ハヤブサ将軍は身代わりオメガを真摯に愛す

兎騎かなで

文字の大きさ
15 / 21

15

しおりを挟む
 人間と積極的に関わりたがる鳥人なんて、聞いたことがなくて訝しんだ。

「僕を拐ったりしないでね」
「残念ながら貴方を連れて飛べるだけの翼力がないんだ、まだ」
「あっても連れていったらダメだから!」

 不穏な言葉に慌てて反論すると、彼は不思議そうに首を傾げる。

「そうか……では、正当な理由を用意できれば迎えにいってもいいだろうか」
「だからダメだってば、鳥人の里に連れていかれたくない」
「ふむ、里は駄目か。考えておく」

 彼はおもむろにニコルの手を掴んだ。

「わ、なに?」
「この先は木の根が張っていて転びやすい」
「そうなんだ、拐おうとしたのかと思っちゃった」
「無理矢理そんなことはしない」

 ニコルは安心してため息を吐く。彼の心遣いのお陰で、木の根が入り組んだ道なき道を進んでも、ニコルは転ばずにいられた。

(大きい手だなあ、僕もお兄さんみたいに背が高くなりたい)

 ぎゅっと手を握り返すと振り向かれる。ベルクードは真面目な顔をしているが、声は弾んでいるように聞こえた。

「人間の手は柔らかいな」
「そう? 普通だよ」
「いや、柔らかくて触り心地がいい。ずっと握っていたくなる」

 真剣な表情で何度も握りなおされて、そんな場合じゃないと焦って文句を言う。

「もう、ふざけてないで早く弟のところに連れていってよ!」
「ふざけた訳ではないが、そうだな。急ごう」

 少年は時々ニコルの方を振り返り、やけに熱心に眺めてきたがそれ以上何も言うことはなく、二人で木々の間を移動した。

「この辺りだったはずだが」
「あ、あれ……!」

 木の根元で倒れ込んでいる少年姿のカエラを見つけて、ニコルは駆け寄った。近づいてみると、健やかな顔で寝息を立てているのがわかる。

「なんだ、寝てるだけか……びっくりした」

 起こすために大声を出そうとしたところで、突如ベルクードが身構えた。

「何か来る。じっとしていろ」

 緊張感に包まれる空気を割って森の中から現れたのは、ベルクードよりも大きな熊だった。目は血走っていて、お腹は窪んでいる。

 腹が減っているのだろう。熊はニコル達を獲物だと見定めたようで、だんだん近づいてきた。

「う……に、逃げなくちゃ」

 ニコルはカエラを抱えようとしたが、意識のない彼女の体はニコルにとって重く、腕の中に抱き起こすので精一杯だった。

 熊は脅威になりそうな鳥人相手に唸り、低い姿勢をとっている。今にも飛びかかってきそうだ。少年は熊と相対した。

「私が相手をするから、今のうちに逃げろ」
「そんな、逃げろって言ったって……」

 焦りながらも背負おうとするけれど上手くいかず、妹の体はずるりと滑り落ちてしまう。
 カエラが起きてくれれば逃げられるのにと焦ったニコルは、失態を犯してしまった。

「ねえ、起きて、起きてよ!」

 熊は大声を出したニコルに反応した。巨体に見合わぬ速度でニコルとカエラを目掛けて突進してくる。ニコルは熊の動きに気づいたけれど、だからと言って避けることなんてできなくて、カエラを体の後ろに隠して庇った。

「させないっ!」

 丸腰の鳥人がニコルとカエラの間に割り込み、熊の爪による一撃を受ける。目の前で赤い血が飛び散り、獣は咆哮した。

「うう、うるさいわね……っ? 血? 何、これ……」
「逃げろ!」

 ニコルは振り返ったベルクードの顔が血塗れになっているのを見て、酷くショックを受けた。

 精悍な顔は無惨にも右頬から目尻にかけて大きく裂けていて、大量の血が流れている。あまりにも血塗れなので、目の前の少年が死んでしまうのではないかと恐怖した。

 カタカタ震えたまま一歩も動けなかったが、鳥人の顔を見てカエラが悲鳴を上げる。

「い……っいやあああ!」

 カエラは一目散に、熊とベルクードから背を向けて駆け出した。

(危ない、そんな闇雲に走るなんて)

 もつれる足を必死に動かして後を追う。

「カエラ、待って……!」
「嫌よ! あんなところにいたら殺されちゃう!」

 足の速いカエラを追いかけ息も絶え絶えになりながら、ニコルも必死に走った。運よく家の方向へと向かっていたようで、屋敷の屋根を目にしたカエラは歓声を上げる。

「やった、家が見えてきたわ!」

 ニコルは足を止めた。膝に手をついて肩で息をしながら背後を振り返る。ニコルの足音が聞こえなくなったのに気がついたカエラは、怪訝そうに尋ねた。

「どうしたのよ、もう限界? 体力ないわね、まだ森にいるんだから家まで走りなさいよ」
「……僕、戻るよ」
「はあ? なんでよ!」
「お兄さんが心配なんだ」

 カエラは開いた口が塞がらない様子だったが、しばらくして烈火のごとく怒り出す。

「お人好しもいい加減にしなさい!」
「だけど、僕のせいでお兄さんが死んじゃったら……! ごめん、カエラ!」

 疲れた体に鞭を打って、反対側に走りだす。後ろからカエラの罵倒が聞こえた。

「もう、バカ! アンタが行った方が足手まといになるでしょうが、放っておきなさいよ!」

(確かに、そうかもしれない……だけど親切にしてくれた人を見殺しにするなんて、絶対にしたくないんだ!)

 冷静な思考を挟む余地もなく、森へと引き返す。がむしゃらに走ってきた道を引き返したつもりだったけれど、途中で違う道へと出てしまったらしい。

 いつまでたっても熊と少年のいた場所にはたどり着けず、ニコルは疲れきって木の根元に座り込んだ。

「ううっ、ごめんなさいお兄さん……!」

 あの後すぐに逃げられたのだろうか。あんなに血を流して……頬に酷い怪我をしてしまったのは、ニコルがもたもたしていたせいだ。

 後悔しながら目を閉じて、そのまま気絶するように眠ってしまったらしい。汗だくの体は冷え切ってしまい、捜索隊の私兵に発見された時には酷い熱を出していた。

(熱い、頭が痛い……)

 朦朧とした意識の中で、不機嫌なカエラが見舞いにきてくれたのがわかった。

「……カエラ……ううぅ、お兄さんに、ごめんなさいって伝えて……」
「……いつまでもうなされるくらいなら、もう忘れちゃいなさいよ」

 彼女のひんやりとした手が額に添えられた。気持ちよくて目を閉じる。
 いつになく優しい声音を聞いて、妹の労りの気持ちが心の奥にまで染み込んでくるのを感じながら、意識を手放した。

 三日三晩高熱に侵された後、ニコルは森であった出来事を綺麗さっぱり忘れ去っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ
BL
事故から始まったつがいの二人がすれ違いを経て、両思いのつがい夫夫になるまでのオメガバースラブストーリー。 *オメガバース自己設定あり 【あらすじ】 華やかな恋に憧れるオメガのエルフィーは、アカデミーのアイドルアルファとつがいになりたいと、卒業パーティーの夜に彼を呼び出し告白を決行する。だがなぜかやって来たのはアルファの幼馴染のクラウス。クラウスは堅物の唐変木でなぜかエルフィーを嫌っている上、双子の弟の想い人だ。 エルフィーは好きな人が来ないショックでお守りとして持っていたヒート誘発剤を誤発させ、ヒートを起こしてしまう。 そして目覚めると、明らかに事後であり、うなじには番成立の咬み痕が! ダブルショックのエルフィーと怒り心頭の弟。エルフィーは治癒魔法で番解消薬を作ると誓うが、すぐにクラウスがやってきて求婚され、半ば強制的に婚約生活が始まって──── 【登場人物】 受け:エルフィー・セルドラン(20)幼馴染のアルファと事故つがいになってしまった治癒魔力持ちのオメガ。王立アカデミーを卒業したばかりで、家業の医薬品ラボで仕事をしている 攻め:クラウス・モンテカルスト(20)エルフィーと事故つがいになったアルファ。公爵家の跡継ぎで王都騎士団の精鋭騎士。

「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta
BL
【フェロモン過多の記憶喪失アルファ×自己肯定感低め深窓の令息オメガ】 オスカー・ブラントは皇太子との縁談が立ち消えになり別の相手――帝国陸軍近衛騎兵隊長ヘルムート・クラッセン侯爵へ嫁ぐことになる。 以前一度助けてもらった彼にオスカーは好感を持っており、新婚生活に期待を抱く。 しかし結婚早々夫から「つがいにはならない」と宣言されてしまった。 予想外の冷遇に落ち込むオスカーだったが、ある日夫が頭に怪我をして記憶喪失に。 すると今まで抑えられていたαのフェロモンが溢れ、夫に触れると「愛しい」という感情まで漏れ聞こえるように…。 彼の突然の変化に戸惑うが、徐々にヘルムートに惹かれて心を開いていくオスカー。しかし彼の記憶が戻ってまた冷たくされるのが怖くなる。   ある日寝ぼけた夫の口から知らぬ女性の名前が出る。彼には心に秘めた相手がいるのだと悟り、記憶喪失の彼から与えられていたのが偽りの愛だと悟る。 夫とすれ違う中、皇太子がオスカーに強引に復縁を迫ってきて…? 夫ヘルムートが隠している秘密とはなんなのか。傷ついたオスカーは皇太子と夫どちらを選ぶのか? ※以前ショートで書いた話を改変しオメガバースにして公募に出したものになります。(結末や設定は全然違います) ※3万8千字程度の短編です

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...