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07 悪夢
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ゾワリ、ゾワリと得体の知れない物が体を這いずり回る。それは寝ていても変わらない。むしろ寝ている時の方が酷いのかもしれないとさえ思うほど、嫌悪感と不快感はひとしおだった。
真っ暗な空間で、湧き上がってくる物から必死に逃げるが、いくら走っても夢の中であるため、目を覚ます以外に逃れる方法はない。
明晰夢であることは確かだ。であれば自らの意思で覚醒出来るはずなのだが、この夢は決して春輝の意志では覚めることが叶わないものだった。
なにかに追いかけられる夢は、元の世界に居る時にはそれこそ毎日のように見ていた。
両親の影に怯え、いちかが産まれてからは守らなければと言う一種の強迫観念から。明日への不安で悪夢を見ては、飛び起きることも珍しくはなかった。
その度にいちかを抱きしめ、体温と小さな鼓動に自身を落ち着かせ、再びに眠りについていたのだ。
この世界に来てから春輝は悪夢を一切見なくなっていた。直前に両親の息の根を止めていたことと、異世界にはなにがあっても彼らが来ることは無いという安心感からだろう。
しかし力が発現してからと言うもの、春輝は再び悪夢を見るようになってしまった。内容は違うが、悪夢には変わりない。そして質が悪いことにこの悪夢はどんなに藻掻いても春輝自身の良しで起きることができないのだ。
きっちりと日が昇り朝を迎えるまで、目覚めることができない。それがどれほど精神的に苦痛であるか。
バクバクと痛いくらいに心臓が脈打ち、まるで溺れるような息苦しさが増していく。
「早く、早く朝になってくれ……!!」
引き攣る喉で絞り出すように声を上げれば、空気が一気に肺から逃げていく。ぼんやりと朦朧とし始めた意識の彼方で、ここ最近聞きなれた声が微かに聞こえてきた。
『早く目を覚ませ、勇者。引きずり込まれるぞ』
低く耳の奥に心地く響いてくるその声に導かれるように春輝の意識はゆるゆると浮上する。
――あぁ今夜も助かった。そう春輝は胸を撫で下ろした。
覚醒するままに目を開ければ、サイドチェストのランプの火はとっくに消え室内はまだ暗闇に包まれていた。
横ですやすやと可愛らしい寝息を立てるいちかの頭を一撫でした春輝は、火を灯したランプを持つと窓際まで歩くと分厚いカーテンを開けた。空には沢山の星が瞬き室内よりも幾分か明るい。異世界でも星の輝きかたは変わらないようだった。そんな些細なことにほっとする。
貼りついたシャツを脱ぎ夜風に素肌を晒すと、さわさわと心地よい風が体を通り抜けていき不快感を軽くする。
悪夢を見始めて少ししてから夢の中で聞こえ始めた声により、春輝は日が昇る前に目を覚ますことができるようになっていた。
一体誰の声なのか。周りにいる人や、王族ではないことは確かだ。
春輝を勇者として扱うこの国の人々は、腹に一物を抱えていたとしても表面上は春輝をぞんざいに扱わないし、言葉づかいも皆丁寧である。
しかし夢で春輝の覚醒を促してくれる声は口調が荒い。あまりの苦痛から自分が作り出した妄想の産物かなにかか、はたまた勇者と呼ばれることからなにかしらの方法で誰が夢に干渉してきているのか。
この世界の神なのかもしれないと一瞬思いもしたが、であればこんな悪夢を消し去るくらいの力を示して欲しいものだ。
どちらにせよ、周りにこのことを気づかれるのは良くないだろう。
夜が明けるまでまだ少し時間がある。二度寝をする気には当然なれず、今ではこうして悪夢から目覚めたあと春輝は夜風に当たることにしていた。連日の悪夢による寝不足と消耗で、頭も体も酷く気怠い。
そんななかで春輝は空が白み始めた頃を見計らい、いちかの横へと戻るということを繰り返していた。
すっかりと目が覚めてしまえば横になっていても寝落ちることはないし、もし寝てしまっても夜がすぐに明けてしまうのであの悪夢を見ずにすむ。
重い溜息を吐きながら、春輝はいちかを起こす時間が来るまで僅かに目を閉じ短い睡眠を取るのだった。
真っ暗な空間で、湧き上がってくる物から必死に逃げるが、いくら走っても夢の中であるため、目を覚ます以外に逃れる方法はない。
明晰夢であることは確かだ。であれば自らの意思で覚醒出来るはずなのだが、この夢は決して春輝の意志では覚めることが叶わないものだった。
なにかに追いかけられる夢は、元の世界に居る時にはそれこそ毎日のように見ていた。
両親の影に怯え、いちかが産まれてからは守らなければと言う一種の強迫観念から。明日への不安で悪夢を見ては、飛び起きることも珍しくはなかった。
その度にいちかを抱きしめ、体温と小さな鼓動に自身を落ち着かせ、再びに眠りについていたのだ。
この世界に来てから春輝は悪夢を一切見なくなっていた。直前に両親の息の根を止めていたことと、異世界にはなにがあっても彼らが来ることは無いという安心感からだろう。
しかし力が発現してからと言うもの、春輝は再び悪夢を見るようになってしまった。内容は違うが、悪夢には変わりない。そして質が悪いことにこの悪夢はどんなに藻掻いても春輝自身の良しで起きることができないのだ。
きっちりと日が昇り朝を迎えるまで、目覚めることができない。それがどれほど精神的に苦痛であるか。
バクバクと痛いくらいに心臓が脈打ち、まるで溺れるような息苦しさが増していく。
「早く、早く朝になってくれ……!!」
引き攣る喉で絞り出すように声を上げれば、空気が一気に肺から逃げていく。ぼんやりと朦朧とし始めた意識の彼方で、ここ最近聞きなれた声が微かに聞こえてきた。
『早く目を覚ませ、勇者。引きずり込まれるぞ』
低く耳の奥に心地く響いてくるその声に導かれるように春輝の意識はゆるゆると浮上する。
――あぁ今夜も助かった。そう春輝は胸を撫で下ろした。
覚醒するままに目を開ければ、サイドチェストのランプの火はとっくに消え室内はまだ暗闇に包まれていた。
横ですやすやと可愛らしい寝息を立てるいちかの頭を一撫でした春輝は、火を灯したランプを持つと窓際まで歩くと分厚いカーテンを開けた。空には沢山の星が瞬き室内よりも幾分か明るい。異世界でも星の輝きかたは変わらないようだった。そんな些細なことにほっとする。
貼りついたシャツを脱ぎ夜風に素肌を晒すと、さわさわと心地よい風が体を通り抜けていき不快感を軽くする。
悪夢を見始めて少ししてから夢の中で聞こえ始めた声により、春輝は日が昇る前に目を覚ますことができるようになっていた。
一体誰の声なのか。周りにいる人や、王族ではないことは確かだ。
春輝を勇者として扱うこの国の人々は、腹に一物を抱えていたとしても表面上は春輝をぞんざいに扱わないし、言葉づかいも皆丁寧である。
しかし夢で春輝の覚醒を促してくれる声は口調が荒い。あまりの苦痛から自分が作り出した妄想の産物かなにかか、はたまた勇者と呼ばれることからなにかしらの方法で誰が夢に干渉してきているのか。
この世界の神なのかもしれないと一瞬思いもしたが、であればこんな悪夢を消し去るくらいの力を示して欲しいものだ。
どちらにせよ、周りにこのことを気づかれるのは良くないだろう。
夜が明けるまでまだ少し時間がある。二度寝をする気には当然なれず、今ではこうして悪夢から目覚めたあと春輝は夜風に当たることにしていた。連日の悪夢による寝不足と消耗で、頭も体も酷く気怠い。
そんななかで春輝は空が白み始めた頃を見計らい、いちかの横へと戻るということを繰り返していた。
すっかりと目が覚めてしまえば横になっていても寝落ちることはないし、もし寝てしまっても夜がすぐに明けてしまうのであの悪夢を見ずにすむ。
重い溜息を吐きながら、春輝はいちかを起こす時間が来るまで僅かに目を閉じ短い睡眠を取るのだった。
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