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06 力の発現
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ガキンガキンと鈍い金属音と野太い男達の声が辺りに響き渡っている。城のすぐ横に設けられている騎士団の訓練場に春輝は足を踏み入れていた。
トビアスに先導され敷地内を歩いていくが、春輝に突き刺さる騎士達からの視線は良いものとは言えない。
訓練場には大勢の騎士達がいて、各々魔法や剣技の訓練をしていた。彼らは皆魔王討伐遠征に参加する予定の騎士達だった。
年若い騎士は勇者に夢を抱いている者も多いが、ある程度実力を持つ者や年長者達はトビアス達が抱えているような不満を内に秘めている。
そんな騎士達であるため当然春輝が祝宴に参加しなかったことを知っているし、それ故に春輝を良く思ってはいなかった。
春輝に突き刺さる様な視線を投げるのはそんな騎士達なのだ。トビアスもそれに気が付いているはずなのだが、一切咎める様子を見せない辺り、面倒くさいなと春輝は独りごちる。
「時間厳守は団体行動では最重要ですよ、勇者殿」
魔王討伐遠征部隊の各部隊長を務めることになる四人の騎士達の内、軽薄そうな男が嘲るように声を掛けてくる。春輝はその面々に見覚えがあった。宰相の執務室で出会った者達だ。
「口を慎め」
トビアスに咎められても男は軽く肩を竦めるに留め、春輝に対する態度を改める様子はない。この中で一番まともだと言えるのはトビアスだけだった。
「力が発現したかの確認を致しましょう」
唐突に言われても春輝には何をどうすればいいかなどさっぱりとわからない。聖剣から流れて込んだ情報にもなにもないのだ。
「どうやったら確認できるんだ」
「聖剣を鞘から抜いた時にわかるようです」
自身になんの力があるのかわからないが、魔王を討伐しなければいちかとの平穏な日々は待ってはいない。春輝はトビアスに促されるままに、腰から下げていた聖剣に手を伸ばした。
ズシリと重たい聖剣を鞘から抜けば途端にキンッと耳の奥を刺すような音が聞こえ、その刀身が眩しく光る。それと同時に、初めて手にした時よりも不快な感覚が手のひらから体内に流れ込んできた。
胃が急激に冷え、胃液がせり上がる。歯を食いしばりその不快感を耐えるが、ゾワゾワと侵食されるような感覚が気持ち悪くて仕方がなかった。
冷や汗が大量に噴き出し体を流れ、着ているシャツがぺたりと貼りつく。遠目からじっとこちらを見つめて来る大勢の騎士達の視線すらも、春輝の不快感に拍車をかけた。
光が徐々に収まれば襲い掛かっていた不快感も僅かに静まる。春輝は詰めていた息を吐き出し、肺の中に新鮮な空気を取り込んだ。
汗でびっしょりと濡れ、貼りついた前髪をかき上げれば周りから息を呑む声が聞こえてきた。
「これは、これは……一晩お相手頂きたくなるねぇ」
「お前馬鹿なのか? 相手は勇者だぞ」
「あんな色気が出るならありだろう」
下世話な会話がそこかしこで囁くように繰り広げられているが、春輝はそれに気が付いていなかった。
息を整えた後、手をジッと見つめ自身起こったあからさまな変化に唖然としていた。
これは力の発現と言っていいものなのか。まるで無理やり聖剣から押し付けられたような、体に無理やり入り込まれたようなそんな感覚だった。
明らかに自身の内から出るものではない。聖剣から得た知識にあった神からの恩恵と言える物だとは春輝にはとても思えなかった。
――気持ち悪い。正直な感想はこれに尽きた。得体のしれない感覚が常に己の体内を血液と共に這いずり回っている。
嫌悪感と不快感が膨れ上がり、春輝の眉間には深い皺が刻まれる。
「大丈夫ですか、ハルキ殿」
一点を見つめたまま微動だにしない春輝に、トビアスは気づかわし気に声を掛けながら水が入ったコップを差し出してくる。
春輝はコップの中身を一気に飲み干したが、嫌悪感は収まりはしなかった。
「それでは試してみましょう。あちらの丸太に向かって攻撃をしてみてください」
ふと見ればトビアスの指示により訓練に使うであろう丸太が少し離れた場所に並べられていた。周りの騎士達は騎最早訓練そっちのけで、皆春輝を注視していた。
嫌悪感と不快感をなんとか押し込めながら、春輝は聖剣の柄を握りしめる。するとまるで体が操られるように動いたのだ。
今まで感じていた剣の重さは既にない。踏み込んだ足はそのまま加速し、丸太の側まで行くと春輝は聖剣を難なく振り上げた。刃先が触れた丸太はまるで紙のようにサクッと切れてしまう。
その瞬間、体を這いずり回るなにかが更に膨れ上がったのがわかった。春輝はそのまま素早い動きで次々に丸太を切り刻んでいく。
丸太を切っているというのに、その感覚はほぼなかった。得体のしれない衝動に突き動かされるまま聖剣を振るい続け、春輝はとうとう数十本の太い丸太を全て細かく切り刻んでしまう。
訓練場は異様な静けさに包まれる。誰もが身動きをせず、なにも発さず、土煙の中の中佇む春輝を見ていた。
「化け物」
そんな囁き声が、とても大きく訓練場に響いた。それを聞きとめた春輝は、その音の方をゆっくり見る。
怯えるような顔をした若い騎士がそこには立っていた。成る程勇者の次は化け物かと、春輝は自嘲気味に顔を歪める。
春輝自身、一体なにが起こったのかあまりわかっていが、力は無事に発現とやらをしたようだということだけは理解する。
急激に襲い来るとてつもない疲労感に、これ以上はこの場にいなくてもいいだろうと春輝は聖剣を鞘に戻すと、いちかの待つ部屋まで戻ることにした。
誰も歩き出した春輝を止めようとはしない。トビアスですら驚愕に目を見開いたまま固まっている。
それをいいことふらつく体をなんとか動かし、春輝は訓練場から一人離脱した。
トビアスに先導され敷地内を歩いていくが、春輝に突き刺さる騎士達からの視線は良いものとは言えない。
訓練場には大勢の騎士達がいて、各々魔法や剣技の訓練をしていた。彼らは皆魔王討伐遠征に参加する予定の騎士達だった。
年若い騎士は勇者に夢を抱いている者も多いが、ある程度実力を持つ者や年長者達はトビアス達が抱えているような不満を内に秘めている。
そんな騎士達であるため当然春輝が祝宴に参加しなかったことを知っているし、それ故に春輝を良く思ってはいなかった。
春輝に突き刺さる様な視線を投げるのはそんな騎士達なのだ。トビアスもそれに気が付いているはずなのだが、一切咎める様子を見せない辺り、面倒くさいなと春輝は独りごちる。
「時間厳守は団体行動では最重要ですよ、勇者殿」
魔王討伐遠征部隊の各部隊長を務めることになる四人の騎士達の内、軽薄そうな男が嘲るように声を掛けてくる。春輝はその面々に見覚えがあった。宰相の執務室で出会った者達だ。
「口を慎め」
トビアスに咎められても男は軽く肩を竦めるに留め、春輝に対する態度を改める様子はない。この中で一番まともだと言えるのはトビアスだけだった。
「力が発現したかの確認を致しましょう」
唐突に言われても春輝には何をどうすればいいかなどさっぱりとわからない。聖剣から流れて込んだ情報にもなにもないのだ。
「どうやったら確認できるんだ」
「聖剣を鞘から抜いた時にわかるようです」
自身になんの力があるのかわからないが、魔王を討伐しなければいちかとの平穏な日々は待ってはいない。春輝はトビアスに促されるままに、腰から下げていた聖剣に手を伸ばした。
ズシリと重たい聖剣を鞘から抜けば途端にキンッと耳の奥を刺すような音が聞こえ、その刀身が眩しく光る。それと同時に、初めて手にした時よりも不快な感覚が手のひらから体内に流れ込んできた。
胃が急激に冷え、胃液がせり上がる。歯を食いしばりその不快感を耐えるが、ゾワゾワと侵食されるような感覚が気持ち悪くて仕方がなかった。
冷や汗が大量に噴き出し体を流れ、着ているシャツがぺたりと貼りつく。遠目からじっとこちらを見つめて来る大勢の騎士達の視線すらも、春輝の不快感に拍車をかけた。
光が徐々に収まれば襲い掛かっていた不快感も僅かに静まる。春輝は詰めていた息を吐き出し、肺の中に新鮮な空気を取り込んだ。
汗でびっしょりと濡れ、貼りついた前髪をかき上げれば周りから息を呑む声が聞こえてきた。
「これは、これは……一晩お相手頂きたくなるねぇ」
「お前馬鹿なのか? 相手は勇者だぞ」
「あんな色気が出るならありだろう」
下世話な会話がそこかしこで囁くように繰り広げられているが、春輝はそれに気が付いていなかった。
息を整えた後、手をジッと見つめ自身起こったあからさまな変化に唖然としていた。
これは力の発現と言っていいものなのか。まるで無理やり聖剣から押し付けられたような、体に無理やり入り込まれたようなそんな感覚だった。
明らかに自身の内から出るものではない。聖剣から得た知識にあった神からの恩恵と言える物だとは春輝にはとても思えなかった。
――気持ち悪い。正直な感想はこれに尽きた。得体のしれない感覚が常に己の体内を血液と共に這いずり回っている。
嫌悪感と不快感が膨れ上がり、春輝の眉間には深い皺が刻まれる。
「大丈夫ですか、ハルキ殿」
一点を見つめたまま微動だにしない春輝に、トビアスは気づかわし気に声を掛けながら水が入ったコップを差し出してくる。
春輝はコップの中身を一気に飲み干したが、嫌悪感は収まりはしなかった。
「それでは試してみましょう。あちらの丸太に向かって攻撃をしてみてください」
ふと見ればトビアスの指示により訓練に使うであろう丸太が少し離れた場所に並べられていた。周りの騎士達は騎最早訓練そっちのけで、皆春輝を注視していた。
嫌悪感と不快感をなんとか押し込めながら、春輝は聖剣の柄を握りしめる。するとまるで体が操られるように動いたのだ。
今まで感じていた剣の重さは既にない。踏み込んだ足はそのまま加速し、丸太の側まで行くと春輝は聖剣を難なく振り上げた。刃先が触れた丸太はまるで紙のようにサクッと切れてしまう。
その瞬間、体を這いずり回るなにかが更に膨れ上がったのがわかった。春輝はそのまま素早い動きで次々に丸太を切り刻んでいく。
丸太を切っているというのに、その感覚はほぼなかった。得体のしれない衝動に突き動かされるまま聖剣を振るい続け、春輝はとうとう数十本の太い丸太を全て細かく切り刻んでしまう。
訓練場は異様な静けさに包まれる。誰もが身動きをせず、なにも発さず、土煙の中の中佇む春輝を見ていた。
「化け物」
そんな囁き声が、とても大きく訓練場に響いた。それを聞きとめた春輝は、その音の方をゆっくり見る。
怯えるような顔をした若い騎士がそこには立っていた。成る程勇者の次は化け物かと、春輝は自嘲気味に顔を歪める。
春輝自身、一体なにが起こったのかあまりわかっていが、力は無事に発現とやらをしたようだということだけは理解する。
急激に襲い来るとてつもない疲労感に、これ以上はこの場にいなくてもいいだろうと春輝は聖剣を鞘に戻すと、いちかの待つ部屋まで戻ることにした。
誰も歩き出した春輝を止めようとはしない。トビアスですら驚愕に目を見開いたまま固まっている。
それをいいことふらつく体をなんとか動かし、春輝は訓練場から一人離脱した。
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