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22.お前は特別だ(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 眠ったイシスの頬に残る涙を拭い、ぺろりと舐めた。塩辛い味に口元が緩む。この子供の言動が気に触ることはなかった。

 神族は嘘をつかず、感情を偽らない。だから面白くないと人間の世界に降りたのは、今から数十年前だった。天邪鬼は神の性質のひとつで、あのアトゥムも併せ持つ。

 神殿に祀られるのも飽きた。人間のフリをしてあちこちの国を巡る。旅による景色や風土の違いを肌で感じながら、大して興味を持てない日常を繰り返した。人間は神族より狡猾で醜い。特に他種族への迫害は酷く、家畜以下の扱いをすることも少なくなかった。

 愛情や本物の感情を味わいたいと降りた地上も、結局は欲に塗れた汚い世界だ。欲しいものは手が届かず、愛したい個体も見つからなかった。神々の残忍さとは違う人間の残酷な振る舞いは、何度も見て知っているつもりだ。

 だから気紛れに立ち寄った己の神殿で、子供を見つけたときも「またか」程度の感覚だった。タイフォンが邪神とされる所以は、すべてを壊す神だからだ。死を司り、破壊を尽くす。人間は怖いものを崇めて讃え、自分達には害を及ぼさないよう願った。

 邪神信仰の根幹は――畏れ。

 神殿に供物や生贄を供えるのも、珍しい習慣ではない。一度もオレは望んだ記憶はないが、勝手に供えられるのだ。神殿で鎖に繋がれた子供を見つけた時も、その黒髪や紫の瞳を見て理解した。

 邪神タイフォンの姿として伝えられる色を持つ子供を不吉と判断し、閉じ込めたのだ。殺すことで祟られると思ったか。飼い殺しの子供を解放したら、後は誰かに預ければいい。そう考えて連れ出したが……こんなに興を煽る存在だとは。

 外見を幻覚で誤魔化すのも限界がある。オレの魔力は問題ないが、イシスが影響を受けると変質するだろう。そんなことを心配する自分がおかしくて口元が緩んだ。

 誰かにすぐ預けるなら、別に心配してやる必要はない。影響が出るほど長い期間連れ歩く気でいる自分が不思議だった。この子は何も知らない無垢だ。だが馬鹿ではない。

 もう少し手許で育ててみよう。変質して壊れるようなら処分すればいい。いつもと同じように……そう、いつもそうしてきたのに胸が痛んだ。

「お前は特別だ」

 イシスの名は神に与えられるもの。それを授けたことも、こうして胸が痛むことも、オレが感情らしきものを抱いたことも……。

「イシスの手柄だな」

 ならば褒美が必要だろう? 長く退屈なだけの人生を彩る駒として、この子供は最高のパーツだった。生まれた感情が危険でも、神の身を滅ぼす焔だったとしても構わない。

「手放してやれる期間は過ぎた」

 覚悟しろ。眠る表情は幼く、まだまだ子供だ。キスが好きで、甘えることに臆病で、でも愛情に飢えた歪な生贄――オレに捧げられた、オレだけの個体だった。

 暮れていく窓の外を見ながら、膝枕した子供の顔を見つめる。今夜は何を食べさせてやろうか。そう考えることが存外楽しくて、自然と表情は柔らかくなった。
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