上 下
219 / 321

218.初めてばかりの船旅

しおりを挟む
「さ、さすが魔術師様」

 空中に浮いて僕を抱き締めるセティの機嫌が悪くなった。セティを褒めてるみたいなのに、嫌なのかな。ふわふわした足元は何もない。覗いたら船と岸壁の間に黒っぽい波が見えた。飲み込まれそうだけど、僕は怖くない。セティが僕を抱っこしてるから平気だ。

「行くぞ」

 優しい声だ。足が地面について、後ろで騒いでいる人を無視したセティと、船からかかる橋に向かった。僕は抱き締められたままで、ちょっと歩きにくい。でもセティが腕を引き寄せてくれると安心した。これなら手を繋ぐより離れなくて済む。船の乗船料を払ったセティと僕が乗ってしまうと、港まで付いてきた兵士は諦めたらしい。

「これで煩いのは終わりだ」

 くすくす笑いながら被せたヴェールを捲ったセティが、頭を中に入れた。外から見えないようにして、僕の頬や唇にキスをくれる。嬉しくて両手を首に回したら、横抱きにされた。ゆらゆらと足元が動いてる感じがして、風がヴェールを飛ばす。

「あっ」

「気にするな」

 セティがくれたヴェールなのに。目で追った先で、船は町から離れ始めていた。驚いて周囲を見回す。船は板が敷き詰められた床で、海の方へ流れているみたい。

「セティ、大変。流れてる」

「ああ、船が出港したんだ。ほら、見てみろ」

 床に下ろしてもらい、手摺のところから下を覗いた。凄い高さの船で、ばしゃばしゃと波を泡立てながら動いている。こんなの、初めて乗った。早いのか遅いのか分からなくて、町があった方を見たら小さくなっていた。

 港だった場所はほんの少し、指で示したら消えそうなほど小さい。離れた小高い山の方から、遠吠えが聞こえた。フェルの声だ。見送ってるのかな。

「帰ってきたら呼んでくれってさ」

 セティが教えてくれた。だから「またね」って手を振って、フェルがいた山や森が見えなくなるまで船の上で見つめる。足元が揺れる不思議な感覚に、僕はどきどきした。お父さん達の背中も揺れるけど、それとは違う感じだ。

「おいで、船室に行こう。泊まる部屋だぞ」

 手にした札を見せると、どんどん中に入れた。セティはさっき金貨を払っていたから、広いお部屋なんだって。扉は白く塗られていた。押して開いた扉の中は、ベッドだけじゃなくて椅子や机もある。ベッドは四角くて、泊ったことがある宿の中でも大きい方だった。

「海が見えるね」

 窓のところから覗くのは、広い海だ。あのしょっぱくてベタベタする水が、こんなにたくさんある。船はベタベタしないんだろうか。窓は丸かった。初めて見る形の窓に首を傾げる。

「セティ……?」

 何を尋ねようとしたのか、忘れちゃった。だってセティが黒髪に戻ってて、青い目も紫になってた。さらりと首筋を撫でる自分の髪を掴んだら、やっぱり黒い。元の色で平気なの?

「夕食まで誰も呼びに来ない、ゆっくりしよう」

 嬉しくて飛び付いて、一緒にベッドに寝転がった。変なことする人もいないし、じろじろ見る人もいない。ゆらゆらする船の中は海の匂いがして、僕はセティに抱っこされたまま目を閉じる。揺れがとても気持ちよくて、セティの温かさが嬉しくて。起きてるのと寝てるのが半分になる不思議な時間を過ごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...