看取り人

織部

文字の大きさ
53 / 56
看取り落語

看取り落語(15)

しおりを挟む
「翌日も翌々日もたくさんの人達がにゃんにゃん亭茶々丸の高座を見に公園を訪れましたにゃ」
 茶々丸は、その時のことを思い出したように鼻を舐める。
「戸惑う男は当初はあの時だけだと断りましたが、その途端にブーイングの嵐。また落語を聞かせろ、可愛い茶々丸に合わせろ!茶々丸最高!と言う声が響き渡ります。仕方なく男は茶々丸と一緒に落語をしますにゃ。この時だけ、この時だけ、そう思い落語をしますがその度に観客は増えていきますにゃ」 
 それでもその時はすぐに収まるだろうと安直に考えていた。
「口コミというのは時にネットよりも猫のフェロモンよりも広まっていくもの。ベンチでひっそりと行われていたた落語はいつの間にか広場に移り、それでもあまりに沢山の人が集まってくるので公園の管理組合の人達から注意される始末。男はこれを機に止められると思いましたが、観客の一人がMe-Tubeで配信しませんか?と持ちかけてきましたにゃ」
 その男はミーチューバーの事務所の人間で茶々丸の噂を聞きつけて観に来て、すっかり虜になったという。
 落語家をクビになってからは貯金を切り崩す貧乏生活だったのでネット界隈の話しなんかまるで知らなかった師匠は当然、疑わしく思った。しかし、同じように観に来ていた観客達が自分達でも知ってる事務所だよ、と教えてくれ、普段、仕事や学校で中々来れない人達もMe-Tubeならいつでも見れるし、収益も得られるかもと教えてくれた。
 正直、金にはほとんど興味はなかった。どんなに貧乏でも一人で生きてくのにはそんなには困らない。いざとなりゃ生活保護でも何でも受けるつもりだった。
 しかし、今の自分には茶々丸がいる。
 どんなに娘のように可愛がっても動物に保険は適応できなければ行政の保護もない。動物と言う物扱いだ。茶々丸の為にも収入はあった方がいい。
 それに……茶々丸を通して落語をする楽しみを思い出してしまった。このまとわり付くような魔力のような魅力に抗うことが出来ない。
 師匠は、自分の名前を出さないことを条件として事務所の申し出を受けることにした。
 その結果は……大成功であった。
「Me-Tubeデビューしてからの茶々丸の快進撃は止まることを知りませんでしたにゃ!」
 茶々丸は、扇子で机を叩くように尻尾を振る。
「デビューしてから再生回数は伸びに伸び、登録者数も尻尾がぴんっと伸びるようでございますにゃ。コメントには小さくて可愛い、こんな本格的な落語が聞けるなんて思わなかった!、世界に誇る美しい猫などと沢山の声援が届きましたにゃ」
 最後は盛ったな、と師匠は苦笑するも実際ににゃんにゃん亭茶々丸のヒットは事務所すら驚くものだった。
 恐らく愛らしい猫➕本格落語と言うあまりにも意外な組み合わせがヒットの要因なのだろうとのことだ。
 動画を視聴するのも若い世代から高齢世代と幅が広く、茶々丸の落語を聞いてから落語にハマったという言葉も聞かれ、近年耳にする落語離れ解決に一役買ったと言える。
 幸い茶々丸の落語を聞いても師匠とバレることはなかった。いや、実際、分かっていても言わないだけなのかもしれない。クビになってから随分時間は経ってるし、黒子の格好をして一門の屋号だって使ってない。
 収入は現役時代に比べれば大したことはないがそれでも近年の貧乏生活からはあり得ないくらいの金を貰うことが出来、お陰で茶々丸の予防接種や住環境、食事に困ることは無くなった。
 そして何より茶々丸を通して娘と一緒に落語が出来ている感覚がとても嬉しかった。
「そんな充実した日々を過ごして数年経ったある日、歳のせいか体調が優れないなあ、なんか白目の色が変だなと感じていると事務所を通して一通のDMが届きましたにゃ」
 それはとあるホスピスの所長から送られてきた。
 内容はこうだ。
「元妻が貴方に会いたがっている」
 茶々丸は、息を吐くように口を開ける。
「男は直ぐ様、飛び出して行きましたにゃ。茶々丸はそんな男の背中をじっと目で追いましたにゃ」
 師匠の心臓の鼓動が弱々しく速くなる。
 あの時の焦燥が記憶と共に蘇る。
「数時間後、男は戻ってきましたにゃ。息を切らし、涙に濡れた顔で茶々丸を見て言いましたにゃ。俺と一緒に落語をしてくれ、と」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...