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09 外
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春輝は荷車に揺られながら道なき道を進んでいた。王都を出てから暫くはある程度の大きさの街や村があったのだが、それも過ぎれば雄大な景色が続くだけだった。
遠くに見える巨大な山々、整地されていない凸凹とした道、背の高い木々に遠くから度々聞こえてくる魔獣の声。夜は澄み切った空気と落ちてきそうなほどに頭上に輝く星々に、朝焼けは景色の雄大さに拍車をかける。
これがただの観光であるならば、景色に没頭してその美しい景色を心行くまで堪能できただろう。しかし今の春輝にはそんな心の余裕はどこにもない。
総勢二五〇人の隊列は圧巻だ。ぞろぞろと騎士の列が進む中、仮眠から薄っすらと目を開けた春輝は荷車の周りを歩く騎士達が、ぼそぼそと春輝の悪口を言っているのを耳にした。
力が発現してから数日は鍛錬を行うようにトビアスに言われたが、聖剣を抜けば力が自ずと出て体は勝手に動く。そのため特段鍛錬など春輝には必要なかった。
勇者としては申し分ない力が備わっていたが、魔王を討伐しに行くに辺り問題が一つだけあった。
この世界には科学と言う概念がなく、元の世界のように自動車や電車などと言った便利な物があるわけではないということだ。移動手段と言えば馬か馬車でしかない。
魔王討伐の遠征をするにあたり、馬に乗れないというのは論外だったのだ。
ひと月の間に春輝はなんとか長時間馬に乗れるようにはなったが、それでも体が辛くないわけではない。
遠征の道中、ときおり休憩を挟みはするが、一日中馬に揺られているというのは慣れない春輝にとってなかなかに辛いものがある。それが連日ともなれば春輝の疲労はすぐに限界を超えた。
慣れない移動に加え、春輝は悪夢のせいで夜間しっかりと寝ることもできない。そんな状態で体力が回復することなど不可能だった。
春輝の異変にいち早く気が付いたトビアスは勇者が消耗したら困ると周りに言い、春輝をできる限り物資を運ぶ荷車に乗せ移動するようにした。
だがそんな春輝を目にした周りの騎士達はやはりいい顔はしない。勇者だからと楽をしているようにしか見えなかったのだ。
ひそひそと囁かれる声に心底うんざりしながらも、春輝は荷車の上で積まれた箱や袋の間に挟まり再び目を閉じる。まともに寝られる貴重な時間を無駄にはしたくなかった。
日が傾き始まる少し前には隊列が止まり、野営の準備が始まる。キャンプなどの経験も無い春輝にとっては野営も初めての体験だった。
野営慣れしている騎士達のお陰か、以外にも外での寝食は快適だった。振舞われる料理は王宮で食べていた物とは比べ物にならないくらい質素だが、堅苦しいマナーに縛られながら食べるよりよほどお美味しく感じていた。
割り当てられたテントに入り、布団にくるまる。昼にも寝てはいるが、疲れている体はいくらでも寝れてしまうのだ。
悪夢を見るとわかっているので夜はできるだけ寝たくはなかったが、日中はある程度起きて馬に跨り移動をしなければならない。それを考えるとどうしても完全な昼夜逆転の生活にはできなかった。
ストンと気絶するように意識を落とした春輝は、毎日のように見る悪夢を見始める。ねっとりと絡みつき、気持ちの悪い物から必死で逃げ続けるのだ。
いつも意識を覚醒させてくれる声は、夢を見始めてからすぐに聞こえてくることもあれば、朝日が昇るギリギリで聞こえてくることもある。
なるべくなら早く聞こえてくてくれと、春輝は密かに祈るようになっていた。いつしか正体がわからぬその声に親しみを覚えてしまっている。
だが春輝が祈ったところで、声がその願いを聞き届けすぐに春輝を起こしてくれるわけではないのだが。
『今日は早く起きたほうがいいぞ勇者』
夢の中で息も絶え絶えに走っていれば、いつもとは違う警告のような言葉を発する声が聞こえてきた。促されるまま目覚めてすぐに春輝は違和感を覚えた。
一体どうなってるんだとまだ起き切らない頭で辺りを見渡せば、薄っすらと灯るランプの光のおかげで騎士が数人テントの中にいるのが見えた。
「あちゃ、先輩起きちゃいましたよ」
「薬が足りなかったか? 仕方ないな、お前暴れないようにしっかり押さえとけよ」
にやつく騎士が一人近づいてくると、春輝が動けないように肩に体重を掛けてくる。がむしゃらに春輝が抵抗するも、鍛え上げられた肉体を持つ騎士相手にはびくともしなかった。
頭を動かし聖剣を探すが、枕元に置いてあるはずの剣はそこにはない。アレさえあれば力を使ってこんな騎士達を切り捨てられるのにと、春輝は置く場を噛みしめる。
「勇者様は聖剣が無ければ力が使えないくせに、ふんぞり返って腹が立つ。ははっ探しても無駄だよ、あの剣はこのテントから運び出した」
「いやぁ生意気だけど顔だけは本当にいいよな。快楽堕ちさせちゃったら俺ら勇者飼えちゃうんじゃないか?」
「勇者を飼うとか面白いな。まぁそれで魔王の討伐できなくなっても困るけど」
「そうしたらまたオーグリエ王国が別の勇者呼びますって」
品のない声で笑う騎士達がなにをしようとしているのか。答えは一つしかなかった。
「くそったれ」
春輝は目の前にいる男の股間を思い切り蹴り上げる。いくら鍛えた屈強な騎士であろうとも、急所への攻撃によるダメージは相当なものだ。痛みに顔を歪め前かがみになった騎士はちっと舌打ちし、春輝の顔を思い切り殴りつけた。
「先輩、顔はまずいですって。バレたらどうするんですか」
「それぐらいなら治癒魔法で簡単に治せるだろうが」
「ははは! そんなことに貴重な治癒魔法を使ってくれますかね?」
「勇者はどうせ特別枠だろう」
止めに入った方はそれもそうかと、変な納得をしてすぐさま引き下がる。今度は春輝が舌打ちしそうになった。
騎士達に良く思われていないなどわかりきっていたが、まさかこんなことを仕出かしてくるとは夢にも思わなかった。
悪夢のさなか聞こえてくる声で起きていなければ、眠ったままこの男達に好きなように犯されていたかもしれない。そう考えてしまい全身から血の気が引くと同時に吐き気がする。
「……っトビアス!! トビアス来てくれ!!」
唯一この状況から助けてくれそうな男の名前を命一杯叫ぶが、すぐに大きな手で口を塞がれ声を上げることもままならない。
このままではまずいと抵抗するも、騎士達に適うわけがない。聖剣を抜かなければ春輝はただの非力な人でしかなかった。
遠くに見える巨大な山々、整地されていない凸凹とした道、背の高い木々に遠くから度々聞こえてくる魔獣の声。夜は澄み切った空気と落ちてきそうなほどに頭上に輝く星々に、朝焼けは景色の雄大さに拍車をかける。
これがただの観光であるならば、景色に没頭してその美しい景色を心行くまで堪能できただろう。しかし今の春輝にはそんな心の余裕はどこにもない。
総勢二五〇人の隊列は圧巻だ。ぞろぞろと騎士の列が進む中、仮眠から薄っすらと目を開けた春輝は荷車の周りを歩く騎士達が、ぼそぼそと春輝の悪口を言っているのを耳にした。
力が発現してから数日は鍛錬を行うようにトビアスに言われたが、聖剣を抜けば力が自ずと出て体は勝手に動く。そのため特段鍛錬など春輝には必要なかった。
勇者としては申し分ない力が備わっていたが、魔王を討伐しに行くに辺り問題が一つだけあった。
この世界には科学と言う概念がなく、元の世界のように自動車や電車などと言った便利な物があるわけではないということだ。移動手段と言えば馬か馬車でしかない。
魔王討伐の遠征をするにあたり、馬に乗れないというのは論外だったのだ。
ひと月の間に春輝はなんとか長時間馬に乗れるようにはなったが、それでも体が辛くないわけではない。
遠征の道中、ときおり休憩を挟みはするが、一日中馬に揺られているというのは慣れない春輝にとってなかなかに辛いものがある。それが連日ともなれば春輝の疲労はすぐに限界を超えた。
慣れない移動に加え、春輝は悪夢のせいで夜間しっかりと寝ることもできない。そんな状態で体力が回復することなど不可能だった。
春輝の異変にいち早く気が付いたトビアスは勇者が消耗したら困ると周りに言い、春輝をできる限り物資を運ぶ荷車に乗せ移動するようにした。
だがそんな春輝を目にした周りの騎士達はやはりいい顔はしない。勇者だからと楽をしているようにしか見えなかったのだ。
ひそひそと囁かれる声に心底うんざりしながらも、春輝は荷車の上で積まれた箱や袋の間に挟まり再び目を閉じる。まともに寝られる貴重な時間を無駄にはしたくなかった。
日が傾き始まる少し前には隊列が止まり、野営の準備が始まる。キャンプなどの経験も無い春輝にとっては野営も初めての体験だった。
野営慣れしている騎士達のお陰か、以外にも外での寝食は快適だった。振舞われる料理は王宮で食べていた物とは比べ物にならないくらい質素だが、堅苦しいマナーに縛られながら食べるよりよほどお美味しく感じていた。
割り当てられたテントに入り、布団にくるまる。昼にも寝てはいるが、疲れている体はいくらでも寝れてしまうのだ。
悪夢を見るとわかっているので夜はできるだけ寝たくはなかったが、日中はある程度起きて馬に跨り移動をしなければならない。それを考えるとどうしても完全な昼夜逆転の生活にはできなかった。
ストンと気絶するように意識を落とした春輝は、毎日のように見る悪夢を見始める。ねっとりと絡みつき、気持ちの悪い物から必死で逃げ続けるのだ。
いつも意識を覚醒させてくれる声は、夢を見始めてからすぐに聞こえてくることもあれば、朝日が昇るギリギリで聞こえてくることもある。
なるべくなら早く聞こえてくてくれと、春輝は密かに祈るようになっていた。いつしか正体がわからぬその声に親しみを覚えてしまっている。
だが春輝が祈ったところで、声がその願いを聞き届けすぐに春輝を起こしてくれるわけではないのだが。
『今日は早く起きたほうがいいぞ勇者』
夢の中で息も絶え絶えに走っていれば、いつもとは違う警告のような言葉を発する声が聞こえてきた。促されるまま目覚めてすぐに春輝は違和感を覚えた。
一体どうなってるんだとまだ起き切らない頭で辺りを見渡せば、薄っすらと灯るランプの光のおかげで騎士が数人テントの中にいるのが見えた。
「あちゃ、先輩起きちゃいましたよ」
「薬が足りなかったか? 仕方ないな、お前暴れないようにしっかり押さえとけよ」
にやつく騎士が一人近づいてくると、春輝が動けないように肩に体重を掛けてくる。がむしゃらに春輝が抵抗するも、鍛え上げられた肉体を持つ騎士相手にはびくともしなかった。
頭を動かし聖剣を探すが、枕元に置いてあるはずの剣はそこにはない。アレさえあれば力を使ってこんな騎士達を切り捨てられるのにと、春輝は置く場を噛みしめる。
「勇者様は聖剣が無ければ力が使えないくせに、ふんぞり返って腹が立つ。ははっ探しても無駄だよ、あの剣はこのテントから運び出した」
「いやぁ生意気だけど顔だけは本当にいいよな。快楽堕ちさせちゃったら俺ら勇者飼えちゃうんじゃないか?」
「勇者を飼うとか面白いな。まぁそれで魔王の討伐できなくなっても困るけど」
「そうしたらまたオーグリエ王国が別の勇者呼びますって」
品のない声で笑う騎士達がなにをしようとしているのか。答えは一つしかなかった。
「くそったれ」
春輝は目の前にいる男の股間を思い切り蹴り上げる。いくら鍛えた屈強な騎士であろうとも、急所への攻撃によるダメージは相当なものだ。痛みに顔を歪め前かがみになった騎士はちっと舌打ちし、春輝の顔を思い切り殴りつけた。
「先輩、顔はまずいですって。バレたらどうするんですか」
「それぐらいなら治癒魔法で簡単に治せるだろうが」
「ははは! そんなことに貴重な治癒魔法を使ってくれますかね?」
「勇者はどうせ特別枠だろう」
止めに入った方はそれもそうかと、変な納得をしてすぐさま引き下がる。今度は春輝が舌打ちしそうになった。
騎士達に良く思われていないなどわかりきっていたが、まさかこんなことを仕出かしてくるとは夢にも思わなかった。
悪夢のさなか聞こえてくる声で起きていなければ、眠ったままこの男達に好きなように犯されていたかもしれない。そう考えてしまい全身から血の気が引くと同時に吐き気がする。
「……っトビアス!! トビアス来てくれ!!」
唯一この状況から助けてくれそうな男の名前を命一杯叫ぶが、すぐに大きな手で口を塞がれ声を上げることもままならない。
このままではまずいと抵抗するも、騎士達に適うわけがない。聖剣を抜かなければ春輝はただの非力な人でしかなかった。
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