わっていて嬉しいです!
他のキャラ達も魅力的と言っていただけるのも嬉しい✨
少し時間を置いてから番外編を書けたらいいなと思うので、その際はまた読んでいただけると有難いですー!😆

解除
霊鷲山
2023.01.14 霊鷲山

大好きな作品、そしてガベルトゥスの大ファンでした!爽快なラストに感動しつつも、もっと読んでいたかったような・・・。連載お疲れ様でした。いっぱい楽しませてもらいました。そして素敵な物語を紡いでくださり、ありがとうございました。

関鷹親
2023.01.14 関鷹親

大好きな作品、ガベルトゥスのファンと言っていただけてとっても嬉しいです!
ラストはどうしようずっと悩みながら書いていたので、いい感じに落ち着けました。
感動していただけたならなによりです。
読んで頂きありがとうございましたー!!😆

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

できそこないの幸せ

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:210

嘘の日の誤解を正してはいけない

BL / 連載中 24h.ポイント:3,077pt お気に入り:271

十年先まで待ってて

BL / 連載中 24h.ポイント:1,341pt お気に入り:4,407

オメガの復讐

BL / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:315

【本編完結】偽物の番

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:893

教授と助手の楽しい性活

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:195

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。