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13.美形の近距離は心臓に悪い

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 占いのシャッフルで当事者の宰相閣下が触れていないせいだ。そう決めつけ、私はカードを丁寧に片付けた。先日の紛失事件があってから、ケースを空けた時と片付ける時に必ず枚数を数える。毎回きちんと順番に並べ、確認を行うことにした。

 今までがいい加減過ぎたのです。そう叱るハンナの言い分ももっともだ。このカードの占いで生計を立てているくせに、扱いが酷すぎたと思う。剣士が腰に下げる剣を錆びさせるのと似た感じかな。私はごろりと寝転がったベッドの上で髪飾りを外した。

 今日は来客予定もない。部屋から出る前にハンナを呼んで、髪を留めてもらえばいいよね。そう思いながら目を閉じた。ベッドを縦ではなく横に使い、贅沢に両手を広げて……。

「っ!」

「起こしてしまったかな、イーリス」

「え、なんで、どうして。いや、えっと……」

 混乱しまくって飛び起き、寝乱れた髪をぐしゃりと両手で押さえた。占いに関することだから誰も近づかないで。確かにそう命じた。なのに、この人はどこから入ってきたの?! そして、使用人はなぜ屋敷の主の命令を無視したのよ!

 目が覚めたら好みの美形が覗いてる状況って、二度目ね。嬉しいのが二割、恥ずかしさが三割、残りは驚きだろうか。心臓に悪い。絶対に寿命が縮んだと思う。

「混乱させて申し訳ない。庭から入ったのだが」

 示されたのは、この寝室から庭へ繋がる大窓だった。人が行き来できる扉と同じ大窓が開いている。そう言えば、眠る前に施錠したか覚えていない。深呼吸して気持ちを落ち着けながら、左手でそっと口元を確認した。まさか、涎とか出てないよね。

 濡れていないのを確かめ、今度は乱れた髪を手櫛で引っ張り髪留めを探した。眠る前に外して転がしたままだったはず。

「これかい?」

「ええ、それです。ありがとうございます」

 ルーカス様が拾った髪飾りで留めるも、すぐに外されてしまった。女性用のアクセサリーの外し方を知ってるなんて、大人って感じで意味深だわ。

「えっと?」

 外した髪飾りを手に、ルーカス様はにこりと笑った。すごく魅力的だわ。顔がいいと何をしても様になるのよね。取り返すのも忘れて見惚れていると、彼は向かい合ったまま私の髪を整えた。固まる私の後ろで髪留めを器用に固定し、灰色の瞳を細める。

「お茶をご一緒しようと思ってね」

「あ、はい。髪留め、ありがとうございます」

 頬が赤く染まっている自覚はある。ぽかぽかする頬を手で包み、ふと視界の端で動いた手に首を傾げた。いま、何かを後ろに隠さなかった? 気の所為かな。視線を向ければ、蕩けるような笑みが向けられる。うん、気の所為だった。

 差し伸べられた手を取って、そこでヴェールを外したことに気づいて振り返る。ベッドの枕元に置いたヴェールを被り、顔を隠して手を取り直した。笑顔で促され、ドレスの裾が乱れていないか気にしながら部屋を出る。

 執事のアルベルトはすでに引き上げただろうし、ハンナはお茶の支度かな。珍しく誰もいない廊下を一緒に歩きながら、私は人気ひとけの少なさに居心地の良さを覚えた。
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