67 / 321
66.聞こえない祈り(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
一瞬の隙を突かれた。
運ばれた食事を受け取って振り返った先に、イシスがいない。ベッドの上に座って窓の外を見ていた子供が落ちたのかと、焦って窓の外を確認した。しかし路上にも誰もいなくて……。
2階の窓から音もなく子供を攫える者――暗殺者か。昨夜7人も殺してやったのに、まだ懲りないとは。怒りと手ぬるい処置をした後悔で、頭の中が赤く黒く塗り替えられていく。この破壊神タイフォンの手元から、大切な贄であり宝であるイシスを奪うとは……。
この世界は存続を放棄したいのか?
もしあの子を傷つけていたら、傷ひとつに対し国をひとつ滅ぼしてやろう。命を奪っていたら、すべての生き物に死を与えてやろう。そこに慈悲や容赦などない。最高位の神から宝を奪うなら、その程度の神罰は覚悟の上でなくてはならぬ。
沸騰した感情に、周囲の空間が引きずられる。歪んで流れる景色を睨みつけ、震える手を握り締めた。気持ちを落ち着けなくては、イシスの祈りの声が聞こえない。深呼吸して耳を澄ませる。
イシス、オレを呼べ。セティでもタイフォンでもいい。オレの名を呼び続けろ。
強く願うのに、その声が聞こえなかった。取り乱すわけにいかない。ゲリュオンを呼ぶか? だが手がかりがなく、どちらへ向かったかも分からないのに……どうする?
叫びながら世界中を破壊したい衝動を必死に抑える。そうしなければ、奪われたイシスも一緒に破壊してしまう。
焦る気持ちを必死で宥めた。あの子の意識が途絶えているのだ。必ず意識が戻るはず、そうすれば声はオレに届く。目の前にオレがいなければ、あの子は不安になって神に祈るだろう。そう仕向けたのだから。
頼る者がないイシスに、オレだけを擦り込んだ。1人にされたと知ったあの子が呼ぶのは、タイフォン神でありオレだ。
怒りで震える拳を握りしめたまま、ベッドの端に座った。触れたシーツにイシスの温もりはない。もしすでに殺されていたら……? 二度と呼ばれないのではないか。不安が過ぎる。
何か他の手段を持たせればよかった。居場所の分かる術具や術式があれば、意識がなくとも取り返せたのに。
僕、セティがいないと怖い――掠れて届いた声はまだ祈りではない。不安が滲んだ声は揺らいでいた。苦しい、寒い。そんな感情が滲む響きに、力を溜めた。場所が分かり次第、転移を使うつもりだ。
神様、お願いです。僕をセティに会わせてください――ようやく聞こえた祈りは、タイフォンへ向けたもの。頭の中にある地図を一気に絞り込んでいく。立体的な風景が確定した瞬間、オレは何も考えずに飛んだ。
怖がっている、何かに怯え、寒さに震えていた。躊躇する余裕などない。
出現先の探査を省略し、手にした術式を放った。一瞬で眼前の景色が切り替わる。開け放たれた窓から吹く風に、用意された料理から湯気が奪われていった。
一瞬の隙を突かれた。
運ばれた食事を受け取って振り返った先に、イシスがいない。ベッドの上に座って窓の外を見ていた子供が落ちたのかと、焦って窓の外を確認した。しかし路上にも誰もいなくて……。
2階の窓から音もなく子供を攫える者――暗殺者か。昨夜7人も殺してやったのに、まだ懲りないとは。怒りと手ぬるい処置をした後悔で、頭の中が赤く黒く塗り替えられていく。この破壊神タイフォンの手元から、大切な贄であり宝であるイシスを奪うとは……。
この世界は存続を放棄したいのか?
もしあの子を傷つけていたら、傷ひとつに対し国をひとつ滅ぼしてやろう。命を奪っていたら、すべての生き物に死を与えてやろう。そこに慈悲や容赦などない。最高位の神から宝を奪うなら、その程度の神罰は覚悟の上でなくてはならぬ。
沸騰した感情に、周囲の空間が引きずられる。歪んで流れる景色を睨みつけ、震える手を握り締めた。気持ちを落ち着けなくては、イシスの祈りの声が聞こえない。深呼吸して耳を澄ませる。
イシス、オレを呼べ。セティでもタイフォンでもいい。オレの名を呼び続けろ。
強く願うのに、その声が聞こえなかった。取り乱すわけにいかない。ゲリュオンを呼ぶか? だが手がかりがなく、どちらへ向かったかも分からないのに……どうする?
叫びながら世界中を破壊したい衝動を必死に抑える。そうしなければ、奪われたイシスも一緒に破壊してしまう。
焦る気持ちを必死で宥めた。あの子の意識が途絶えているのだ。必ず意識が戻るはず、そうすれば声はオレに届く。目の前にオレがいなければ、あの子は不安になって神に祈るだろう。そう仕向けたのだから。
頼る者がないイシスに、オレだけを擦り込んだ。1人にされたと知ったあの子が呼ぶのは、タイフォン神でありオレだ。
怒りで震える拳を握りしめたまま、ベッドの端に座った。触れたシーツにイシスの温もりはない。もしすでに殺されていたら……? 二度と呼ばれないのではないか。不安が過ぎる。
何か他の手段を持たせればよかった。居場所の分かる術具や術式があれば、意識がなくとも取り返せたのに。
僕、セティがいないと怖い――掠れて届いた声はまだ祈りではない。不安が滲んだ声は揺らいでいた。苦しい、寒い。そんな感情が滲む響きに、力を溜めた。場所が分かり次第、転移を使うつもりだ。
神様、お願いです。僕をセティに会わせてください――ようやく聞こえた祈りは、タイフォンへ向けたもの。頭の中にある地図を一気に絞り込んでいく。立体的な風景が確定した瞬間、オレは何も考えずに飛んだ。
怖がっている、何かに怯え、寒さに震えていた。躊躇する余裕などない。
出現先の探査を省略し、手にした術式を放った。一瞬で眼前の景色が切り替わる。開け放たれた窓から吹く風に、用意された料理から湯気が奪われていった。
63
お気に入りに追加
1,325
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼毎週、月・水・金に投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。
狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。
表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。
権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は?
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
【注意】※印は性的表現有ります
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】少年王が望むは…
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる