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看取り落語
看取り落語(16)
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「貴方が茶々丸ね」
似ても似つかないのに茶々丸の声を演じる看取り人の声が元妻の声に被った。
「男の元妻は茶々丸を見て優しく微笑んでいいましたにゃ。その顔は雪のように真っ白であまりにも細い身体からは何かが抜け落ちそうになっているように見えましたにゃ」
得てして正しい表現だ、と師匠は思った。
久々に会った元妻はまさに魂が抜け出し、旅立つ直前だったのだから。
末期癌。
言葉だけなら良く聞くし、周りにいなかった訳でもない。なんなら今の自分だって末期の癌だ。
それでも元妻が末期癌で、指折り数えることもなく旅立つかも知れないと聞いた時の衝撃は例えようがなかった。
ハーフらしいホスピスの所長に案内されて元妻のいる居室に入ると彼女はにっこりと微笑んで師匠を迎えた。
恨まれている、憎まれている、嫌われていると思っていた師匠は元妻の反応にひどく驚いた。
久しぶりね。
ああっ。
何よそんなに怯えた顔をして。久々に会ったのに。
……そうだね。もう会うことなんてないと思っていたから驚いたよ。
私もよ……二度と顔なんか見たくない。会いたくないって思ってたわ。
それじゃあ……なんで?
なんでかしらね?死を目の前にして……会いたい人はいること聞かれた時……貴方が浮かんだの。貴方と……あの子が。
…………。
貴方、今、ミーチューバーしてるのね。
知ってたのか?
動画を見たわ。あの噺し方、貴方しかいないもの。すぐに分かったわ。
そうか……。
あの猫、茶々丸って言うのね。
ああっ。
なんであの名前を?
あいつを見てたら急に思いついたんだよ。自分でも良く分からない。
そう。きっとあの子が貴方に伝えたのね。茶々丸にしてって。
なんで?
そんなの知らないわ。あっちに行ったら聞いといてあげる。
…………。
ねえ、落語を聞かせて。
えっ?
余命宣告された時からね。ずっと思ってたの。死ぬ時は貴方の落語を聞きながら死にたい。貴方の落語で笑いながらあの子の下に行きたいって。
でも……俺は……。
出来ない?
……。
なら、あの子を連れてきて。
茶々丸を?
あの子と同じ名前の子に送り出されたら……私きっと安らかに逝けるから……お願い。お願いよ。
そこから先は覚えてない。
気がついたら家に戻っていて、気が付いたらホスピスに戻っていた。
そして……。
「茶々丸は、元妻の前で落語を披露しました。一題終わればまた一題、それが終わればまた一題と、喉が擦り切れるまで、涙が枯れ果てるまで噺をし続けましたにゃ。元妻はそんな茶々丸と男を微笑ましく見ていましたにゃ。その顔はあの頃と変わらない可愛らしい妻で、どこまでも優しい母の顔でございましたにゃ」
師匠の脳裏に妻の顔が浮かぶ。
優しく、愛おしい妻の顔が。
「茶々丸と男は一日中、夜が明けるまで話し続けましたにゃ。そして日の出と共に噺を終えると、元妻はそっと旅立っておりました」
黄色く濁った目から再び涙が溢れる。
「それから男はずっと考えます。自分は彼女をしっかりと送り出すことが出来たのか?望んだ最後を迎えさせてやることが出来たのか?その役目は本当に……本当に自分で良かったのか?」
そうだ。
本当に自分で良かったのか?
彼女から人生を、幸せを奪ったのは間違いなく自分だ。
それなのに……それなのに……。
「男は、その答えを探すためにMe-Tubeを止め、ホスピスの所長に頼み込んで施設の入居者達の前で茶々丸と共に落語をしました。彼らの残された時間に一笑を届けられればと、そしてそれをすることであの時の答えが見つかることを願って」
茶々丸は、翡翠の目を閉じる。
「そして……彼もまた病気となりましたにゃ。彼女と同じ末期の癌に」
それを宣告された時、特に驚きはしなかった。
何となく身体の調子が良くなかったからひょっとして……とは思っていた。だから、死への恐怖はなかった。
その代わり焦った。
「そのままでは自分は答えが分からないまま人生を終えることになる。彼女をしっかりと送り出せたのか?最後の最後に彼女に報いることが出来たのか?娘の元に送ってやれたのか?だから男は決めました。自分の最後の最後、妻と同じように落語を聞きながら死ぬことが出来たのなら、その答えが分かるのではないか?そう思い、男はお願いしたのですにゃ」
茶々丸は、翡翠の目を大きく開く。
「にゃんにゃん亭茶々丸の最後の客にして欲しい、と」
似ても似つかないのに茶々丸の声を演じる看取り人の声が元妻の声に被った。
「男の元妻は茶々丸を見て優しく微笑んでいいましたにゃ。その顔は雪のように真っ白であまりにも細い身体からは何かが抜け落ちそうになっているように見えましたにゃ」
得てして正しい表現だ、と師匠は思った。
久々に会った元妻はまさに魂が抜け出し、旅立つ直前だったのだから。
末期癌。
言葉だけなら良く聞くし、周りにいなかった訳でもない。なんなら今の自分だって末期の癌だ。
それでも元妻が末期癌で、指折り数えることもなく旅立つかも知れないと聞いた時の衝撃は例えようがなかった。
ハーフらしいホスピスの所長に案内されて元妻のいる居室に入ると彼女はにっこりと微笑んで師匠を迎えた。
恨まれている、憎まれている、嫌われていると思っていた師匠は元妻の反応にひどく驚いた。
久しぶりね。
ああっ。
何よそんなに怯えた顔をして。久々に会ったのに。
……そうだね。もう会うことなんてないと思っていたから驚いたよ。
私もよ……二度と顔なんか見たくない。会いたくないって思ってたわ。
それじゃあ……なんで?
なんでかしらね?死を目の前にして……会いたい人はいること聞かれた時……貴方が浮かんだの。貴方と……あの子が。
…………。
貴方、今、ミーチューバーしてるのね。
知ってたのか?
動画を見たわ。あの噺し方、貴方しかいないもの。すぐに分かったわ。
そうか……。
あの猫、茶々丸って言うのね。
ああっ。
なんであの名前を?
あいつを見てたら急に思いついたんだよ。自分でも良く分からない。
そう。きっとあの子が貴方に伝えたのね。茶々丸にしてって。
なんで?
そんなの知らないわ。あっちに行ったら聞いといてあげる。
…………。
ねえ、落語を聞かせて。
えっ?
余命宣告された時からね。ずっと思ってたの。死ぬ時は貴方の落語を聞きながら死にたい。貴方の落語で笑いながらあの子の下に行きたいって。
でも……俺は……。
出来ない?
……。
なら、あの子を連れてきて。
茶々丸を?
あの子と同じ名前の子に送り出されたら……私きっと安らかに逝けるから……お願い。お願いよ。
そこから先は覚えてない。
気がついたら家に戻っていて、気が付いたらホスピスに戻っていた。
そして……。
「茶々丸は、元妻の前で落語を披露しました。一題終わればまた一題、それが終わればまた一題と、喉が擦り切れるまで、涙が枯れ果てるまで噺をし続けましたにゃ。元妻はそんな茶々丸と男を微笑ましく見ていましたにゃ。その顔はあの頃と変わらない可愛らしい妻で、どこまでも優しい母の顔でございましたにゃ」
師匠の脳裏に妻の顔が浮かぶ。
優しく、愛おしい妻の顔が。
「茶々丸と男は一日中、夜が明けるまで話し続けましたにゃ。そして日の出と共に噺を終えると、元妻はそっと旅立っておりました」
黄色く濁った目から再び涙が溢れる。
「それから男はずっと考えます。自分は彼女をしっかりと送り出すことが出来たのか?望んだ最後を迎えさせてやることが出来たのか?その役目は本当に……本当に自分で良かったのか?」
そうだ。
本当に自分で良かったのか?
彼女から人生を、幸せを奪ったのは間違いなく自分だ。
それなのに……それなのに……。
「男は、その答えを探すためにMe-Tubeを止め、ホスピスの所長に頼み込んで施設の入居者達の前で茶々丸と共に落語をしました。彼らの残された時間に一笑を届けられればと、そしてそれをすることであの時の答えが見つかることを願って」
茶々丸は、翡翠の目を閉じる。
「そして……彼もまた病気となりましたにゃ。彼女と同じ末期の癌に」
それを宣告された時、特に驚きはしなかった。
何となく身体の調子が良くなかったからひょっとして……とは思っていた。だから、死への恐怖はなかった。
その代わり焦った。
「そのままでは自分は答えが分からないまま人生を終えることになる。彼女をしっかりと送り出せたのか?最後の最後に彼女に報いることが出来たのか?娘の元に送ってやれたのか?だから男は決めました。自分の最後の最後、妻と同じように落語を聞きながら死ぬことが出来たのなら、その答えが分かるのではないか?そう思い、男はお願いしたのですにゃ」
茶々丸は、翡翠の目を大きく開く。
「にゃんにゃん亭茶々丸の最後の客にして欲しい、と」
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