看取り人

織部

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看取り落語

看取り落語(15)

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「翌日も翌々日もたくさんの人達がにゃんにゃん亭茶々丸の高座を見に公園を訪れましたにゃ」
 茶々丸は、その時のことを思い出したように鼻を舐める。
「戸惑う男は当初はあの時だけだと断りましたが、その途端にブーイングの嵐。また落語を聞かせろ、可愛い茶々丸に合わせろ!茶々丸最高!と言う声が響き渡ります。仕方なく男は茶々丸と一緒に落語をしますにゃ。この時だけ、この時だけ、そう思い落語をしますがその度に観客は増えていきますにゃ」 
 それでもその時はすぐに収まるだろうと安直に考えていた。
「口コミというのは時にネットよりも猫のフェロモンよりも広まっていくもの。ベンチでひっそりと行われていたた落語はいつの間にか広場に移り、それでもあまりに沢山の人が集まってくるので公園の管理組合の人達から注意される始末。男はこれを機に止められると思いましたが、観客の一人がMe-Tubeで配信しませんか?と持ちかけてきましたにゃ」
 その男はミーチューバーの事務所の人間で茶々丸の噂を聞きつけて観に来て、すっかり虜になったという。
 落語家をクビになってからは貯金を切り崩す貧乏生活だったのでネット界隈の話しなんかまるで知らなかった師匠は当然、疑わしく思った。しかし、同じように観に来ていた観客達が自分達でも知ってる事務所だよ、と教えてくれ、普段、仕事や学校で中々来れない人達もMe-Tubeならいつでも見れるし、収益も得られるかもと教えてくれた。
 正直、金にはほとんど興味はなかった。どんなに貧乏でも一人で生きてくのにはそんなには困らない。いざとなりゃ生活保護でも何でも受けるつもりだった。
 しかし、今の自分には茶々丸がいる。
 どんなに娘のように可愛がっても動物に保険は適応できなければ行政の保護もない。動物と言う物扱いだ。茶々丸の為にも収入はあった方がいい。
 それに……茶々丸を通して落語をする楽しみを思い出してしまった。このまとわり付くような魔力のような魅力に抗うことが出来ない。
 師匠は、自分の名前を出さないことを条件として事務所の申し出を受けることにした。
 その結果は……大成功であった。
「Me-Tubeデビューしてからの茶々丸の快進撃は止まることを知りませんでしたにゃ!」
 茶々丸は、扇子で机を叩くように尻尾を振る。
「デビューしてから再生回数は伸びに伸び、登録者数も尻尾がぴんっと伸びるようでございますにゃ。コメントには小さくて可愛い、こんな本格的な落語が聞けるなんて思わなかった!、世界に誇る美しい猫などと沢山の声援が届きましたにゃ」
 最後は盛ったな、と師匠は苦笑するも実際ににゃんにゃん亭茶々丸のヒットは事務所すら驚くものだった。
 恐らく愛らしい猫➕本格落語と言うあまりにも意外な組み合わせがヒットの要因なのだろうとのことだ。
 動画を視聴するのも若い世代から高齢世代と幅が広く、茶々丸の落語を聞いてから落語にハマったという言葉も聞かれ、近年耳にする落語離れ解決に一役買ったと言える。
 幸い茶々丸の落語を聞いても師匠とバレることはなかった。いや、実際、分かっていても言わないだけなのかもしれない。クビになってから随分時間は経ってるし、黒子の格好をして一門の屋号だって使ってない。
 収入は現役時代に比べれば大したことはないがそれでも近年の貧乏生活からはあり得ないくらいの金を貰うことが出来、お陰で茶々丸の予防接種や住環境、食事に困ることは無くなった。
 そして何より茶々丸を通して娘と一緒に落語が出来ている感覚がとても嬉しかった。
「そんな充実した日々を過ごして数年経ったある日、歳のせいか体調が優れないなあ、なんか白目の色が変だなと感じていると事務所を通して一通のDMが届きましたにゃ」
 それはとあるホスピスの所長から送られてきた。
 内容はこうだ。
「元妻が貴方に会いたがっている」
 茶々丸は、息を吐くように口を開ける。
「男は直ぐ様、飛び出して行きましたにゃ。茶々丸はそんな男の背中をじっと目で追いましたにゃ」
 師匠の心臓の鼓動が弱々しく速くなる。
 あの時の焦燥が記憶と共に蘇る。
「数時間後、男は戻ってきましたにゃ。息を切らし、涙に濡れた顔で茶々丸を見て言いましたにゃ。俺と一緒に落語をしてくれ、と」
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