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122 金の虫

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 魔力を予想以上に吸い取られた春輝は、少しの気怠さを覚えながら立ち上がった。部屋の外からは絶えず爆音が響き渡り、春輝達が居る建物を揺らす。
 地響きのように縦に揺れるせいか、天井からはパラパラと砂埃が落ち頭を汚した。

「春輝、羽を出せ。切られたままだろう」

 すっかりと忘れていた怪我を思い出した春輝は、言われるがまま羽を出す。切られた場所は夥しい量の血が流れ濡れていた。
痛くは無いのかとガベルトゥスに聞かれるが、アドレナリンが大量に出ているのか怪我の具合とは不釣り合いな軽い痛みが走るだけだ。

「舌を噛むんじゃないぞ」

 何をするのかとガベルトゥスを見上げれば、間髪入れずに傷口を炎で焼かれる。焼ける痛みが本来の痛みを上回り、視界が一瞬白く染まった。
 思わず開いた口元にガベルトゥスの腕が押し付けられると、春輝は痛みを耐えるように噛みつき、絶叫しそうな声を抑える。
 歯が深く突き刺さったガベルトゥスの腕からは、だらだらと紫の血が流れ落ちていく。
 肉が焼ける不快な匂いが漂う中、肩を上下させながら暫くして痛みに慣れた春輝は腕から口を離した。

「焼くなら、そういえクソ親父」
「こういう時は不意打ちでやった方がいいんだよ」

 春輝の口回りにべっとりとついた紫の血をべろりと舐め上げながら、ガベルトゥスは悪びれもなく笑う。
 呆れながらも死の淵に立っていた様子から一転、いつものようなやり取りができることに春輝はほっとしていた。

 外に出れば、辺りには煙が分厚く立ち込めていて視界が悪い。炎による煙と、精霊族がばら撒いた妖精の粉のせいだろう。
 空気を吸い込まないようにしながら春輝が頭上を見上げれば、灰色と緑が混ざった煙の先で、トビアスがジェンツを相手に奮闘していた。
 空の上で激しく繰り広げられる攻防戦は、ファンタジー映画そのものだ。
 かつての大戦を生き延びたジェンツは、怯え戦力が下がる他の精霊族とは違い、ドラゴンの姿のトビアスを前にしても怯む様子を見せはしない。

「行くぞハルキ」

 自力で飛行できない春輝の腰に手を回したガベルトゥスが、上空へ向けて手を翳しタイミングを計る。
 トビアスが放ったブレスの軌道上、ジェンツが避けるであろう進路へ向けてガベルトゥスが煌めく閃光を放った。
 地上から放たれた圧縮された雷撃は、分厚い煙の壁に穴を開けると半身を捻りトビアスの攻撃を躱したジェンツの腕を切り裂く。

「がっあ゛ぁ!」

 驚愕と痛みに動きが止まったジェンツの隙をトビアスが見逃すはずがなく、間髪入れず大口を開けジェンツに噛みつき引きちぎった。
 痛みに耐えながらも迫りくるトビアスをとっさに避けたジェンツだったが、逃げ遅れた無傷の腕はその鋭い牙の餌食だ。

「無様だなぁ、虫野郎」

 翼を広げ上空へと春輝と共に上ったガベルトゥスが、余裕の笑みを浮かべてジェンツに対峙する。春輝はそのままトビアスの背に下されると、労うように固くつるりとしたトビアスの鱗を撫でた。

「貴様っまだ生きて!」

 肩口まで食いちぎられた腕と、縦に裂けてだらりとぶら下がるだけの飾りとなったジェンツの腕からは夥しく緑色の血が流れだしている。

「そんな不気味なもの食べるなトビアス」

 トビアスの口にぶら下がったままのジェンツの腕を見て春輝が眉を顰めれば、その腕を吐き出しブレスで念入りに残りかすすら残さず燃やしてしまった。
 それを見たジェンツは忌々し気に春輝達を睨みつけるが、動こうにも動けないと言った様子だ。

「俺達をあまり舐めてくれるなよ、虫野郎」

 そんなジェンツを見ながら凶悪な笑みを浮かべたガベルトゥスは、指の先からめきめきとドラゴンへと姿を変えていく。
 薄暗い中でも目立つ深紅に艶めく雄々しい姿に春輝は目を細め、どこかうっとりとその大きな姿を眺めた。

「忌々しい魔族めが!!」

 叫ぶようにして吠えたジェンツが一気に魔力を勢いよく四方八方へと放出する。炸裂した光の洪水に目の奥が焼かれそうなほど眩しかった。
思わず目を閉じ腕で目元を抑えていれば、ガサガサと無数の羽音が聞こえてくる。
 どこに隠れていたのか、空を埋め尽くすほどの圧倒的な数となって妖精がジェンツの元へ集まって来たのだ。

「害虫並みのしぶとさだな」

 漏らされた春輝の言葉に同意するようにトビアスはクルルと喉を鳴らす。

『大半は元からの妖精だろうが、新種も紛れているだろう。魔力を食われないように気をつけろ!!』

 ガベルトゥスが念話してきたのとほぼ同時。黒い塊に見える妖精の大群が、春輝達に襲いかかってきた。
 視界を埋め尽くすほどの妖精の姿形は緑に発光するゴキブリだ。だがそれがイナゴの群れのようにしぶとく春輝達へ纏わりついてくる。

「よくもまぁこれだけ隠してたな」

 速度を増して飛ぶトビアスの背で、春輝はまるでコバエのように周りを飛びかい、隙あらば体に張りつこうとする妖精達を振り払う。

「かつての大戦時より数が多い。彼らも無駄に長生きしていなかったと言うことですね」

 轟音と共に吐き出されるトビアスのブレスにより、妖精達は灰すら残らず消えていく。
 ブレスを吐けるまでの魔力が残っていない春輝も同様に炎で妖精達を焼き払っていくが、余りの数の多さに減っているのか疑問が湧くほどだった。

 魚群のように固まって攻撃してきては分散し、春輝達を翻弄する妖精達。ガベルトゥスもまた妖精達を振り払いながら逃げるジェンツを追い立てていく。
 ブレスで辺りに固まった妖精を焼いたガベルトゥスは、ジェンツを噛み殺そうと炎の中から大口を開けて姿を現した。

「間抜けなトカゲめがっ!」

 ガベルトゥスの牙がジェンツを捉えるその瞬間、その姿を無数の妖精へと変えた。一瞬にして他の妖精の群れへと紛れていく。
 ジェンツの姿を完全に見失ったガベルトゥスは、怒りのブレスを辺りに吐き散らすが燃えカスとして落ちていくのは妖精のみ。

「虫野郎が姿をくらました」
「ガイル、どういうことだ」
「どうやら虫の王様は妖精に姿を変えられるらしい。あの群れのどこかにいるんだろうが……」
「なるほど、それで先の大戦を生き延びていたのですね。となるとあの大群を全部焼き払わねば」

 再び視界を埋め尽くさんばかりに広まった妖精の群れの中、二体のドラゴンがブレスを使い追い込み漁のように追い込み焼いていく。
 春輝もトビアスの背から炎で焼いていけば、どこからともなく妖精の粉の香りが強く臭ってきた。

「くっ!!」

 ガンガンと痛みだした頭を抱え蹲る。体を支えていることすらできなくなった春輝は、トビアスの背から体を大きく傾け上空へと投げ出されてしまう。
 乱戦の中のトビアスは春輝が落ちたことに気が付かず、それはガベルトゥスも同じだった。粉の影響で魔力が揺らぎ、念話を二人に飛ばせない。
 落下する中、一匹の金に輝く妖精が春輝の眼前に現れる。その妖精の周りに更に妖精が集まり、徐々にジェンツの姿を形作っていく。

「まったく、手こずらせてくれますねぇ」

 顔中を妖精が這いまわるジェンツに体を拘束されれば、肌が皮膚の下から粟立つ。上手く操れない魔力を必死に巡らせれば、漸く細い糸を掴むように念話を飛ばすことができた。

「貴方には失望しました。折角最高の精霊が生み出せると思っていたのに。内側から食らって生きながらゆっくり殺して、死んでも更に殺さねばこの恨みは晴らせないでしょう」

 ざわりと笑うように揺れたジェンツを形作る妖精が、一気に春輝に襲い掛かった。
 刹那、上空から春輝目掛けて二つの混じり合ったブレスが雲間を貫き到達する。
 瞬時に焼き払われる妖精達の中、再び逃げようとする金色の虫を魔力を捻りだし強化した片手で捕まえた春輝は、最後の力を振り絞り自身の手諸共ジェンツの本体を焼ききった。

「ハルキっ」

 落ち続ける春輝の体を高速で飛んできたガベルトゥスが抱き支える。漸く落下を止めた春輝は、人の姿に戻ったガベルトゥスの腕の中で顔面を蒼白にさせ荒い呼吸を繰り返していた。

「まったく無茶をする。俺に一人にするな、死ぬなと言いながらお前は……」
「仕方ないだろう、これしか思いつかなかったんだ」

 力なく口端だけを微妙に上げて笑う春輝に、言葉を飲み込んだガベルトゥスがゆっくりと唇を合わせてくる。じわりと広がるガベルトゥスの魔力が春輝の体を満たしていった。

「さっきとは真逆だな」

 二人で分け合う魔力は絡まり、まるでお互いを縛るようで酷く心地がいい。
 片翼が絶たれ片手も無くした春輝の体力は乏しく低下していて、魔力を補っても体を動かせそうになく、ぐったりとした体を全てガベルトゥスに預けた。

「あとは任せる」
「任されよう。お前は一眠りしておけ、ハルキ」

 目の上をさらりと優しく撫でられ、春輝は促されるままに瞳を閉じる。
 ガベルトゥスの腕の中は温かい。元いた世界でもこれほどまで身の内を曝け出し、安心して全てを委ねることができる存在はいなかった。
 いつも護る側であった春輝だが、ガベルトゥスだけは護られる側にもなれる。
 厄介な敵を倒した今は、ただただ全てを預けて眠りにつける幸福を噛み締めながら、春輝は深い眠りについた。










*0時に最終話が上がります。
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