70 / 321
69.気に入らないからだ(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
暴れて破壊しても迷惑が掛からない、荒れ地の丘に転移した。腕の中ですやすや眠るイシスを見つめる。長い睫毛が影を落とし、幸せそうな寝顔を彩る。
ゲリュオンの言う通り、こうして腕の中にあれば人質にされる心配はない。この状態のイシスがケガをするときは、オレの防御が突破される可能性と同じくらいありえなかった。ただ……問題点もある。
「可愛すぎて目が離せない」
「……本当の本物の、タイフォンだよな?」
心配になったゲリュオンの呟きに「当たり前だ」と返した。イシスの半分ほどもある大きなぬいぐるみは、抱きしめられて歪んでいる。自分が与えたぬいぐるみだが、そこまで抱きしめられるのは羨ましい。ちょっと位置を変わって、代わりに戦ってくれないだろうか。そんな考えまで浮かんだ。
苦笑する。これは……確かにゲリュオンに心配されるわけだ。この子を中心に世界が回り始めている。他の神々がちょっかいを許した理由も、この辺にありそうだった。
オレが突然「人間が持つ感情が欲しい」と言い出した時、どの神も関知しなかった。無理だと言い切る神ばかりだった。それだけオレの無慈悲さは突出していたのだろう。
最高位の神格を持つということは、そういうことだ。人らしい感情はなく、目の前で失われる生命に同情はしない。淡々と処理できる無慈悲な存在こそ、神らしいのだから。
表面上は笑顔を浮かべ、内心は何も感じないのが神――だとしたら、オレはすでに神失格だろう。腕の中の存在が可愛くて愛おしい。この者を傷つける輩は同族であろうと排除する。哀れで純粋で透明なイシスだけが欲しかった。
「出て来い、アトゥム」
「呼んだ?」
一瞬で現れたように見えるが、空間を歪めていただけでずっと近くにいた。気配は感じていた存在だ。それどころか、宿や移動中もずっと監視していたのに、何も知らない顔でのうのうと現れる。
金髪は実る豊かな穂を表し、緑の瞳は大地に茂る草や木々を表す。外見は美しく整えられ、白い衣を羽織って穏やかに微笑んでいた。何も知らずに出会った人間が、美しく慈悲深い神だと思うのも無理はない。
「僕に用があるの?」
「ああ。ひとまず……右腕だ」
ばきゃっ、何かを折って引き千切る音に、アトゥムの悲鳴が混じる。油断して薄い結界しか張っていなかった豊穣の神が、空中から転落した。
「見下ろされるのは嫌いだ」
神格はこちらの方が上だ。後ろでにやにやと見学するゲリュオンですら、豊穣のアトゥム神より神格が高い。この場でもっとも立場が低いくせに、空中から見下ろして対等な口を利くなど……愚かの極みだった。
「う゛ぐぅ、な……んで」
「理由か? 気に入らないからだ」
そう、ただそれだけ。オレの大切な嫁を狙うのも気に入らない。周りを彷徨くのも邪魔だ。青年姿のアトゥムが他国の神殿を唆して敵対するのも、すべてが気に入らない。
神にとってそれ以上の理由は必要なかった。
「馬鹿だな、お前。贄の子供に手を出さなければ、放っておいてもらえたのによ」
ゲリュオンが肩をすくめた。以前から最高神の妻の座を狙うアトゥムに、陰で牽制されたり嫌がらせを受けた男は、笑いながら近づく。地面に這いつくばる金髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前がセト神に選ばれることはないぜ」
タイフォンは地上で呼ばれる名だ。セトは天上で与えられた響きだった。それを読み替えてセティとしたのは、地上の人間はセトと発音できないため。神格が高すぎるのだ。
「オレの獲物だぞ」
「いいじゃねえか。俺だって散々仕掛けられたんだ。半分は権利を主張するぞ」
「仕方ない。半分だけだぞ」
譲ったのは、腕の中のイシスの存在ゆえだ。この子を離す気はなく、目覚める朝までに片付けたかった。ならば目の前の神を引き裂いて地上の肥やしにするまで……ゲリュオンに多少譲ってやってもいいだろう。
暴れて破壊しても迷惑が掛からない、荒れ地の丘に転移した。腕の中ですやすや眠るイシスを見つめる。長い睫毛が影を落とし、幸せそうな寝顔を彩る。
ゲリュオンの言う通り、こうして腕の中にあれば人質にされる心配はない。この状態のイシスがケガをするときは、オレの防御が突破される可能性と同じくらいありえなかった。ただ……問題点もある。
「可愛すぎて目が離せない」
「……本当の本物の、タイフォンだよな?」
心配になったゲリュオンの呟きに「当たり前だ」と返した。イシスの半分ほどもある大きなぬいぐるみは、抱きしめられて歪んでいる。自分が与えたぬいぐるみだが、そこまで抱きしめられるのは羨ましい。ちょっと位置を変わって、代わりに戦ってくれないだろうか。そんな考えまで浮かんだ。
苦笑する。これは……確かにゲリュオンに心配されるわけだ。この子を中心に世界が回り始めている。他の神々がちょっかいを許した理由も、この辺にありそうだった。
オレが突然「人間が持つ感情が欲しい」と言い出した時、どの神も関知しなかった。無理だと言い切る神ばかりだった。それだけオレの無慈悲さは突出していたのだろう。
最高位の神格を持つということは、そういうことだ。人らしい感情はなく、目の前で失われる生命に同情はしない。淡々と処理できる無慈悲な存在こそ、神らしいのだから。
表面上は笑顔を浮かべ、内心は何も感じないのが神――だとしたら、オレはすでに神失格だろう。腕の中の存在が可愛くて愛おしい。この者を傷つける輩は同族であろうと排除する。哀れで純粋で透明なイシスだけが欲しかった。
「出て来い、アトゥム」
「呼んだ?」
一瞬で現れたように見えるが、空間を歪めていただけでずっと近くにいた。気配は感じていた存在だ。それどころか、宿や移動中もずっと監視していたのに、何も知らない顔でのうのうと現れる。
金髪は実る豊かな穂を表し、緑の瞳は大地に茂る草や木々を表す。外見は美しく整えられ、白い衣を羽織って穏やかに微笑んでいた。何も知らずに出会った人間が、美しく慈悲深い神だと思うのも無理はない。
「僕に用があるの?」
「ああ。ひとまず……右腕だ」
ばきゃっ、何かを折って引き千切る音に、アトゥムの悲鳴が混じる。油断して薄い結界しか張っていなかった豊穣の神が、空中から転落した。
「見下ろされるのは嫌いだ」
神格はこちらの方が上だ。後ろでにやにやと見学するゲリュオンですら、豊穣のアトゥム神より神格が高い。この場でもっとも立場が低いくせに、空中から見下ろして対等な口を利くなど……愚かの極みだった。
「う゛ぐぅ、な……んで」
「理由か? 気に入らないからだ」
そう、ただそれだけ。オレの大切な嫁を狙うのも気に入らない。周りを彷徨くのも邪魔だ。青年姿のアトゥムが他国の神殿を唆して敵対するのも、すべてが気に入らない。
神にとってそれ以上の理由は必要なかった。
「馬鹿だな、お前。贄の子供に手を出さなければ、放っておいてもらえたのによ」
ゲリュオンが肩をすくめた。以前から最高神の妻の座を狙うアトゥムに、陰で牽制されたり嫌がらせを受けた男は、笑いながら近づく。地面に這いつくばる金髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前がセト神に選ばれることはないぜ」
タイフォンは地上で呼ばれる名だ。セトは天上で与えられた響きだった。それを読み替えてセティとしたのは、地上の人間はセトと発音できないため。神格が高すぎるのだ。
「オレの獲物だぞ」
「いいじゃねえか。俺だって散々仕掛けられたんだ。半分は権利を主張するぞ」
「仕方ない。半分だけだぞ」
譲ったのは、腕の中のイシスの存在ゆえだ。この子を離す気はなく、目覚める朝までに片付けたかった。ならば目の前の神を引き裂いて地上の肥やしにするまで……ゲリュオンに多少譲ってやってもいいだろう。
225
あなたにおすすめの小説
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる