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218.初めてばかりの船旅
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「さ、さすが魔術師様」
空中に浮いて僕を抱き締めるセティの機嫌が悪くなった。セティを褒めてるみたいなのに、嫌なのかな。ふわふわした足元は何もない。覗いたら船と岸壁の間に黒っぽい波が見えた。飲み込まれそうだけど、僕は怖くない。セティが僕を抱っこしてるから平気だ。
「行くぞ」
優しい声だ。足が地面について、後ろで騒いでいる人を無視したセティと、船からかかる橋に向かった。僕は抱き締められたままで、ちょっと歩きにくい。でもセティが腕を引き寄せてくれると安心した。これなら手を繋ぐより離れなくて済む。船の乗船料を払ったセティと僕が乗ってしまうと、港まで付いてきた兵士は諦めたらしい。
「これで煩いのは終わりだ」
くすくす笑いながら被せたヴェールを捲ったセティが、頭を中に入れた。外から見えないようにして、僕の頬や唇にキスをくれる。嬉しくて両手を首に回したら、横抱きにされた。ゆらゆらと足元が動いてる感じがして、風がヴェールを飛ばす。
「あっ」
「気にするな」
セティがくれたヴェールなのに。目で追った先で、船は町から離れ始めていた。驚いて周囲を見回す。船は板が敷き詰められた床で、海の方へ流れているみたい。
「セティ、大変。流れてる」
「ああ、船が出港したんだ。ほら、見てみろ」
床に下ろしてもらい、手摺のところから下を覗いた。凄い高さの船で、ばしゃばしゃと波を泡立てながら動いている。こんなの、初めて乗った。早いのか遅いのか分からなくて、町があった方を見たら小さくなっていた。
港だった場所はほんの少し、指で示したら消えそうなほど小さい。離れた小高い山の方から、遠吠えが聞こえた。フェルの声だ。見送ってるのかな。
「帰ってきたら呼んでくれってさ」
セティが教えてくれた。だから「またね」って手を振って、フェルがいた山や森が見えなくなるまで船の上で見つめる。足元が揺れる不思議な感覚に、僕はどきどきした。お父さん達の背中も揺れるけど、それとは違う感じだ。
「おいで、船室に行こう。泊まる部屋だぞ」
手にした札を見せると、どんどん中に入れた。セティはさっき金貨を払っていたから、広いお部屋なんだって。扉は白く塗られていた。押して開いた扉の中は、ベッドだけじゃなくて椅子や机もある。ベッドは四角くて、泊ったことがある宿の中でも大きい方だった。
「海が見えるね」
窓のところから覗くのは、広い海だ。あのしょっぱくてベタベタする水が、こんなにたくさんある。船はベタベタしないんだろうか。窓は丸かった。初めて見る形の窓に首を傾げる。
「セティ……?」
何を尋ねようとしたのか、忘れちゃった。だってセティが黒髪に戻ってて、青い目も紫になってた。さらりと首筋を撫でる自分の髪を掴んだら、やっぱり黒い。元の色で平気なの?
「夕食まで誰も呼びに来ない、ゆっくりしよう」
嬉しくて飛び付いて、一緒にベッドに寝転がった。変なことする人もいないし、じろじろ見る人もいない。ゆらゆらする船の中は海の匂いがして、僕はセティに抱っこされたまま目を閉じる。揺れがとても気持ちよくて、セティの温かさが嬉しくて。起きてるのと寝てるのが半分になる不思議な時間を過ごした。
空中に浮いて僕を抱き締めるセティの機嫌が悪くなった。セティを褒めてるみたいなのに、嫌なのかな。ふわふわした足元は何もない。覗いたら船と岸壁の間に黒っぽい波が見えた。飲み込まれそうだけど、僕は怖くない。セティが僕を抱っこしてるから平気だ。
「行くぞ」
優しい声だ。足が地面について、後ろで騒いでいる人を無視したセティと、船からかかる橋に向かった。僕は抱き締められたままで、ちょっと歩きにくい。でもセティが腕を引き寄せてくれると安心した。これなら手を繋ぐより離れなくて済む。船の乗船料を払ったセティと僕が乗ってしまうと、港まで付いてきた兵士は諦めたらしい。
「これで煩いのは終わりだ」
くすくす笑いながら被せたヴェールを捲ったセティが、頭を中に入れた。外から見えないようにして、僕の頬や唇にキスをくれる。嬉しくて両手を首に回したら、横抱きにされた。ゆらゆらと足元が動いてる感じがして、風がヴェールを飛ばす。
「あっ」
「気にするな」
セティがくれたヴェールなのに。目で追った先で、船は町から離れ始めていた。驚いて周囲を見回す。船は板が敷き詰められた床で、海の方へ流れているみたい。
「セティ、大変。流れてる」
「ああ、船が出港したんだ。ほら、見てみろ」
床に下ろしてもらい、手摺のところから下を覗いた。凄い高さの船で、ばしゃばしゃと波を泡立てながら動いている。こんなの、初めて乗った。早いのか遅いのか分からなくて、町があった方を見たら小さくなっていた。
港だった場所はほんの少し、指で示したら消えそうなほど小さい。離れた小高い山の方から、遠吠えが聞こえた。フェルの声だ。見送ってるのかな。
「帰ってきたら呼んでくれってさ」
セティが教えてくれた。だから「またね」って手を振って、フェルがいた山や森が見えなくなるまで船の上で見つめる。足元が揺れる不思議な感覚に、僕はどきどきした。お父さん達の背中も揺れるけど、それとは違う感じだ。
「おいで、船室に行こう。泊まる部屋だぞ」
手にした札を見せると、どんどん中に入れた。セティはさっき金貨を払っていたから、広いお部屋なんだって。扉は白く塗られていた。押して開いた扉の中は、ベッドだけじゃなくて椅子や机もある。ベッドは四角くて、泊ったことがある宿の中でも大きい方だった。
「海が見えるね」
窓のところから覗くのは、広い海だ。あのしょっぱくてベタベタする水が、こんなにたくさんある。船はベタベタしないんだろうか。窓は丸かった。初めて見る形の窓に首を傾げる。
「セティ……?」
何を尋ねようとしたのか、忘れちゃった。だってセティが黒髪に戻ってて、青い目も紫になってた。さらりと首筋を撫でる自分の髪を掴んだら、やっぱり黒い。元の色で平気なの?
「夕食まで誰も呼びに来ない、ゆっくりしよう」
嬉しくて飛び付いて、一緒にベッドに寝転がった。変なことする人もいないし、じろじろ見る人もいない。ゆらゆらする船の中は海の匂いがして、僕はセティに抱っこされたまま目を閉じる。揺れがとても気持ちよくて、セティの温かさが嬉しくて。起きてるのと寝てるのが半分になる不思議な時間を過ごした。
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