69 / 321
68.その選択肢はなかった(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
冷え切った手足を温め、汚れを落とし、安心からウトウトする子供にスープと魚を食べさせた。あまりに眠そうなので、途中で食事を切り上げる。そっとベッドに横たえると、不安そうにこちらを見つめる瞳が揺らいだ。
「大丈夫、オレが守る」
黒髪に接吻け、頬を手で包み、隣に滑り込んだ。そこで思い出し、以前に購入した犬のぬいぐるみを取り出す。以前は見かけなかったが、ここ十年ほどで人間の間に流行った人形だ。リアルさは追及されず、ただ柔らかくて愛らしい姿の布袋だった。中に綿を詰めたらしく、ふわふわして抱き心地がいいだろう。
「これをやろう、さっきの狼だ」
正確には犬だ。ずっと収納に入れて忘れていた人形は、灰色だった。見た目が地味なのに高価すぎて売れ残ったのを、かなり前に買い取ったのだ。眷属の狼のようで見捨てられなかった。懐かしいぬいぐるみを、イシスは優しく撫でた。怖がるかと心配する前に、強く抱きしめる。
コートに使う毛皮を使った高価なぬいぐるみは、ふわふわと抱き心地が良い。耳を撫でたり顔をうずめたりしていたイシスが、笑顔で礼を言った。
「ゆっくり眠れ。オレはひとつだけ仕事を片付けるから」
「うん……」
まだ不安そうだが、ベッドの端に腰掛けて眠るまで見守る。長めの黒髪を撫でてやり、寝息が深くなるのを待つ。それから温め直した食事を廊下に押しだした。部屋自体を結界で包む。魔物や人間の魔力程度では破れないが、神族が相手ならばいくら用心してもしたりなかった。
「ゲリュオン」
廊下で召喚の魔法を使うと、大柄なごつい男がぼやく。
「やっと可愛い兎を手懐けたところだったのに」
むすっとした顔だったが、オレの厳しい表情を見て文句を引っ込めた。傷のある顔を歪めて、心配そうに視線を合わせる。
「ちょっかい、出されたのか?」
「ああ。潰す間、イシスを頼む」
左側の扉に手を這わせ、頑丈な結界が複数張られた状態を確認したゲリュオンは溜め息を吐いた。言いたいことはわかっている。これだけ保護して不安なのか? だろう。どれだけ手配しても、手の届かない距離は心配だった。
「眠らせたんだよな? じゃあ連れてけばいいじゃねえか」
呆れた態度を隠そうとしないゲリュオンの言葉に、ぱちりと目を見開く。言われた内容を頭の中で繰り返し、それから「なるほど」と呟いた。それは盲点だった。
安全な場所に置いていく選択肢しか浮かばなかったが、連れて行けば常に守れる。見せたくない光景は遮断するなり眠らせればいい。なぜ今まで思いつかなかったのか。
「連れて行こう」
「そうしてくれ。で? 俺は加勢していいのか」
思わぬことを言われ、ゲリュオンの顔をじっくり観察した。この男、何を考えている。まさかイシスを狙っているのか?
「狙ってねえ。親友の嫁に手を出す馬鹿なら、一発殴ってやろうと思ってな」
拳を見せてにかっと笑う。その表情に嘘はない。笑うと歯が見えるが、前歯が1本欠けているのを、この男はわざと治さなかった。そういやオレが殴って折ったな。
結界を解いて部屋に戻りながら、ベッドの上で眠るイシスに頬が緩む。
「えれぇ可愛いの抱いてるな」
ゲリュオンの複雑そうな顔に、意味を尋ねると「あんたがあれを買う姿を想像した」らしい。確かにイシスが抱いていると可愛いが、オレが持っても様にならない。肩を竦めて、ぬいぐるみごとイシスを抱き上げた。
冷え切った手足を温め、汚れを落とし、安心からウトウトする子供にスープと魚を食べさせた。あまりに眠そうなので、途中で食事を切り上げる。そっとベッドに横たえると、不安そうにこちらを見つめる瞳が揺らいだ。
「大丈夫、オレが守る」
黒髪に接吻け、頬を手で包み、隣に滑り込んだ。そこで思い出し、以前に購入した犬のぬいぐるみを取り出す。以前は見かけなかったが、ここ十年ほどで人間の間に流行った人形だ。リアルさは追及されず、ただ柔らかくて愛らしい姿の布袋だった。中に綿を詰めたらしく、ふわふわして抱き心地がいいだろう。
「これをやろう、さっきの狼だ」
正確には犬だ。ずっと収納に入れて忘れていた人形は、灰色だった。見た目が地味なのに高価すぎて売れ残ったのを、かなり前に買い取ったのだ。眷属の狼のようで見捨てられなかった。懐かしいぬいぐるみを、イシスは優しく撫でた。怖がるかと心配する前に、強く抱きしめる。
コートに使う毛皮を使った高価なぬいぐるみは、ふわふわと抱き心地が良い。耳を撫でたり顔をうずめたりしていたイシスが、笑顔で礼を言った。
「ゆっくり眠れ。オレはひとつだけ仕事を片付けるから」
「うん……」
まだ不安そうだが、ベッドの端に腰掛けて眠るまで見守る。長めの黒髪を撫でてやり、寝息が深くなるのを待つ。それから温め直した食事を廊下に押しだした。部屋自体を結界で包む。魔物や人間の魔力程度では破れないが、神族が相手ならばいくら用心してもしたりなかった。
「ゲリュオン」
廊下で召喚の魔法を使うと、大柄なごつい男がぼやく。
「やっと可愛い兎を手懐けたところだったのに」
むすっとした顔だったが、オレの厳しい表情を見て文句を引っ込めた。傷のある顔を歪めて、心配そうに視線を合わせる。
「ちょっかい、出されたのか?」
「ああ。潰す間、イシスを頼む」
左側の扉に手を這わせ、頑丈な結界が複数張られた状態を確認したゲリュオンは溜め息を吐いた。言いたいことはわかっている。これだけ保護して不安なのか? だろう。どれだけ手配しても、手の届かない距離は心配だった。
「眠らせたんだよな? じゃあ連れてけばいいじゃねえか」
呆れた態度を隠そうとしないゲリュオンの言葉に、ぱちりと目を見開く。言われた内容を頭の中で繰り返し、それから「なるほど」と呟いた。それは盲点だった。
安全な場所に置いていく選択肢しか浮かばなかったが、連れて行けば常に守れる。見せたくない光景は遮断するなり眠らせればいい。なぜ今まで思いつかなかったのか。
「連れて行こう」
「そうしてくれ。で? 俺は加勢していいのか」
思わぬことを言われ、ゲリュオンの顔をじっくり観察した。この男、何を考えている。まさかイシスを狙っているのか?
「狙ってねえ。親友の嫁に手を出す馬鹿なら、一発殴ってやろうと思ってな」
拳を見せてにかっと笑う。その表情に嘘はない。笑うと歯が見えるが、前歯が1本欠けているのを、この男はわざと治さなかった。そういやオレが殴って折ったな。
結界を解いて部屋に戻りながら、ベッドの上で眠るイシスに頬が緩む。
「えれぇ可愛いの抱いてるな」
ゲリュオンの複雑そうな顔に、意味を尋ねると「あんたがあれを買う姿を想像した」らしい。確かにイシスが抱いていると可愛いが、オレが持っても様にならない。肩を竦めて、ぬいぐるみごとイシスを抱き上げた。
63
お気に入りに追加
1,325
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼毎週、月・水・金に投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
偽りの僕を愛したのは
ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。
彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。
対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。
それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。
隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。
騎士団長✕訳あり平民
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる