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03.心配はしないけど遅い

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「なんで名乗るんですか!」

「だって、間違えるなんて失礼だもの」

 ハンナの非難に、反射的に答えてしまう。ネヴァライネンは父方の家名だ。結婚前の母は、カーシネン家の一人娘だった。この国は「ネン」の付く家名がとにかく溢れている。

「黙れ、貴様ら状況を理解しているのか」

 恫喝されて、ハンナと口を噤む。だが怖さはない。この辺は慣れてしまった。やれ、お前のせいで商談が壊れた、王家との繋がりが断たれた、だのと悪党共は騒がしい。

 正直、緊迫感は数年前に叔母の跡を継いだ時点で捨てた。大事にとっておいたからと、役に立つわけでもない。何より、私には王家の監視がついていた。そろそろだろうか。

「状況を理解していないのは、お前らの方だ」

 呆れ返ったと口調に滲ませ、大柄な男が入ってくる。大胆に着崩した制服は、王宮第一騎士団だった。焦茶の髪に黒い瞳、険しい眉間の皺と強面。山賊より迫力ある男だが、これでいて騎士団長だ。

 近衛騎士団を擁する第一騎士団は、王宮に関する騎士の全員が所属している。その頂点に立つとは思えない熊男は、乱暴に扉を蹴飛ばした。耳障りな音を立て、蝶番が壊れる。二度と閉まらないだろう。外からは呻き声が聞こえた。誘拐犯の部下は排除済みのようだ。

「待たせたな」

「遅いです」

「寒いから早く」

 冷える私達の訴えは切実だった。ヒーローならぬ熊乱入の現場に、後ろから美青年が飛び込む。副団長のリーコネン子爵だった。鮮やかな赤毛はくるんと癖があり、空色の瞳が涼やかな印象を与える。細身の彼は、自分の倍近くある大柄な団長を押し除けた。

「お待たせしました」

 さっと短剣で縄を切ってくれる。この辺は気が利くというか、熊団長が大雑把すぎるというべきか。解いた手をさっと掴み、リーコネン子爵は私を起こしてくれた。素直に手を借りる。

 美形に触れると得した気分になるのは、何故だろう。性癖を知っているから惚れることはないが、肌に艶が出そうなお得感がある。笑顔の副団長は、続いてハンナに手を差し伸べた。さっと逃げられる。悲しそうに眉尻を下げる表情に対し、ハンナは顔を引き攣らせた。

 好きになった相手をつけ回し監視し、屋敷に監禁したがる男。そんな性癖さえなければ、ハンナも喜んで手を取っただろう。ちなみに、私は好みの対象外なのだとか。安心して手を借りられるというものだ。副団長のお目当ては、ハンナだった。

「エサイアス、陛下に報告は?」

「すでに連絡を飛ばしました。さっさとそこのゴミを捕獲してください。私の大切なハンナに触れて、縛りつけた変態ですよ」

 いや、あなたも似たようなものよね。以前、ハンナに一目惚れしたと追い回し、屋敷に監禁しようとして逃げられたくせに。まあ、逃す手助けは私がしたのだけれど。半年前の事件を思い出し、遠い目をしてしまった。

「ネヴァライネン子爵令嬢、体調が悪いのか? まさか、手をケガした……とか」

 青ざめる騎士団長ソイニネン伯爵に、首を横に振った。

「平気です。ここから出ましょう」

 私の一言に、さっと道が開かれる。予想通り、廊下には叩きのめされた男達が転がり、後ろからも悲鳴が聞こえた。

 今回も一件落着かしら。ハンナと手を繋ぎ、私は転がる男を数人踏んづけた。
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