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104.透明なままで(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
森の中を歩いていくと、山と呼ぶには小さな丘がある。これが亀なのだと言ったら、この子はどれだけ驚くだろう。つないだ手を揺らしながら歩くイシスは12歳前後にしか見えない。実際は16歳前後と推測されるが、あきらかに成長が遅かった。
日に当たらぬ洞窟の神殿に閉じ込められ、成長期に栄養が足りなかったせいだろう。細い手足は山歩きに不向きで、躓いたら折れてしまいそうだ。体が完全に神として完成すれば、魔力や神力を操ることでイシスの行動範囲は広がる。それはそれで不安だった。
この子はいつまで清らかなままオレの隣にいてくれるのか。汚れたら、オレは興味を失うのだろうか。いま感じている愛おしさが偽りになる日が来るのが、ただ怖い。だからドラゴンやフェニックスに会わせて、イシスの純粋さを確認した。
受け入れられるたびに安堵に胸を撫で下ろすオレの様子に、彼らがイシスを心配するのも当然だった。番と言いながら、オレの方が不安定なのだから。誰もがイシスの未来を心配して知恵や力を授けようとする。疑われて悔しいはずなのに、嬉しいと思うなんて……な。オレもどうかしてる。
「セティ、トムを出してもいい?」
「どうした」
子猫がそわそわと袋から半身を出している。イシスと足を止めたオレは、トムの様子を眺めた。子猫の視線は近くの草むらに釘付けだ。獲物になりそうなネズミでもいたか?
「トム、おしっこだと思う」
なるほど。それは気づかなかった。遠くへ行くなと声をかけて受け取り、地面に下ろすと草むらに顔を突っ込んだ。しばらく草が揺れていたが、じっと動かなくなる。緑の草が茂る中で、本人は隠れたつもりだろうが、金色の毛皮はよく目立った。
ついでに休憩しておこう。
「イシス、おいで」
近くにあった岩に腰掛けて手招きし、膝に抱き上げる。素直に駆け寄ったイシスに、果汁のジュースを取り出した。小さめのコップに入れ、自分も水を口にする。大量に飲み過ぎると汗をかいて疲れると聞いた。まだ人間に近い体を持つイシスを労わることは、一緒に行動する上で最優先だ。
「ありがとう」
嬉しそうにコップの中身を見てから、口をつける。甘い種類を選んだのは、疲れが和らぐだろうと考えたからだ。ごそごそと草むらが動いて、金の毛皮が転がり出た。駆け寄って来るわけでなく、奇妙な動きで後退る。鼻に黒い虫が乗っていた。変な声を上げているが、刺されたり噛まれた様子はない。
「トム、何してるの?」
「鼻に虫がついたらしい」
くねくねと後ずさり、時々尻もちをついて転がる。それでも虫が取れないようで、困って動けなくなった。過去の神だった頃の傲慢さを知るから、おかしくなって笑ってしまう。だが放置するわけにもいかない。イシスが気にする前にと、魔法でトムを手元に引き寄せた。
テントウムシか。実害はないが、転がったり擦った程度では取れないだろう。いいことを思いつき、イシスの手を借りる。
「イシス、トムと虫を助けてやろうか」
「うん!」
イシスの手をテントウムシの前に置いた。習性として高い場所から飛び立つ虫は、わずかな段差に気づいてイシスの指に登り始める。トムから移った虫を見つめるイシスの指を縦にすると、テントウムシは登り始めた。
「どうするの?」
「もう少し待ってろ」
指先に到達したテントウムシは羽を広げ、飛んで行ってしまった。見送ったイシスは嬉しそうに笑う。殺したり払うのは簡単だが、この子はこうやって慈しむ方が向いている。この優しさを守ってやれば、ずっと透明なままでいてくれるだろう。
大喜びで抱き着く興奮したイシスの背を撫でながら、かつてのオレには見つけられなかった答えを手に入れた気がした。
森の中を歩いていくと、山と呼ぶには小さな丘がある。これが亀なのだと言ったら、この子はどれだけ驚くだろう。つないだ手を揺らしながら歩くイシスは12歳前後にしか見えない。実際は16歳前後と推測されるが、あきらかに成長が遅かった。
日に当たらぬ洞窟の神殿に閉じ込められ、成長期に栄養が足りなかったせいだろう。細い手足は山歩きに不向きで、躓いたら折れてしまいそうだ。体が完全に神として完成すれば、魔力や神力を操ることでイシスの行動範囲は広がる。それはそれで不安だった。
この子はいつまで清らかなままオレの隣にいてくれるのか。汚れたら、オレは興味を失うのだろうか。いま感じている愛おしさが偽りになる日が来るのが、ただ怖い。だからドラゴンやフェニックスに会わせて、イシスの純粋さを確認した。
受け入れられるたびに安堵に胸を撫で下ろすオレの様子に、彼らがイシスを心配するのも当然だった。番と言いながら、オレの方が不安定なのだから。誰もがイシスの未来を心配して知恵や力を授けようとする。疑われて悔しいはずなのに、嬉しいと思うなんて……な。オレもどうかしてる。
「セティ、トムを出してもいい?」
「どうした」
子猫がそわそわと袋から半身を出している。イシスと足を止めたオレは、トムの様子を眺めた。子猫の視線は近くの草むらに釘付けだ。獲物になりそうなネズミでもいたか?
「トム、おしっこだと思う」
なるほど。それは気づかなかった。遠くへ行くなと声をかけて受け取り、地面に下ろすと草むらに顔を突っ込んだ。しばらく草が揺れていたが、じっと動かなくなる。緑の草が茂る中で、本人は隠れたつもりだろうが、金色の毛皮はよく目立った。
ついでに休憩しておこう。
「イシス、おいで」
近くにあった岩に腰掛けて手招きし、膝に抱き上げる。素直に駆け寄ったイシスに、果汁のジュースを取り出した。小さめのコップに入れ、自分も水を口にする。大量に飲み過ぎると汗をかいて疲れると聞いた。まだ人間に近い体を持つイシスを労わることは、一緒に行動する上で最優先だ。
「ありがとう」
嬉しそうにコップの中身を見てから、口をつける。甘い種類を選んだのは、疲れが和らぐだろうと考えたからだ。ごそごそと草むらが動いて、金の毛皮が転がり出た。駆け寄って来るわけでなく、奇妙な動きで後退る。鼻に黒い虫が乗っていた。変な声を上げているが、刺されたり噛まれた様子はない。
「トム、何してるの?」
「鼻に虫がついたらしい」
くねくねと後ずさり、時々尻もちをついて転がる。それでも虫が取れないようで、困って動けなくなった。過去の神だった頃の傲慢さを知るから、おかしくなって笑ってしまう。だが放置するわけにもいかない。イシスが気にする前にと、魔法でトムを手元に引き寄せた。
テントウムシか。実害はないが、転がったり擦った程度では取れないだろう。いいことを思いつき、イシスの手を借りる。
「イシス、トムと虫を助けてやろうか」
「うん!」
イシスの手をテントウムシの前に置いた。習性として高い場所から飛び立つ虫は、わずかな段差に気づいてイシスの指に登り始める。トムから移った虫を見つめるイシスの指を縦にすると、テントウムシは登り始めた。
「どうするの?」
「もう少し待ってろ」
指先に到達したテントウムシは羽を広げ、飛んで行ってしまった。見送ったイシスは嬉しそうに笑う。殺したり払うのは簡単だが、この子はこうやって慈しむ方が向いている。この優しさを守ってやれば、ずっと透明なままでいてくれるだろう。
大喜びで抱き着く興奮したイシスの背を撫でながら、かつてのオレには見つけられなかった答えを手に入れた気がした。
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