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1-1 逆さまの幽霊 side A
7 織歌の仮説1
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◆
「じゃあ、私の仮説、説明します。ロビンさん、適宜フォロー、お願いしますね」
「はいはい、良きにはからうよ」
どうしてこうなったのか。
件の踊り場に背を向けるように鞄を抱えて座らされた真由は、想定していた通りの呆れを浮かべたままメガネをかけ直して、隣に座るロビンを横目で見た。
織歌は微笑ましいほどに自信満々で、三段ほど下がった段に立っている。
「えーっと、説明文のセオリーとしてはショートケーキのイチゴから、ですよね。というわけで、端的に言いますと、アレは思念と情景の焼きつきで、怪談として語られぬ間に潜在化し、再度語られるようになって顕在化したのだと私は考えます」
「うん、全然有り得るね」
ロビンがそう相槌を打って続ける。
「志向性を付与するものの中には、物語それそのものや、文脈がある。そこに怪談の内容があると観測者が知っているかどうかで、それが現れるかどうかは変わる」
「はい、そうした知ってることがトリガーの怪談もありますから、当然です。今回は語られなくなって忘れられ、潜在化していたと考えられます」
それを聞いて、真由はふと小学生の頃に聞いた、二十歳まで覚えていたら死ぬ言葉を思い出す。
思い出してから、なんで思い出せてしまったんだろう、と少しげんなりした。
織歌は続ける。
「けれど、それは今回、正体を考える上ではあまり重要ではありません。今回、正体を考える上でのポイントは、誰の思念と情景が焼きついたか、です。元々の怪談では、これは『頭から飛び降り自殺した生徒の幽霊』として語られます。この生徒については、少なくともこの怪談で、これ以上のバックグラウンドは語られません。ということは、その生徒自体はこの怪談の主題ではないのです。それこそ、その飛び降り自殺の理由ですら、どんな憶測が当てられようと構わないということです」
織歌のその言葉に、真由はぎょっとする。
それではまるで、その生徒を蔑ろにしているかのような物言いだ。
しかし、織歌はそのまま続ける。
「その時点で、この怪談から導かれる幽霊に正当性はありません。だって何に恨みを持っているか、明確にされてないのですから」
「そうだね、幽霊の話に恨みを始めとした理由は憶測であってもつきもの。そうでなければ、他の死者と違ってその死者が幽霊になる理由はない」
だが、真由は先程覚えた抵抗を拭えない。
「……そ、そんな言い方って」
「ナイ、と思う?」
横のロビンが、そう真由の言葉を奪った。
小首を傾げたその目の青が、先程よりも暗くなった中で、イヤに目につく。
「優しいね、マユは。怖い思いをしたのに」
「だって、そんな、飛び降り自殺、ですよ。絶対、何か、誰とも分かち合えない、苦しみがあったはずじゃないですか」
「そう、みんながそうして優しいから、幽霊の話というものは存在しているのです。そこに怪奇現象があって、過去にそれらしい相応の何事かがあれば、だから恨みを晴らそうとしているのだと、そういう理屈付けで話ができるのです」
織歌がきっぱりと言い切る。
次いでロビンが口を開いた。
「これもほぼセンセイの持論の受け売り。だけど、マユ、知らない? スガワラノミチザネって」
「スガワラ……え、菅原道真?」
いくら流暢に日本語を操るとはいえ、どうみても外国人のロビンの口からバリバリの日本史上の人物の名前が出ると、流石に一瞬ワケがわからなくなる。
「じゃあ、私の仮説、説明します。ロビンさん、適宜フォロー、お願いしますね」
「はいはい、良きにはからうよ」
どうしてこうなったのか。
件の踊り場に背を向けるように鞄を抱えて座らされた真由は、想定していた通りの呆れを浮かべたままメガネをかけ直して、隣に座るロビンを横目で見た。
織歌は微笑ましいほどに自信満々で、三段ほど下がった段に立っている。
「えーっと、説明文のセオリーとしてはショートケーキのイチゴから、ですよね。というわけで、端的に言いますと、アレは思念と情景の焼きつきで、怪談として語られぬ間に潜在化し、再度語られるようになって顕在化したのだと私は考えます」
「うん、全然有り得るね」
ロビンがそう相槌を打って続ける。
「志向性を付与するものの中には、物語それそのものや、文脈がある。そこに怪談の内容があると観測者が知っているかどうかで、それが現れるかどうかは変わる」
「はい、そうした知ってることがトリガーの怪談もありますから、当然です。今回は語られなくなって忘れられ、潜在化していたと考えられます」
それを聞いて、真由はふと小学生の頃に聞いた、二十歳まで覚えていたら死ぬ言葉を思い出す。
思い出してから、なんで思い出せてしまったんだろう、と少しげんなりした。
織歌は続ける。
「けれど、それは今回、正体を考える上ではあまり重要ではありません。今回、正体を考える上でのポイントは、誰の思念と情景が焼きついたか、です。元々の怪談では、これは『頭から飛び降り自殺した生徒の幽霊』として語られます。この生徒については、少なくともこの怪談で、これ以上のバックグラウンドは語られません。ということは、その生徒自体はこの怪談の主題ではないのです。それこそ、その飛び降り自殺の理由ですら、どんな憶測が当てられようと構わないということです」
織歌のその言葉に、真由はぎょっとする。
それではまるで、その生徒を蔑ろにしているかのような物言いだ。
しかし、織歌はそのまま続ける。
「その時点で、この怪談から導かれる幽霊に正当性はありません。だって何に恨みを持っているか、明確にされてないのですから」
「そうだね、幽霊の話に恨みを始めとした理由は憶測であってもつきもの。そうでなければ、他の死者と違ってその死者が幽霊になる理由はない」
だが、真由は先程覚えた抵抗を拭えない。
「……そ、そんな言い方って」
「ナイ、と思う?」
横のロビンが、そう真由の言葉を奪った。
小首を傾げたその目の青が、先程よりも暗くなった中で、イヤに目につく。
「優しいね、マユは。怖い思いをしたのに」
「だって、そんな、飛び降り自殺、ですよ。絶対、何か、誰とも分かち合えない、苦しみがあったはずじゃないですか」
「そう、みんながそうして優しいから、幽霊の話というものは存在しているのです。そこに怪奇現象があって、過去にそれらしい相応の何事かがあれば、だから恨みを晴らそうとしているのだと、そういう理屈付けで話ができるのです」
織歌がきっぱりと言い切る。
次いでロビンが口を開いた。
「これもほぼセンセイの持論の受け売り。だけど、マユ、知らない? スガワラノミチザネって」
「スガワラ……え、菅原道真?」
いくら流暢に日本語を操るとはいえ、どうみても外国人のロビンの口からバリバリの日本史上の人物の名前が出ると、流石に一瞬ワケがわからなくなる。
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