85 / 100
85.真実は実家の棚に隠す
しおりを挟む
予想していたけれど、朝の食堂に新婚二人の姿はなかった。場所を貸したついでに、お部屋も提供してもらったの。想像するまでもなく、分かっていた状況なので放置する。
本気でやばくなったら、助けを求めるように伝えてあるし。監禁はしないと約束したけれど、新婚の休暇中は彼も我慢しないだろう。
「おはようございます、ルーカス様」
「ああ、おはよう」
並んで一緒に食事を済ませた。昨日のうちにハンカチを渡せたのはよかったわ。じっと見つめるルーカス様の視線の意味は、嫌というほど理解している。あなたも欲しいのね。
「ルーカス様、どうぞ」
可能なら渡したくなかった。でも、欲しがると思ったの。刺繍が上手なご令嬢や奥様なら、一族の紋章を美しく作り上げるだろう。四つ葉とリボンで苦労する私にできると思う? 無理よね。実際、チャレンジしてすぐ諦めた。
四つの盾とその中に模様? 難易度が高すぎた。火はのたうつミミズ状態だし、風なんて踊るトカゲにしか見えなかった。下絵の段階で諦めたのは、英断だったわ。ハンナと違うデザインを考え、エルヴィ様が案を出してくれた。
「これは……」
ごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待つ。分かるよね? そんな視線に、彼はそっと私から目を逸らした。もしかして、何を刺繍したか伝わってない、とか。
「占いのカード、かな」
「ううん、惜しい! 盾よ」
上が少し尖って、下が小さいでしょう? そう伝えると、なるほどと頷いた。小さなワンポイントで出来る刺繍は、これが限界だったの。先にこちらを仕上げてから、ハンナの分を作った。当然、仕上がりは四つ葉のハンカチが上だけれど。
指先で丁寧に刺繍をたどり、ルーカス様の頬が緩んでいく。気に入った、とか?
「これは、四つ葉の前に刺したんだね」
「え、ええ」
「ならば、君の初めての刺繍は僕のものだ!」
あ、そこに反応しちゃうんだ。肯定も否定もせず、私は曖昧に笑って誤魔化した。初めての刺繍は、実家にあるんだけれど。何を刺したのか、誰も当てることが出来なかった小鳥の刺繍……絶対にバレないようにしよう。実家まで取りに行って保管されそう。
「気に入った?」
「もちろんだ、ありがとう。リンネアの刺繍が貰えるなんて、光栄だ」
にっこり笑っておく。大丈夫、バレる心配はないわ。誤魔化すように、食事の間に子爵家の領地の話をした。飛地扱いにして守ってくれたことも、王家との分配が変更されたことも。すべてルーカス様のお陰だろう。
領地の民が豊かな生活を享受できるのは、嬉しい限りだ。そう伝えたところ、彼は私が考えもしなかった一言を放った。
「僕達の子は三人は欲しい。一人は跡取り、二人目はネヴァライネンを継いでもらう。幸い、プルシアイネンに男爵家が一つ残っているから、全員が爵位継承出来るはずだ」
三人……どきっとしてお腹に手を当てる。まさか、もう最初の子がいたり? 占いのお仕事もあるのに困るな。なぜか出産すると、占いの力は弱まる傾向にある。過去の実例を思い出しながら、私は考えに沈んでいた。
「安心してくれ。あと二年は子を作らない予定だよ。君と新婚を味わい尽くしたいからね」
……まだ新婚を続けるつもりなの? それと、子どもってそんな計画的に作ったり待たせたりできるのかしら。
顔を引き攣らせながら、ルーカス様やエサイアス様なら出来そうと思ってしまった。
本気でやばくなったら、助けを求めるように伝えてあるし。監禁はしないと約束したけれど、新婚の休暇中は彼も我慢しないだろう。
「おはようございます、ルーカス様」
「ああ、おはよう」
並んで一緒に食事を済ませた。昨日のうちにハンカチを渡せたのはよかったわ。じっと見つめるルーカス様の視線の意味は、嫌というほど理解している。あなたも欲しいのね。
「ルーカス様、どうぞ」
可能なら渡したくなかった。でも、欲しがると思ったの。刺繍が上手なご令嬢や奥様なら、一族の紋章を美しく作り上げるだろう。四つ葉とリボンで苦労する私にできると思う? 無理よね。実際、チャレンジしてすぐ諦めた。
四つの盾とその中に模様? 難易度が高すぎた。火はのたうつミミズ状態だし、風なんて踊るトカゲにしか見えなかった。下絵の段階で諦めたのは、英断だったわ。ハンナと違うデザインを考え、エルヴィ様が案を出してくれた。
「これは……」
ごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待つ。分かるよね? そんな視線に、彼はそっと私から目を逸らした。もしかして、何を刺繍したか伝わってない、とか。
「占いのカード、かな」
「ううん、惜しい! 盾よ」
上が少し尖って、下が小さいでしょう? そう伝えると、なるほどと頷いた。小さなワンポイントで出来る刺繍は、これが限界だったの。先にこちらを仕上げてから、ハンナの分を作った。当然、仕上がりは四つ葉のハンカチが上だけれど。
指先で丁寧に刺繍をたどり、ルーカス様の頬が緩んでいく。気に入った、とか?
「これは、四つ葉の前に刺したんだね」
「え、ええ」
「ならば、君の初めての刺繍は僕のものだ!」
あ、そこに反応しちゃうんだ。肯定も否定もせず、私は曖昧に笑って誤魔化した。初めての刺繍は、実家にあるんだけれど。何を刺したのか、誰も当てることが出来なかった小鳥の刺繍……絶対にバレないようにしよう。実家まで取りに行って保管されそう。
「気に入った?」
「もちろんだ、ありがとう。リンネアの刺繍が貰えるなんて、光栄だ」
にっこり笑っておく。大丈夫、バレる心配はないわ。誤魔化すように、食事の間に子爵家の領地の話をした。飛地扱いにして守ってくれたことも、王家との分配が変更されたことも。すべてルーカス様のお陰だろう。
領地の民が豊かな生活を享受できるのは、嬉しい限りだ。そう伝えたところ、彼は私が考えもしなかった一言を放った。
「僕達の子は三人は欲しい。一人は跡取り、二人目はネヴァライネンを継いでもらう。幸い、プルシアイネンに男爵家が一つ残っているから、全員が爵位継承出来るはずだ」
三人……どきっとしてお腹に手を当てる。まさか、もう最初の子がいたり? 占いのお仕事もあるのに困るな。なぜか出産すると、占いの力は弱まる傾向にある。過去の実例を思い出しながら、私は考えに沈んでいた。
「安心してくれ。あと二年は子を作らない予定だよ。君と新婚を味わい尽くしたいからね」
……まだ新婚を続けるつもりなの? それと、子どもってそんな計画的に作ったり待たせたりできるのかしら。
顔を引き攣らせながら、ルーカス様やエサイアス様なら出来そうと思ってしまった。
22
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。
全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。
言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。
食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。
アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。
その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。
幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる